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料理人は鼻高々のようです 後編

残酷描写で一度書いたらなろうではすれすれレベルのものになってしまったので、虫系の気持ちの悪い表現になりました。ご注意ください。

 副厨房に着くと、モーリスが広げていたはずの調理器具類は片付けられていて、なぜかヴィヴィアナの筆頭侍女が料理をしていた。思い出してみれば、食堂でずっとヴィヴィアナに寄り添っていたのはカルリトヴァという可愛らしい侍女だった。ヴィヴィアナの使用人は全員美人で、タイプが全然違うものだから男性陣は好みが分かれる。一番人気は、見た目の可愛らしいカルリトヴァである。次は胸が大きく癒し系のユリィで、その次が美人系のカーニャ。男性以上に勇ましいラトルシュカは一部のものに人気である。もちろんモーリスは今はヴィヴィアナ一筋なので、彼女たちから選ぶことは出来ない。

 副厨房は料理長が使う厨房よりも半分も大きさがなく、調理台が二台あるくらいで座る場所はないのだが、なぜか椅子が用意されていた。ヴィヴィアナが席に着き、モーリスも座るよう促されて向かい側に腰を下ろす。どうやらヴィヴィアナは大分上機嫌のようで、にこにこと笑う表情は先ほど恐怖を感じたものと違って可愛らしい。


「さぁ、事実確認をしましょう。まず最初に貴方は本当に二年前の異物混入に関わっていないのね?」

「へい」


 当然だ。あれはあの侍女たちが指示したことだ。モーリスのせいじゃない。

 そう、とヴィヴィアナは短く言うと、料理をしていた侍女に合図を出した。彼女は頷くと、一枚の皿をモーリスの前に置く。なんだか見覚えのあるサラダだった。


「トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼです」

「わたし、優しいの。貴方がお腹を空かせているだろうと思って、ユリィにコース料理を用意してもらったのよ。さぁ、召し上がれ」

「いいんですかい? オレだけ食べることになって」

「もちろんよ。――ああ、食べる前に一つ質問よ。そのサラダに見覚えは?」

「いいや、ないですけど……」


 そう? と、ヴィヴィアナは楽しそうに笑った。そして手を出してお食べ、とモーリスを急かした。

 フォークを手に取る。ただのカプレーゼに見えるが、なにかあるのだろうか。ゆっくりと一口目を口に運ぶ。和えられたオリーブオイルと塩胡椒の加減が絶妙で美味しい。少しさっぱりしているのは隠し味にバルサミコ酢が入っているからだろうか。美味しくはあるが、モーリスが作った方がもっと上手くできる。

 ヴィヴィアナはモーリスが食べるところをなにをするでもなく見ていたが、二口目を食べようとしたときに、こんな話を始めた。


「知っているかしら? 貴族に嘘をつくと罰を下されるのよ?」

「へ、へい、この屋敷に来た時に、何度も言われました」

「そう? 知っているならよかった」


 急にそんなことを言われたが、ヴィヴィアナは返事に満足したようで口を塞いだ。そしてじっと見つめてきたのでまた食べろということだろうか。モーリスは二口目を食べた。そして三口目をフォークに刺そうとしたとき、皿の上で何かが蠢くのが見えた。


「うげっ!」


 綺麗に盛り付けられていて気付かなかったが、彩りをよくするためのレタスに白くて小さいものが動いている。よく見ると、それはなにかの幼虫だった。親指の先ほどの長さで、丸々と太っている。


「なんですや、これは!? 虫が入っているじゃねぇか!」


 思わず怒鳴った。作り手はヴィヴィアナのすぐ後ろに立っている。文句を言わなければ気が済まない。だが料理をした侍女はどこ吹く風で、モーリスの言葉に反応すらしない。


「料理人、座りなさい」


 ヴィヴィアナの語気の強い声が聞こえた。表情は笑ったまま崩れていないが、なんだか怒っているように聞こえた。これに逆らうわけにはいかない。ふーっと息を吐いて自分を落ち着かせる。


「ヴィヴィアナ様、これはなんですや!? あの女、料理に虫なんか入れやがって! うえぇ、少し食っちまった。気持ち悪ぃ……」


 水をグイっと飲む。もう食べてしまった二口に幼虫がいたとは思えないが、それでも気持ちが悪い。あの侍女を早く罰してほしい。

 だが、ヴィヴィアナはモーリスの言葉を聞いていないかのようにもう一度先ほどと同じ質問をした。


「ねぇ、知っているかしら? 貴族に嘘をつくと罰を下されるのよ?」


 なぜ同じことを聞くのか。なんだか不可解な気がして眉に皺が寄った。


「知っていると答えたわよね? じゃあ、先ほどわたしがした質問の答えは嘘ではないわよね?」

「へっ?」

「変な声を出してどうしたの? わたしは事実確認をしたいだけなのよ」


 ヴィヴィアナはまた笑った。


「では、質問を別のものにしましょう。貴族に対してなにか害する行為をした時、罰せられるのは知っているわね? これは平民同士でも一緒だからもちろん知っているでしょう。けれど、害する行為をした実行犯、計画犯どちらも罰せられると知っているかしら? つまり、計画していなくても、指示されただけだとしても実行したものは罰せられるのよ。刑は様々だけれど、例えば身体の一部を切り落とされたりするわね。これは知っていたかしら?」


 ねぇ? と問いかける少女の笑顔にモーリスはびくりと肩を震わせた。二年前のあれは、奥様の侍女たちが確かに指示をした。けれど、実行したのはモーリスだ。知らないわけではなかったが、目を逸らしていた事実を突きつけられたようで背筋に汗が伝った。そういえばヴィヴィアナはこの料理に見覚えがあるかと聞いたが、今思い出した。二年前、確かにモーリスは同じようなカプレーゼを出した。小さな幼虫を紛れ込ませたものを。体が震える。これではまるでヴィヴィアナはモーリスが実行犯だと確信しているみたいじゃないか。罰則は身体の一部を切り落とす? そんなのごめんだ! だがどうすればいいのか分からなくて、頭が真っ白になった。


「ねぇ、手が止まっているわよ」


 俯いてなにも答えなかったモーリスにヴィヴィアナは優しそうに言った。ハッと顔を上げると、先ほどと寸分変わらぬ笑顔がまだあった。

 モーリスはその時、分かった。ヴィヴィアナはすでにモーリスが実行犯だと確信している、と。この用意された二年前そっくりの料理、知らないわけがない。そしてそのうえで実行犯だと認めることによる刑罰か、見逃してあげるために目の前のサラダを食べるか、どちらを選ぶのか見ているのだ。楽しそうに見えるその笑顔がとても恐ろしくなった。なぜ一度でも可愛いと思ってしまったのだろう。

 身体の一部が切り落とされるのか、それともこの幼虫が動くサラダを食べるのか。モーリスが選ぶ道は一つしかなかった。


「す、すいやせん、少し考え事をしてました」


 震える手でフォークを握りしめた。ゆっくりとサラダを顔の前に持ってくる。フォークの上の幼虫の短い足が僅かにウゾウゾと動いた。こんなの食べたくない。けれど、選択肢はない。勢いよく口に突っ込んだ。そして、すぐに水で胃へと流し込む。残りもすべて水で流し込もうとするが、ヴィヴィアナがそれを止めないわけなかった。


「あらまぁ、そんな急いで食べては喉に詰まってしまうわ。ゆっくり味わって食べなさい」


 にこりと笑う。まるで悪魔のほほえみだった。モーリスが逆らうことは出来なかった。従わなければ、身体の一部がなくなってしまう。フォークをまた口に運ぶ、なるべく噛まないようにしたいが、ヴィヴィアナが見ている。頑張って咀嚼した。むにゅりと変な食感があり、口の動きを止めてしまう。トマトでもチーズでもない柔らかなものだった。噛んだ瞬間なにかとろりと口の中で溢れ出てきている。それがなんであるか分かって、泣きそうになった。味わわないようにと舌を避けさせているが、ひやりとその液体が触れ、気持ちの悪さに一気に戻してしまった。ギリギリのところで横を向くことができたので自分にかかることはなかったが、うぇぇと胃の中のものまで出そうなくらい吐いた。なんとか出し切って姿勢を戻すと、ヴィヴィアナは変わらぬ表情でモーリスを見つめていた。


「吐いてしまったの? ダメよ、食べ物を粗末にしては」

「へ、へい」


 モーリスが言い返すことは出来なかった。身体の一部が助かるならば。吐き気を催しながらもなんとかそのサラダを食べ切ることができたのだ。皿が空になってやっと安心した。これで解放される。――――だが、まだ終わりではなかった。


「さて、次ね」

「は?」

「呆けた顔をしてどうしたの?」


 理解が出来なくて顔が引きつる。なにも言えないでいると、いつの間にか緑色のポタージュが置かれていた。


「枝豆のポタージュです」

「この料理、見覚えがあるかしら?」


 ヴィヴィアナが笑う。記憶は定かじゃないが、確か粉末状にした痺れ薬を入れたはずだ。つまり、これにも入っているのだろうか?


「さあ、もう一度確認するわね。貴方は二年前の異物混入の件に関わっていないのよね?」


 関わっているのは知っている。黙ってほしければ食え。

 そうとしかモーリスには聞こえなかった。だが、先ほどよりも忌避感はなかった。痺れ薬もそう強いものではないだろう。ほどなくして飲み終わった。足先が痺れてきている気がするが、これでヴィヴィアナは満足だろうか。だが、不気味な笑顔が崩れることはなかった。


「次は魚料理かしら?」


 自分の侍女を見上げる。さも当たり前にそう云い放った。すでにモーリスの精神は擦り切れていた。ヴィヴィアナの傍若無人ぶりに頭に血が上る。


「いい加減にしろ! も、もう十分じゃねぇですか!」


 勢いよく立ち上がったが、痺れ薬のせいで足に力が入らなくてそのまま机に寄り掛かる形になった。足が生まれたての小鹿のようにガクガクと震える。そんな状態だったが、ヴィヴィアナを睨み上げる。これ以上はもう食べたくない。


「あら、困ったわ。でも、わたしは最初に言ったでしょう? コース料理を用意したって」


 モーリスは驚きになにも言い返せなかった。前菜の幼虫サラダに続き、痺れ薬スープ、今度はなにが待っているというのだろうか。記憶を思い起こすと、他にも虫を入れたことがあった。まさかそれもあるのだろうか。冗談じゃない! 逃げようとするが、薬のせいで下半身が上手く動かない。


「くそっ! なんでぇ! あれはオレのせいじゃねぇっていうのに!」


 机を強く拳で叩いた。あの侍女たちのせいで、こんなことになるなんて!

 するとヴィヴィアナは急にスンと仮面が落ちたかのように表情をなくした。笑った顔しか見たことなかったものだから、初めて見る無表情に背筋が凍るような寒気が走った。


「ねぇ、知っているかしら?」


 先ほどと同じ言葉が出てきた。けれど感情は全く籠っていなくて、本当に同じ人から発せられたのか疑いたくなるほど印象が冷たいものに変わっている。


「平民が貴族になにか犯罪行為をした場合、正式な証言を取られるのは貴族だけなのよ? つまりわたしが何か言えば、貴方の身体の一部だけでなく、――――首が、飛ぶの」


 ヒュっと喉に息が詰まりそうになった。先程までのは脅しは可愛いものに思える。ヴィヴィアナはモーリスに変なものが入った料理を食べるか、刑によって体の一部をなくすか天秤に掛けさせていたが、その片方を死へと替えた。淡々と語る様子が、いつでも実行できるのだと言っているかのようだった。

 泣きそうだった。従わざるを得ないこの状況に。


「つ、次は魚料理ですかい?」


 震えた声でそう聴くと、ヴィヴィアナは綺麗な笑顔に戻って、そうよ、と返した。そして、控えていたラトルシュカの手を借りて椅子に座ると、そこにはすでに魚料理が置かれていた。調理されたもののはずなのに、黒い何かが蠢いている。


「さあ、確認しましょう。貴方は二年前の異物混入の件に関わっていないのよね?」


 そんな問いを聞きながら、モーリスは目の前の料理を食べるしかなかった。





 数時間後、モーリスは胃を押さえて自分の寝室で寝転んでいた。もう精神は限界だった。あの後、デザートまで食べざるを得なかった。デザートには下剤が混入していたので、先ほどまで便所に籠っていた。食べたものを全て吐き出し、上からも下からも出し切った。もう、なんの気力も湧かなかった。

 ヴィヴィアナは最後に毒虫の件、まだ解決していないわ、と言った。それはコース料理を完食させられたモーリスにはいつでも首を飛ばすことは出来るという意味にしか聞こえなかった。それが事実ヴィヴィアナによって仕組まれたことであったとしても、証言によってモーリスの死は簡単に決まるのだ。

 もう、伯爵邸での仕事は辞めよう。この場所にいては、いつ自分が死を迎えるか分かったものじゃない。伯爵邸の料理長なんてモーリスには見てはいけない夢だったのだ。

 そして次の朝、モーリスは朝早く書いた辞表をもって料理長のもとへ行った。料理長も昨日伯爵様になにか言われたのか疲れた顔をしている。


「だ、誰だお前!?」


 話しかけると、驚いたようにそう言われた。何の冗談だろうか。


「モーリスですや」

「モーリス? あいつはそんなジジイみたいな白い髪じゃなかった」

「へ?」


 意味が分からない。けれど、近くの磨かれた鍋が自分の変わった髪の色を映していた。老人のように真っ白になっている。


「なんだ、これ……」


 叫ぶ力もなくて、そう零す。すっかり色が抜け落ちた自分の髪を掴むと、ごっそりと毛が抜けた。


「うわっ、うわあああぁぁ!?」


 手に絡む白い髪がはらはらと床に落ちていった。料理長も目を見開いていて、流石に同情するのか落ち着けとジュースを持ってきてくれた。口になにかを入れることに昨日の記憶が蘇ったが、頭を振ってその思考を払った。グイっと飲むが、――――なぜか味がしなかった。何度口に含んでも味を感じられない。昨日の料理にそういう薬でも入っていたのだろうか? そんな薬があるか分からないが、そうである気がした。味覚を失ってしまえば、料理人として生きることはもうできない。

 涙が落ちる。イタズラという軽い気持ちでやったことがこうして返って来るだなんて思いもしなかった。髪も、味覚も、人生も、なにもかも失ってしまった。


 結局モーリスは病気ということで伯爵邸を辞め、故郷に帰った。元々家族と折り合いがよくなかった彼はそのまま町で一番大きな料亭となった幼馴染の店でただの掃除夫として働くことになった。彼は食べることが怖いらしく、段々とやせ細っていった。

 数年後に骨と皮だけのようなほとんど髪のない男が路上で死んでいたが、伯爵邸にその話が入ってくることはなかった。

二人目終わり。


料理人の思考回路説明

他人のいいところを認められない、自分の悪いところが見られない男です。

すぐ他人のせいにするし、相手が自分よりもいいところがあるとあいつは年上だからとか自分よりも環境がよかったからだとかすぐ言い訳して相手を勝手に落とす人です。

そんな男でも身分の違いというのは一応身についているので、自分と比べる土台にいない貴族には逆らえません。平民の料理長やユリィに噛みつくのに伯爵やヴィヴィアナには小さくなるのはそのせい。

自分の悪いところ、過去の失態を認めたくないのに、貴族のヴィヴィアナに言われて認めざるを得なくなってもりもり自尊心がポッキン。というわけです。

急いで書いたので、表現できていない部分もあるだろうから改稿するかもしれないです。

ちなみに作者の地域では二つに折るアイスをポッキンアイスと呼んでいました。地域によって違うらしいですね。


今週はここまでです。

折角書いたので活動報告に残酷表現verの一部を後ほどあげておきます。

ご興味のある方のみどうぞ。

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