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お嬢様は会議をするようです

今週3話目。

 長い冬が明け、雪解けの季節がこの領地にもやってきた。数日前から雪は落ち着き、日が差す日も多くなってきた。屋敷の外では冬の始まりと同じく祭りが開かれている。ピーヒョロと鳴る笛の音と騒がしい領民たちの声が聞こえた。


「今年も雪の乙女の想いは成就した!」


 領民たちが集まる広場が一望できるバルコニーから旦那様が盃を掲げて高らかにそう宣言すると、ワァと歓声が響き渡った。旦那様の容態はともかく、事故に遭ったのは領内でも隠せないほど話題になっていたらしい。だが、元気な姿を見ることが出来て安心したのだろう。冬の始まりよりもずっと盛り上がっている。彼らはこれから一日中、飲んで歌って踊って騒いでと春の到来のお祝いだ。農民たちは明日から農作業で手一杯になるからか、旦那様の宣言を聞くとすぐに乾杯を始めていた。

 そんな様子をヴィヴィアナはなるべく彼らの視界に入らない場所で眺めていた。


「ヴィヴィアナ、そんなところにいたのか」


 旦那様は最初は広場で祭りをしていることに驚き、そしてその開始の音頭を自分が取ることに戸惑っていたが、立派にやり遂げていた。心なしか褒めてほしいようにも見える。


「堂々として素晴らしかったですわ」

「あ、ありがとう。君もこっちに来ないか? 民たちが一望出来ていい」

「いえ、わたし、人前が苦手ですの。それにまだ寒いですから……」

「あっ、気づかなくてすまない」


 旦那様は屋敷に入ると、バルコニーの扉をすぐに閉めた。そして自分の着ていたコートをヴィヴィアナに掛ける。旦那様とヴィヴィアナの身長差は頭一個分ほどあるせいで、肩にかかった長いコートは床につきそうだった。


「ふふっ、やはり旦那様は大きくていらっしゃいますね。これでは端が擦れてしまいそうですわ」

「それで君が風邪をひかないなら構わない」

「まぁ、旦那様にそう言っていただけるなんて嬉しいですわ」


 少し重みのあるコートの中に包まってみる。旦那様の温もりでまだ温かい。旦那様を見ると、なぜか少し驚いた表情で固まっていて、首を傾げた。


「どうかなさいましたか?」

「…………いや、君のこの後の予定は、と思って」


 なんだか話を逸らされた気もしなくもないが、正直に答える。


「昨日、夜更かししてしまったものですから今日は休むつもりです。ソイに仕事は全て任せてしまいましたわ」

「そうか。僕は今日からソイニとアルバストから実務を教えてもらう予定だ」

「頑張ってくださいませ。でも、松葉杖が必要なくなったからと言って無理しないでください。なるべく座って作業するんですのよ?」

「ああ、分かった」


 まるで心配する姉のような言い方だったからだろうか、旦那様は笑って返事をした。


「そういえば、祭りには参加しないのか?」

「ええ、人が多いところをあまり好みませんの。寒さには弱いですし、それに…………」


 ヴィヴィアナは一度目を伏せる。そしてゆっくり息を吸うと、少し悲しそうな笑みを浮かべた。


「それに?」

「……いえ、なんでもありませんわ。ただ、子爵領でもずっと屋敷にいたので人混みが苦手ですの。――あ、ほら、もうお仕事の時間ですわ。初日から遅れてはソイニが怒りますのよ?」

「あ、ああ」


 旦那様を無理やり押して、仕事に送り出す。何度かこちらを振り向いていたが、ヴィヴィアナは気づかないふりをしてその場を後にした。





 部屋に戻ると、すぐさまコートを脱ぎ捨てる。


「お嬢様、売ればそれなりの値段になるものなのですから、ぞんざいに扱っては商品価値が落ちてしまいますわ」


 旦那様の所有物としてではなく、売る前提で語るユリィにお叱りの言葉を受けてしまったが、ヴィヴィアナは気にせずそのままソファに深く座り込んだ。すぐにリトが後ろから肩を揉んでくれる。

 今日の任務はほとんど達成である。旦那様を褒め、旦那様の服に包まる可愛いところを見せつけ、そして少し不安があるような表情をする。気を引くのに完璧ではないだろうか? 旦那様とは夕飯まで会うことはないだろう。だから今日の任務がほとんど終わった気分になれる。

 ヴィヴィアナは先ほどの『旦那様を愛する妻』の演技を横に放置する。そして意気揚々にこういった。


「作戦会議をしましょうか!」


 この冬の初め、ヴィヴィアナが屋敷に仕掛けた『未知』という演出は上手く機能してくれた。使用人たちは初めはなんとなくヴィヴィアナに対して不安を抱き始め、しまいには恐怖を感じてくれたようだ。最初は怖々としていたのに、最近は顔を見ただけで旦那様がいてもその場を立ち去るものさえいる。ラトの情報によると、いろんな噂や憶測が飛び交い、次は自分が酷い目に合うかもしれないと一部のものは辞表を出したそうだ。しかし、侍女頭が自分が逃げられない状況なのに他人がどこかに行くことを許すはずもなく辞めるに辞められない状況になっているらしい。侍女頭ではなく家令に辞表を出そうとしているものもいるそうだが、そこはリトがなんとかしているそうだ。さすが二人とも優秀な侍女たちである。家令については久しぶりに旦那様の侍従の仕事ができると上機嫌で、この状況を察してはいても気づいていないようだ。その横でソイは伯爵領の管理を掌握しつつあるというのに。さすがに伯爵家のお金については家令が一括で管理しているので関わることはできないが、それでも領内統治の権限はほとんどソイに移ったといっても過言ではない。家令は今まで本当に屋敷や領地を取り仕切れていたのだろうか? 頭に詰まっているのはパンくずだけではないかと心配になるくらい阿呆だ。

 他にも例外(・・)がありはしたが、冬の目的は達成をした。では次の行動に移るときだ。ラトに視線を移すと、頷いて報告を始めてくれた。


「冬の間、リストに記載されているものたちは飛び火を恐れて他のものたちに避けられ孤立しております。順番通りに進められるかと」


 リストのものたちが逃げる危険もないわけではないが、伯爵邸に勤めている使用人たちはみな身分や出自がしっかりと確認されている。つまり、逃げても追われることは確実だ。罪を犯さなければ追われることもないだろうが、今伯爵邸は旦那様の記憶喪失という大きな秘密を抱えている。ほとんどのものに知らされていないとはいえ、どこかで情報が洩れているやもしれない。逃げたということは情報を売る可能性もあるのだから追われるに決まっている。もし情報が漏れていないからと見逃されたとしても、折角伯爵邸で働くという箔を得たのに、故郷に戻れば後ろ指をさされるに決まっている。これからの領内での生活は厳しいものになるだろう。他領にでても一人でやっていけるだろうか? 親戚筋でもない限り、無理だろう。すでに彼らは袋のネズミだ。


「リトは?」

「物資については手配済みですぅ。実行日前までに確実に手に入りますよ~」


 続いたリトの回答に頷く。事前準備は大切だ。ヴィヴィアナはこの復讐にお金を惜しむ気はない。とはいってもお金を管理しているのはソイなので、実際にかかった値段は知らない。だがしかし、自分で稼いだお金なのでどう使おうと勝手だ。


「ユリィは?」

「本日はカモミールティーとアップルパイをご用意しております」


 ユリィは基本的な身の回りの世話や料理など一括で引き受けているので復讐関係にはあまりかかわっていない。ヴィヴィアナは旦那様にお茶を用意したりと演技中はなんでも役に忠実に行動するが、通常時は貴族のお嬢様らしくなにもしない。誰かにやってもらわないと着替えないし、髪も梳かさないし、お風呂にも入らない。とんだ我が儘お嬢様に見えるが、周りは嬉々としてそのお世話をしているから人望ありきでできることなのだ。

 ヴィヴィアナはうんうん、とさも作戦に関係があることのように神妙に頷き、ゆっくり息を吸った。


「シナモンは?」

「たっぷりです!」

「はちみつも?」

「もちろんたっぷりです!」

「今日はピクニックよ!」


 嬉しそうにヴィヴィアナは立ち上がった。作戦会議? そんなものは甘いものの前では終了に決まっている。元々作戦はほとんど冬の間に練り合わせているから会議をするまでもない。ただ報告が聞きたかっただけだ。

 ユリィがいい香りのするバスケットを持ってくるころにはラトとリトによって防寒対策は完璧な状態になっていた。もこもこのコート、毛皮の帽子、毛糸のマフラーと革の手袋。暖炉の部屋では暑すぎるくらいだ。

 そして上機嫌に庭に出ると、まだ雪が積もったままで、生け垣は寂しい状態だった。敷地内の林の近くのガゼボは周りに色が少ないからか寂れて見えた。まだ春になって間もないので吐く息は白く、寒い。旦那様に寒いのに弱いと言って祭りを断ったのはもう記憶の彼方だ。ヴィヴィアナがそんな寒さの中、わざわざピクニックに出てきたのは春の芽吹きを少しでも感じたかったからだ。

 この冬は長かった。期間的には通常とあまり変わらない日数であっただろうが、『未知』の演出があったり、居たくもない人と一緒にいなければならなかったりと気持ち的に一年ほど経過した気分だ。だが、やっと春は来て、復讐も再開できる。ヴィヴィアナは気持ちが嬉しい方向に昂ると、踊ったり歌ったりしたくなってしまう。だから今すぐにでも雪の乙女にねんねんころりよ、はいさらばと持ち前の美声で歌ってあげたいくらいだ。いっそ歌ってしまおうか。使用人たちに突然歌いだす奇行について噂されるのも行動が予測できないという『未知』が増えて面白いかもしれない。


「あ~」


 久しぶりに歌うからと喉の調子を整える。ユリィが温かいカモミールティーを出してくれたので、それで喉を潤す。そして、何度か声の調整を重ねた。叔母のような誰もを魅了する美声ではないが、それでも芸術だけにはうるさい家族に褒めてもらった声だ。

 春に関する歌といえば、作曲家の祖父が叔母に送った曲の一つがいいだろう。スゥっと静かに息を吸った。


「は~るの……」

「うるさい!」


 一小節も歌い切らないうちに怒鳴り声でそれは遮られた。

思ったよりも長くなって微妙なところで終わってしまったので書けたら明日更新するかも?


↓スライドしていただき、評価ブクマいただけるとモチベにつながるのでもしよろしければよろしくお願いします。

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