筆頭侍女は悔しかったようです
お待たせしました。
風邪ひいたついでにお休みしてました。
話数的には折り返してきました(たぶん)
カルリトヴァ視点から再開です。
もう夜は遅く、あたりは静まり返っていた。だが、未だカチャカチャと皿の洗う音が副厨房から響いている。
カルリトヴァは静かな廊下を歩きながら、その音に耳を澄ます。そこにいるのが誰であるか分っていた。なにせ珍しくヴィヴィアナの世話を彼ら双子に任せたのだから。その仕事についてはほとんど終え、あとは姉へと任せてきた。きっと彼女は驚くだろうが、そんなの気にせず扉からひょっこり顔をのぞかせた。
「ユリィ、手伝うことある~?」
やはりカルリトヴァが来ることが予想外だったのだろう。シンクで手を動かしていたユリィはすぐに振り返って目を瞬かせる。そして困ったように笑った。
「私一人でいいって言ったのに」
「でもぉ、大変だと思って」
カルリトヴァが指を差す。そこは先ほど料理人が座っていた場所だった。出した料理は奴の精神的に追い詰めるものだった。もちろん嘔吐を何度かしている。多少水で流してはいるようが、床はまだ汚物で汚れていた。
「あとでちゃんとするわ」
「この臭いの中、大変でしょぉ?」
窓を全て空けているので匂いは大分軽減されてはいるが、それでも吐しゃ物の臭いは消えていない。本当は鼻をつまみたい臭いだが、これが奴の苦しんだ証拠だと思うと別になんてことはなかった。惜しむらくはもっと強い薬を用意してもう少し悶え苦しむ光景が見たかったが、ヴィヴィアナが満足していたのでそれでいい。
カルリトヴァは扉から顔だけ出していたが、大きく一歩前に出て副厨房に入る。その手には水の汲まれた桶とモップがある。
「こういう時わぁ、遠慮しなくてもいいのよぉ」
ニコッと笑うと、手伝う気満々であると伝わったのだろう。作業を始めてしまうとユリィは礼を言ってそれ以上何も言わなかった。
二人は特に沈黙が気まずくなるような間柄ではない。侍女としての作業をしているときはお互い無言であることだって多々ある。だが、会話を交わすことなく作業をしているのが苦痛になったのだろうか。ユリィの緊張したような固い声が聞こえた。
「怒らないの……?」
掃除の物音の中、ポツリと呟かれた声は意外にもよく聞こえた。
カルリトヴァが顔を上げると、ユリィの手は止まっていた。ヴィヴィアナを任せることといい、仕事が疎かになっていることといい、今日は真面目な彼女にしては珍しいことが続くものだ。だがそれだけ気が重かったということだ。カルリトヴァはそれを敢えて気づかないフリをして返事をした。
「なんのことぉ?」
きっとユリィは戸惑うはずだ。質問の意味を理解してないわけがないのだから。
「怒っていないの? 貴方も、みんなも」
「だからぁ、なんのことか分からないよぉ」
「分からないはずがないでしょう? お嬢様の現状を知ってきっと貴方が一番怒ったはずだわ」
なのになぜ、と。
ユリィはゆっくりと振り返ってそう言った。言葉はどこか弱々しい。身体はこちらを向いているのに、視線は下を向いていて合うことはなかった。だが、彼女の性格上それは仕方がないのかもしれない。ユリィは、普通に優しいから。
彼女がなにを言いたいのかわかっている。二年前、伯爵が侍女を用意するといったので、この屋敷へ行くことになったのはたった一人。そして選ばれたのはユリィだった。しかし、結局屋敷で付けられた侍女たちは信頼できるものではなく、唯一の侍女となったユリィはヴィヴィアナを危険にさらしてしまった。その事実を責めないのかと聞きたいのだ。この屋敷に来てから誰も追及しなかったことだ。今になってこうして聞くのは料理人への報復が終わったからだろう。きっと料理に関しては自分がすればよかったのに、そこまではなにか細工されることはないだろうと油断してしまったゆえに招いたことだったからだ。実際にヴィヴィアナが異物混入したもので口にしてしまったのはしびれ薬のスープだけだと聞いている。しかし、気づけなかった自分が悪いのだと自分で自分を責めているのだ。カルリトヴァは、気にしていないというのに。
「それはそうだけどぉ」
カルリトヴァは頬に指を当てて、うーんとなにかを考えるように上を向いた。語弊を生まないように、言葉を選ぶ。
「正直に言うとぉ、あの時、誰がこの屋敷に来てもぉ、全ては防げなかったと思うんだよねぇ」
「えっ?」
ユリィと視線が合う。本当に驚いているのがよくわかる表情だった。
「特にユリィは僕や姉さんと違って戦闘訓練を受けているわけでもないしぃ、侍女として身の回りのこととか料理とかお嬢様に必要なスキルに特化しているからぁ、これは僕らのせいでもあるんだよね~」
ルトルカスの使用人たちは得意分野が人によって異なる。ユリィはヴィヴィアナの身の回りの世話に関して右に出るものがいないほどだが、護衛面や暗殺対策に関しては知識はあっても実用化までは届かない。護衛に関してはヴィヴィアナよりも運動神経が悪いし、もし走って逃げることになったら足手まといになるから置いて逃げるよう進言することしかできないだろう。だが、この伯爵家にはそう言ったスキルをもつものを連れていく必要がないと感じたからユリィの同伴が決まったのだ。身の回りのことに頓着しないヴィヴィアナが困らないように。偏食家であり甘党であるヴィヴィアナが食で難儀しないように。――――だから、これは本当にカルリトヴァたちの責任だなのだ。
「だって、」と言葉を続けた。
「ユリィは僕らほど『魔性』に堕ちてないでしょぉ?」
モップの端に顎をのせ、首を傾げて可愛い顔で怪しく笑った。ユリィには予想外の言葉だったようで、目をぱちくりと何度か瞬かせている。
「やっぱり、みんな気づいているわよね」
「そりゃあね~。自分たちがルトルカスに狂っていることに自覚できない集団じゃないからぁ」
カルリトヴァは敢えて『狂っている』という表現を使った。自分はそうだけれど、ユリィは違うという意味を込めて。
ルトルカスの『魔性』に堕ちたルトルカスの使用人は仕える主一家に決まって心酔しているが、その度合いは人さまざまだ。主の気に障ること全てを排除しようと貴族を殺しかけたものもいるし、カーニャのように一緒にいてただ横で作品が見れればいいと思うものもいるし、カルリトヴァやラトルシュカのように作品が一番ではなく本人を強く慕うものもいる。そしてユリィのように幼馴染として好きで、支えたいと思うものもいる。
ヴィヴィアナを害するものがいたらカルリトヴァは喜んで殺せるが、ユリィは怒って恨みこそすれ実際に手を下すことはできないだろう。想いは人それぞれで、行動もそれに伴うということだ。
「もし、私が、カルたちみたいなら……」
「お嬢様を守れたと思う? もぉ~、どれだけ堕ちているかなんて人それぞれなんだからぁ、それを別に責める気はないって~。ユリィのことを知っていた僕らの事前準備が足りなかっただけだからぁ。言ったでしょ? 僕らのせいでもあるって」
「カルたちのせい?」
「うん、そうだよぉ。お嬢様が余りにも幸せそうだったし、すっかり僕らも伯爵の演技に騙されていたから、伯爵家の情報を深く調べなかったんだよねぇ」
「密偵は?」
「時間が足りないのもあって、屋敷には潜り込ませられなかったんだよねぇ。でも、屋敷内の人間はクズばっかりだったから、お金積んで買収でもすればよかったなぁ」
そうすれば屋敷内で公然の事実となっていた愛人の存在に気づけたのに。
あはっと短い乾いた笑いが込み上げる。あの時もっと情報を集めていれば。あの時伯爵の演技に気付いていれば。後悔することが数えきれないほどある。だが、過去を悔やんでも仕方がない。
「だからぁ、ユリィはあんまり気にしないでぇ?」
そうは言ってみたが、ユリィの表情はまだ納得できないようだった。みんなに糾弾されるとずっと覚悟していたからだろうか。気にしなくてもいいのに。だが、真面目な彼女は納得はできないのだろう。ユリィは今回のことは自分に大きな過失があると思っている。それを覆すことはなかなかできないだろう。それなら、と目をすっと細めた。
「わかったぁ。本当のことを言うとねぇ――」
カルリトヴァは一言前置きすると、シンクの前に立つユリィの下へ行き、手を上げてすぐに振り下ろした。バシッと鈍い音が響く。ユリィはそのまま床に倒れこむ。
「お嬢様がやられたことを聞いた時の僕の気持ちはこれぇ。全てを知ったときは腹の奥が煮えたぎる思いだったよぉ」
しゃがんでユリィの顔を覗き込む。手加減なく叩いたのですでに頬は真っ赤に腫れていた。もっと殴られることを覚悟しているのか歯を食いしばっている。
「ごめんなさい……」
「その謝罪は受け取らないよぉ。今回殴ったのは僕の自分本位な過去の苛立ちをぶつけただけだからぁ。たぶん誰に聞いても怒ってないっていうと思うよぉ。だから逆に、ごめんね? 痛かったでしょ?」
「……っ! 本当に、本当に、……怒っていないの?」
弱弱しい声だった。思えばユリィはしっかりしていても年齢はヴィヴィアナの一つ上、つまりカルリトヴァの五つも下だ。若いころは弱気になることだってあるだろう。ヴィヴィアナを一番に行動しているが、怒りに盲目になりすぎて後輩への配慮を怠ってしまったようだ。いつもよりも縮こまった体をぎゅっと抱きしめた。
「ユリィには怒ってないよぉ、誰もね。だから、八つ当たりしてごめんねぇ」
ユリィは静かに涙を流した。カルリトヴァは落ち着くまで包むように彼女を抱きしめたのだった。
結局ユリィはそのまま眠ってしまい、代わりに片づけをしたカルリトヴァが仕事を全て終えたのは真夜中だった。今回は復讐のために食べられる虫を南部から輸入していたので、その処理もあって少し大変だった。眠った後、ユリィを近くの空き部屋に移動させて寝かせたが、起きる気配はなく気負っていたせいで随分と疲れていたことが分かる。
片付けが終わっているか確認し、副厨房の明かりを消して、空き部屋で眠るユリィの顔を見た。すっかり頬は赤く膨らんでいる。一部は黒っぽいので痣になってしまったのだろう。我ながら手加減を知らない。だが、あの時の苛立ちにしては抑えた方だ。
ゆっくり抱き上げると、目をこすって起きてしまったようで目をこすりながらこちらを見ていた。にこりと笑って寝てていいと言うと、また静かに眠りに落ちていく。
本当にユリィには殴る必要がなかったのに当時の苛立ちをぶつけてすまないと思っている。確かに過去にヴィヴィアナの状況を知ったときは姉とともに伯爵家を潰す算段を立てたものだが、今となってみればヴィヴィアナからの手紙で計画を止めてよかった。目を閉じれば一言一句あの文面を思い出せる。今は、新しい感情が面白いから手を出すなと書いてあったことが。
きっと『魔性』に堕ちきっていないユリィは気づいていない。ヴィヴィアナの本性を。芸術に囚われた本当の――『魔性』を。
カルリトヴァはヴィヴィアナに心を囚われている。演じるヴィヴィアナの虜だ。
ユリィは守れなかった贖罪の為にこの復讐をしているかもしれない。けれど、『魔性』に堕ちた双子やカーニャは違う。最初は次の演じるヴィヴィアナを見るためにすぐに連れ戻すことが目的だったが、今はヴィヴィアナが作ったこの復讐劇という舞台を盛りたて、演者の一人として彼女を引き立てることが楽しくて仕方がない。ユリィがこの屋敷に来たからこの状況になってしまったと過去を悔やむことはない。ユリィのお蔭で、この舞台の演者の一人として参加できるのだから。
だから今はユリィに感謝している。
「ありがとぉ」
ふふっと笑う声が暗い廊下に消えていった。
今週の予定。
今日含めて3話ほど。
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別名義で短編『美しい筋肉です。十点。』という頭を空っぽにして読めるギャグものを書いたのでご興味がある方はどうぞ。
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