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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

”普通”が壊れた日

【世界B】


 どうやら俺はパラレルワールドに迷い込んでしまったらしい。

 そう気が付いたのは、自宅の台所で家族と朝食をとっていた時だった。

 うちの家族は、学校や仕事に向かう前にきちんと朝食を取る健康的な一家だ。

 お父さんとお母さんと妹と一緒にテーブルについているいつもの光景であるが、微妙に違和感があった。


 第一に、朝食が違う。

 お米に味噌汁、目玉焼きが我が家の基本だ。


 しかし、この日は朝からステーキだった。


 朝っぱらから重たいなぁと思ったが、家族は誰も珍しいとは思わなかったようで、お肉に対するコメントはない。

 肉の脂身が少なかったので、意外と朝でも食べられた。


 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ。

 うん。美味しい。


 第二に、ニュースの傾向が違う。

 テレビで放送されるのは、政治やスポーツや天気についてだ。

 事故や事件が起きたという情報は一切なかった。

 毎日のように殺人や自殺が起きていた元の世界と比べると、実に平和である。


 第三に、これが一番の違いだった点だ。

 これがあったから、俺はこの世界をパラレルワールドだと判断したのだ。


「あ、お兄ちゃん。彼女さん迎えに来たよ? 早く食べないと」

「っ!?」


 年齢=彼女が居ない歴”だった”俺は、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。




 ――

 ――――


 さて、俺の彼女とはクラスメイトの水無瀬さんだった。

 容姿端麗、文武両道の水無瀬さん。彼女はクラスの人気者だ。

 尋常一様、平々凡々の普通な俺が、どうして彼女と付きあえたのかは謎である。元の世界に戻る前に是非とも解き明かしたい謎だ。


 登校時に会話が続くか不安であったが、予想外に会話が続いた。

 学校での話題が多くを占めたし、彼女とは共通の趣味を持っていたからだ。彼女が聞き上手だったことも会話が弾んだ理由だった。


 パラレルワールドに迷い込んだと言っても、あまり学校での日常は変わらなかった。

 いつも通りに授業を受けて、友人と馬鹿話をする。

 水無瀬さんとの会話の機会が増えて、友人たちに羨ましがられたり、からかわれたりしたくらいだ。


 こんな生活なら、こっちの生活も悪くないなぁとお気楽に考えていた。




 違いが出てきたのは、昼食前の授業の終盤であった。


「今日の当番はよろしく」

「はい」


 水無瀬さんが立ち上がり、教卓の前に立った。

 元の世界の日常とは異なる展開だったため、俺は首を傾げた。しかし、クラスメイトの反応を見るに、どうやらいつもの日常らしい。

 頬杖を突きつつぼんやりと成り行きを眺めていると、教師がごそごそと教卓の引き出しを漁り始めた。


「……は?」


 俺の思考が止まり、体が硬直した。

 日常とは程遠いものが出てきたからだ。


 教師が教卓から取り出したのは、武骨な鉈だった。


「いくぞー」


 教師の気の抜けた声と共に、鉈が振り下ろされた。

 ごきっという骨が断ち切られる不気味な音が教室にいた。


 ぽーんと飛んだ水無瀬さんの首がころころと床を転がり、体からは噴水のように血が噴き出した。バランスを崩した体が床に倒れた。


 教師はその様子を満足そうに見詰めていた。


「今日の断面も綺麗だなぁ。じゃあ、後処理を頼む」

「「「はーい」」」


 教師の指示に、水無瀬さんの遺体の近くにいた生徒が動き出した。

 生徒Aが遺体の制服を脱がせ、遺体の白い肌が顕わになった。生徒Bが遺体の腕や足を押さえ、生徒Cが鉈を振り下ろして関節部を断ち切り、生徒Dが骨から肉を引き剥がした。生徒Eが遺体のお腹を裂き、生徒Fが内臓を引き出だしてゴミ袋に詰めていた。


 俺は唖然として見つめることしかできなかった。

 あまりにも非現実的すぎて、何が起きているのか分からなかった。脳みそが現実を理解することを拒否していた。夢を見ているような気分だった。

 時間が止まってしまったかのように俺の体は動かない。しかし、周囲は普通に動いている。どうやら時間は流れ続けているらしい。


「おーい。男子の当番って誰だ?」

「たしか山内じゃね?」


 体が動かなくても周囲の音は聞こえていた。

 山内? 山内って誰だっけ?


 ……。

 ――あぁ、そういえば、山内って、俺の名前だっけ。


 俺の名前を出したのは、授業の合間に談笑していた友人だった。

 血に濡れた鉈を持った教師が俺に近づいてくる。やはり、現実感は全くなかった。


「自分の当番を忘れちゃダメじゃないか」


 教師が鉈を振り上げた。

 ここにきて、ようやく平和ボケした脳が、命の危機に気が付いたようだった。


 後退ろうとして、後ろの机にぶつかった。

 机がズレる大きな音が教室に響いた。恐怖で腰が抜けた俺はコケてしまった。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫なわけがないだろっ⁉ 殺されそうになっているんだぞっ⁉」




 教室から物音が消えた。しんっという音だけが耳に痛い。

 恐る恐る周囲を見渡すと、教室中のクラスメイト達がこちらを見ていた。




 その目に浮かぶのは、困惑・無理解。


 クラスメイト全員が、異常者を見るような目で俺を見つめていた。


 頭がおかしくなりそうだった。


 正しいのは俺だろう? おかしいのはお前らだろう?

 何でそんな目で俺を見る? なんで、自分は普通だ、自分は一般人だという顔をしているんだ?


 俺の方がおかしいんじゃないかと、不安になるじゃないか。


 ……いや、俺が正しいに決まっている。

『狂人は自分が狂人だと自覚できない』と誰かが言った。

 その論に従うのならば、たった今『俺の方がおかしいんじゃないか』と疑うことができた俺は正常である。

 俺が正しい。自分がおかしいと疑うことすらしない、お前たち一般人こそが狂人なのだ。


「おい。山内のやつ、なんかおかしいぞ……」


 どうやら、いつの間にか考えが口に出ていたらしい。

 周囲のクラスメイトが、異常者を見る目で俺を見ている。


 俺は思わず引きつった笑みを漏らした。

『俺がおかしい』と指摘された。それによって、もう一度『俺がおかしいんじゃないか』と疑うことができた。それが、それこそが、俺が正気である証明。


 ありがとう。俺は正気である。俺こそが正しい。


「山内が何を言ってるかわっかんねぇ……」

「ま、まぁ、死ねば治るだろ……? 今、治してやるからな」


 教師は困惑した様子で鉈を振り上げた。

 意識が途切れるまで、俺はケタケタと笑っていた。




 ――

 ――――


 これは後で歴史の教科書を読んで知ったことだが、『元の世界』と『この世界』ではまるで異なる歴史を歩んだらしい。


 第一に、大規模な飢饉が起きた。

 第二に、飢餓に耐えられず、人間が人間を食べた。

 第三に、危機に対して大きく医療が進んだ。

 第四に、髪の毛一本でもあれば、人を生き返らせることが可能になった。


 第五に、人肉の味の虜になった人間に、『共食い』の文化が根付いた。




 昼休み。

 俺は、自分の昼食をぼーっと見つめていた。


 昼食は焼きたてほかほかのステーキだ。


 一緒に食事をしている水無瀬さんは幸せそうにお肉を頬張っている。可愛い。

 しかし、水無瀬さんの笑顔が、一瞬だけ不安そうに曇った。


「山内くん。どうしたの? お腹すいていないの? ……それとも、私のこと嫌いになっちゃった?」

「そんなことないよ。好きだよ、水無瀬さん」


 俺はにっこりと微笑んで、ステーキにナイフを入れた。


『この世界』の恋愛では、『性格の相性』と『体の相性』の他に、『食事の相性』も重要らしい。

 結婚すれば長い間一緒に暮らすことになるのに、三大欲求の一つである『食事の相性』が悪いと関係がうまくいかないのは当然だろう。


 俺は、ステーキにフォークを刺して口に運んだ。


 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ。

 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ。

 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ。


 程よく脂が乗ってて、とっても美味しい。ほのかに甘い味がした。


「美味しいよ。水無瀬さん」

「……ありがとう」


 水無瀬さんは顔を赤くして、恥ずかしそうにもじもじと俯いた。

 水無瀬さんは、今日もとっても可愛かった。


 ……。

 …………。

 ……………………。……………………。


 ……おぇ。






 ――

 ――――


【世界A】


≪新聞記事抜粋≫

 鉈で妹を切りつける

 殺人未遂容疑で兄逮捕、○○県


 妹(△△才)を鉈で切りつけ、殺害しようとしたとして、○○県××署は△日、殺人未遂の疑いで、同県同市の学生山内容疑者を逮捕した。容疑者は父親に取り押さえられたため、妹にけがはなかったという。


××署におると、山内容疑者は「妹を殺したかった。すぐに生き返るのにどうして逮捕されるのか理解できない」などと供述しており――――

≪抜粋終了≫




 どこにでもある平凡な一般家庭。

 女性はテレビから聞こえてくる物騒なニュースに眉を顰めていた。


「あら、怖いわねぇ。世の中には変な人がいっぱいいるのね。ほら、あなたも、ゲームばかりしてると、あんなふうなるから気を付けなさいよね」

「なる訳ないじゃん。ばっかじゃないの? あんなのは、元から頭がおかしい奴がやるんだよ」


 どこにでもいる平凡な少年は、うっとおしそうに吐き捨てた。






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