社交界は騒がしいようです 前編
お久しぶりです。
新しい場所で少し落ち着いてきたので。
豪華絢爛な会場は賑わっていた。
ヴィヴィアナとともに入場したギルバートは特訓で言われていた通りきょろきょろと周りを見回さないように気を付けながらゆっくりと前へと進む。建国記念祝宴は他国の賓客が後ほど入場するため、まだ国内の主要貴族しかいないが、久しぶりに姿を現したことが驚きだったのか会場内がざわついたのが分かった。つい口元が強張ってしまいそうになるが、表情を変えないように奥歯を食いしばって耐える。緊張が伝わったのか、腕に添えられていた手に力が籠った。視線を送ると、優しい笑みでヴィヴィアナがこちらを見上げて大丈夫ですよ、と小声で励ましてくれた。
「伯爵、久しいではないか」
壮年の男性がすぐに近寄り、そう話しかけた。襟元には鷹を象った金の紋章が輝いている。東に位置する伯爵家の当主だ。
「事故に遭ったと聞いたが健勝でなによりだ」
表情はにこにこと笑っているが、きっと心の中では残念に思っているのだろう。彼の祖父の妹がギルバートの伯爵家と姻戚関係にあったため、この男は一応遠縁にあたる。領地が多少離れているとはいえ、当主であるギルバートが死ねばなにか利があるかもと思っていたに違いない。
「大事を取って長く休んでいただけだ。それに、我が領地は貴殿の領地よりも春は忙しいからな」
ポン、と肩を叩き、その場を後にした。最後に見えた男の表情は引き攣った笑顔だった。この男はギルバートと同じ伯爵位を授かっているが、その領地はギルバートの管理する領地の方が広大で比べるべくもない。領地の大きさと流通の量の差で皮肉を言ってみたが伝わったようでよかった。きっと心の中では怒り心頭に発しているだろう。だが、颯爽と立ち去ったギルバートは男の内心とは逆に特訓通りにできたことでホッとした。正直、心臓は緊張でバクバクと鳴って止まない。
一月前、国王陛下から直々に祝賀会の招待状が届いた。ギルバートは王家を表す獅子を象った封蝋を見て驚いたものだ。ギルバートの記憶上の去年もそうだが、確かに両親が毎年この時期になると祝賀会で首都に出ていた。今はギルバートが当主なのだから参加しなければいけないのは分かるが、跡取りとして育ててこられなかったため、社交界には数回顔を出したことがあるだけだ。その集まりも子供たちだけのもので大人が参加する夜会とはまた別ものだ。つまり今回の祝賀会が気持ちの上では社交デビューということになる。それが他国も参加する王家主催のものだなんて失敗は絶対に許されない。
その日からギルバートの特訓が始まった。まず初めにするべきことは今回招待されるであろう貴族の名前と特徴を覚え込むことだった。社交界に初参戦の気持ちとはいえ、実際は何度も参加しているのだから人を見間違えることなどできない。近隣の領地の領主一家については知っていたが、それ以外は噂を耳にする程度で実際に会ったことがないから顔も分からない。ソイニに貴族名鑑を渡され、人間関係やその領地がどういう産業をしているのか、そして国内でどういった役職なのか徹底的に覚えさせられた。正直に言うと、苦手な暗記が多すぎて領地の勉強よりも辛かった。だが、これを覚えなければ伯爵家の面目がつぶれると言われれば覚えないわけにもいかず、寝る間も惜しんで頭に叩き込んだ。
次に練習したのは表情を表わさないようにすることだった。ギルバートには『氷の伯爵』というなんとも恥ずかしい二つ名が存在する。その由来が無表情で何事にも誰に対しても氷のように冷たかったからだというが、それは納得できる。ギルバートもきっとヴィヴィアナがいなければそうなってしまっていたような気がするからだ。この特訓は意外にもすぐできた。なぜか笑っているよりも無表情でいた方が楽だからだ。緊張すると口元が動きそうになってしまうが、奥歯を噛みしめれば何とかなった。
最後に貴族への対応方法を覚えた。相手がどういう態度をとってくるのか、今後どう関わっていきたいかによって対応は変わる。それを全て覚えるのだから、本当に大変だった。少しでも間違えるとソイニに冷ややかな目で見られて罵られるものだから、正直ソイニのほうが氷を冠するのに相応しいと思う。
そうして慌ただしく過ごしていると、あっという間に一月が過ぎていた。ヴィヴィアナとはその間、多忙を理由にほとんど顔を合わせることはなかった。最初はいつも通り食事を共にしていたが、一度断ってしまうとそれからは顔を合わせづらくなってずっと食事を一緒にすることがなくなった。会わなくなって数日後に一度だけヴィヴィアナが執務室を訪ねてきた。少しは休んでください、とお茶の誘いだったが、なんだか顔を向かい合わせて話すことができなくて、大丈夫と言って断ってしまった。彼女の寂しそうな声と、後ろ姿が今でも脳裏に焼き付いて消えない。だから、次会ったときは努めて普段通りしようと心に決めた。
そして首都へと出る馬車の中で一月ぶりに顔を合わせた。こんなにも長い間話さなかったのは初めてで気まずくてなにを話せばいいか分からなかったが、ヴィヴィアナは以前と変わらず優しい笑みで会話を始めてくれてホッとした。ギルバートが覚えるべきことを暗記が得意なヴィヴィアナも保険として覚えてくれたようで、旅路の馬車の中で復習を手伝ってくれた。ほかにも正装を用意してくれたり、祝賀会の流れを把握してくれたり、今回初参加することになる使節団の情報を教えてくれたりとギルバートが気が回らなかったことまでしてくれて頭が上がらない。一度口を開いてしまえば話題は尽きず、一月前によそよそしくなってしまったのが嘘のようで楽しかった。結局疲れで眠ってしまうまで話していた。起きた時にヴィヴィアナの膝を枕にしていたことに気づいて少し恥ずかしくなったものだが、空をじっと見つめる顔をいつもと違う角度から見えるのは新鮮で、綺麗で、ギルバートは到着するまでつい見入ってしまったのだった。
首都に着き、二人で時間を共にすることが多くなりつつも慌ただしく準備をして数日を過ごしていると、あっという間に祝賀会の日になり、今に至る。
「完璧でしたよ」
そんな言葉がすぐ近くから聞こえた。顔を向けると、まるで自分のことのように得意げにヴィヴィアナが笑っていた。それにつられて口元が緩む。今回の特訓で唯一ありがたいと思ったのはヴィヴィアナ相手だけ表情を変えていいということだった。十年後の自分は彼女と一緒にいるときだけ笑ったというが、それは共感せざるをえない。彼女に笑いかけられて、その愛らしさに無表情でいられるわけがない。
「ありがとう」
腕に添えられている温もりに励まされる気分になれた。
会場内を二人で挨拶して回る。ギルバートに反感をもっている貴族はそう多くなく、むしろ本気で敵対してしまえばお互いに利がほとんどないので基本的には良好な関係を保っている。だが、敵や味方といった関係でなくても自分の利を中心に考えるのが貴族だ。虎視眈々と利益を狙っていることが分かって、一瞬も油断はできなかった。
開始の時刻も近づいてきて、他国の外交官たちも次々と入場をし、段々と会場内が賑やかになっていった。そしてカラーンカラーンと開始の鐘が鳴り、全員が姿勢を正して後方に身体を向けた。祝宴は国王夫妻とその子供たちが入場するところから始まる。二階の王族にしか使えない扉が開かれた。同時に楽団が力強い音楽を奏で始める。
「いよいよですわね」
正直に言うとすでに沢山の人と話して疲れていたが、それを表に出すわけにはいかない。胸に手を添え、王族が上座へ上がるのを見届けた。そして国王陛下の建国祝いの掛け声とともにようやく宴は始まった。とは言っても、食事が運ばれるようになっただけで歓談を続けることには変わらない。ギルバートは見舞いの言葉とともに次々と現れる賓客をヴィヴィアナと対応し続けたのだった。
とりあえず書ききったものを少しずつ投稿予定です。
3月中に終わらせたいので、平日はなるべく投稿するように頑張るので応援お願いします。
社交界編が終わればまた復讐再開する予定です。




