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短編集

夢見の聖女はにこりと微笑んだ

作者: 遠出八千代





 皆さんは白昼夢を見られたことはあるでしょうか?

 眠っているわけでもないのに、真昼間から幻のような情景が現実で見えてしまう、あれです。


 私はその日、白昼夢を見ました。


 お昼も食べ終えたばかりの時です。

 ふと、渡り廊下から出られる庭園のベンチが目に入ったのです。ここで昼寝をしたら、とても気持ち良さそうだなと天啓が降ってきました。


 つい体が勝手に向かってしまったのも、昼寝をするのも仕方がないというもの。かような魅力に抗えるのは、きっと聖人君子のたぐいでありますから、社会経験が浅く、うぶな娘(聖女ですが)ではこのベンチの魔力に負けてしまうのもしょうがないではありませんか。


 その日は、婚約者も参加するお茶会に誘われていたのですけど。


 どうせ今の立場にあぐらをかいても自動的に結婚できるような相手であるわけですから、逢瀬の一回や二回すっぽかしたところで、問題があろうはずはありません。

 そこで、辞書ほどもある分厚い教科書やスケッチブックを何冊か枕代わりにして、ベンチの端から端までを占拠しました。

 瞼を閉じると、私はすぐに寝付いてしまったようです。


「くちゅ!」


 それからどれくらい経ったか分かりませんが、鼻の辺りがこそばゆいなと思ってくしゃみをして目を覚ましたのです。


「おはようフランチェスカ、楽しい夢は見れたかい?」


 次に目を開けたとき、婚約者のアルフィが顔を覗かせていました。

 彼の栗色の髪と、長いまつげと瑠璃色の優しそうな瞳が夕焼けの赤に溶け込んでいたのです。


「何かしたって顔してるね。ほらこれ」

 彼は女子よりも細い指先からその辺の雑草を見せびらかすように振りました。


 どうやら彼は、ベンチ際に生えていた何かの雑草で高貴な私のお鼻をこしょこしょしたらしいのでした。イケメンだから許されそうないたずらが余計むかつきますね。


「ごめん。そんなに怒った顔をしないでよ。でもフランチェスカも悪いんだよ?一緒にお茶会に参加できると思ったのにさ」


 私が行っても気を使わせてしまうだけでしょうし、遠慮したのです。


「ふーん、さては昼寝をしたかっただけだったんじゃないの?」


 これだから、腹の探りあいが得意な貴族は嫌なのです。彼に背を向けて不貞寝を決め込むことにしましょう。


 ですが背中を向けている方からドサリと音が鳴りました。大方、アルフィが制服のまま地面に座り込み、私が起きるのをこの場で待つつもりなのでしょう。そうなるとお茶会をサボった私に非があるように感じてしまいます。というか非しかないのですが。


「起きたのフランチェスカ?今度は早かったね。ちょっと待ってて、俺も鞄とか教室に取りに行くからさ」


 このまま二度寝してもしょうがないので、起き上がって彼を待つことにします。

 手持ち無沙汰でやることもありませんが、この誰かを待っているほんの少しの時間は嫌いではありません。


 耳の奥に響く、放課後の喧騒に、生徒達の息遣い。校庭を歩く生徒を眺めていると、彼らの日常が垣間見えてくるような錯覚さえあります。


 その時、ふと視線を感じたような気がしましたが、きっと気のせいでしょう。

 渡り廊下の支柱の端から金髪のようなものが見えた気もしましたが、それもきっと気のせいです。





 翌朝のことでした。


 聖女としてついて行った遠征も終えたばかりで、大きい外出の予定もなく今日も連日の登校となります。


 実は学園に通っているのも強制されているものではありません。聖女がこの貴族学園に通っている『箔』が付くという理由で、私は近場に屋敷まで用意されて、通っているのです。


 とはいえ学生の本分は学業ですよね?私もそれなりに力を入れていますし、正直通える日に学校に行かなければ、授業についていけないこともしばしばあるのです。分からないところはアルフィが教えてくれたりします。


 そして登校日は決まって、アルフィが私を馬車で送り迎えしてくれます。

 学生寮に通っているのに、数キロはなれた我が屋敷まで向かいに来るので、マメな人ですよね。


「そういえばさ、そろそろ夏休みだけど。何か予定はあるかい?」


 そのアルフィはというと、馬車に揺られながら今は私の隣に座っています。席が空いているのですから、反対側の席に座って欲しいものです。


「で、どうかな?」


 催促する彼を尻目に、振動で揺れる手帳をめくり来月の予定を確認しました。


 正直学園が夏休みに入っても聖女としての仕事があるので、あまりいっしょにいる時間はそれほど多くはありません。


 仕事の内容は、騎士達の遠征に同行して地方の教会を慰問したり、王に神託を伝えるというもの。王国の端から端まで移動するので拘束されます。


「うん、この日からこの日まで空いているね。俺も予定空けておくからさ、一緒に海を見に行かないかい?」 


 手帳を開くや否や彼はぐいっと顔を近づけました。

 正直、たまのオフくらいゆっくりしたいのですが、まぁ、いいでしょう。私は海に行ったことがないので、密かに期待しているのもまた事実。


「知ってるかい、今貴族の間では海岸を貸しきってプライベートビーチにするのが流行ってるんだ」


 金持ちの考えることは、悪趣味極まってると思います。


「磯の匂いに、さざなみの音、照り付ける太陽、それを俺達だけで独占できるんだ。羽目をはずすのには丁度いいかもね」


 コクリと頷くと、気を良くしたのか彼は続けて、「うん。楽しみだね」と笑いました。


 それから水着を新調しようかとか、今から泳ぎの練習をしなければとか、頭の中では期待を膨らませていたら、馬車はすぐに学園についてしまいました。


 楽しい時間というのはすぐ過ぎてしまうものですね。


 私は彼に手を握られ、馬車から降りました。

 ですが、ふと昨日感じた視線と似たものを今日も感じました。


 校門の横に金髪頭がチラチラ見えた気がするので、その人物に話しかけようかとも思ったのですが、こんなことで授業に遅刻してしまうのもアレなので、無視して校舎の中に向かうことにします。


 校舎の前でアルフィとは別れ、下駄箱を開くと、ひらりと一通の羊皮紙の便箋が地面に落ちました。

 普通に考えれば婚約者のいる私に対してラブレターではないでしょう。


 鷲をモチーフにした封蝋、つまり王家に連なるものの象徴を象った蝋を押し印したものでした。


 差出人は、かなりしぼられることになります。心当たりのある人物かもしれないと思い封を開きましたが、丁寧で綺麗な字、今日の放課後に一人で旧校舎の空き教室にこられたし、という旨の内容がしたためられていただけであて先もありません。


 昨日今日、私の後ろをつけていたあの金髪頭の人物であろうことは大方予想はつきました。面倒臭そうだなとも思いましたが、相手は王家につらなるものですから、このまま無視するわけにもいきません。


「さてどうしたものでしょうか。少しばかり困りましたね…」


 天井に向かって独りちても、答えが返ってくるわけもありませんでした。





「あの、どなたかいらっしゃいませんか?」


 放課後、手紙に書かれていた通り、旧校舎の空き教室を訪ねました。


 実は呼び出したのは、ただのいたずらで誰も来ていないかも知れない。そういう期待もありましたが、見事に外れてしまいました。


 机が片付けられた広い空き教室の真ん中で、後ろ姿の彼女は佇んでいたのです。何人かの女生徒をお供にしているようで、私が教室の扉を開くと、歓談は一瞬で止みました。

 まるでその光景は規律ある軍隊のようで少しばかり物怖じしてしまいます。


「こんばんはフランチェスカさん。あなたをお呼びしたのは私ですわ」


 唐突に後ろ姿のまま声をかけられました。金髪カールに、私と違って豊満な体。王族だけに許された紅色の派手な制服に身を包んでいる女性。後ろ姿に見覚えがありました。


 彼女はリシュリー様。


 たしかアルフィの従兄弟であったと記憶しています。何度かすれ違い様に挨拶をした程度の関係です。会話らしい会話もありませんでした。

 それもそのはず彼女はいわゆる帰国子女というもの。実家の方針なのか、幼い時から国外留学をされていたらしく、数ヶ月前に帰国したばかりの才女です。

「お久しぶりです。リシュリー様。きちんとしたご挨拶はまだでしたね、アルフィ王子に婚約者のフランチェスカ=フランドルです。以後お見知りおきを…」

「あ、こちらこそどうもご丁寧に」

 こちらが会釈すると、カーテシーで返礼してきました。やはり王族としての礼儀作法を勉強されている方のようです。


「で、ではなくて!フランチェスカさんにご用件があってお呼びいたしました」

「そうですよ!リシュリー様、バシッと言っちゃってください!」


 外野の取巻きさんが言うや否や、キっと私の方に鋭い眼差しを向けてきました。ちょっと身構えてしまいます。しかし困ったことに、私に用件とはなんだろうかという検討が今の今でもつかないのです。


「単刀直入に言って、今のあなたには彼は相応しくないと思っています」


 彼とは誰の事なのだろうかと悩んで、アルフィの事を言っているのだと気付くのに、一分ほどかかりました。もしかして彼女はアルフィに惚れているのでしょうか?色恋で考えてしまうのが、学生というモラトリアム真っ最中の人間の性なのでしょうね。


「もちろんあなたを悪く言うつもりは、ありません。ただ先日お茶会に参加されなかったり、普段の学園での様子を拝見して、王家の元に連なる方として品行方正にしてほしいと思っているのです」

「そうですか…」

「聖女の役割がどれほどのものなのかは私も全て把握していませんが、そのような堕落した態度は改めていただきたいのです」


 どうしよう、彼女の言っていることに全く反論できない。


「さきほどから黙っていないで返事くらいされたらどうですか」

「お申し訳ございません。私はあまり彼に相応しくないかもしれません……確かにあなたの言う通りだと思うんです」


 確かに私は、彼に相応しくないかもしれません。昼寝をするくらいですからね。眠くなるのも聖女として力を行使しているからではあるのです。眠っている無意識の間だけ、神の信託を受け取り、人に伝道する。それが私達聖女の役割です。ですがそれは言い訳にはなりません。


「で、でも彼と一緒にいる資格がなくても、それでも彼と一緒にいたいです。たとえ周りからどう思われてもいい。これから、彼に相応しい人間になれるように努力したいとは思っています。だから彼とのことは認めて欲しいです…」


 私にしては珍しく早口で捲くし立てていたと思います。正直告白すると焦っていました。


 自分の思いを打ち明けても、彼女がそれを認めるとは思えなかった。でもこれで納得して欲しかった。

 早くこの会話を切り上げたいという思いが頭を巡り、動機も早くなっていました。


 少なくとも私と話して彼女に何か影響が出る前に、この場を去ってほしい、そう思いました。


 ですが、彼女は口を閉ざして、硬直して微動だにしなかったのです。


 不審に思った取巻きさんの一人がリシュリー様に「どうされたのですか?」と声をかけています。

 直後、すすり泣きが聞こえて、私と取巻きの皆さんもぎょっとしてしまいました。


「そう…そういうことでしたのね」


 何かを納得した彼女はぽろぽろと泣き出してしまったのです。


「あ、あのぉ。どうされましたリシュリー様」


 これには私よりも周りの取巻きさんの方が驚いていました。普段、彼女のこんな姿を見たこともないのでしょう。


「分からない?彼女はね、非もないのに謝罪することで、返って私自身の本当の思いに気付かせてくれたの。自分が恥ずかしいわ」


「「へ?」」

 これは、私と取巻きさんの声。私達の驚愕を尻目に、一拍おいて彼女は自分の思いをつらつらと語り始めました。


 リシュリー様は帰国され、周りは自分の知らない人ばかりで、寂しかったということ。帰ってきた母国の雰囲気は海外と違ってどこか閉鎖的で、自分を否定されていたような気分になり、ここ最近はグロッキーになっていたこと。周りと距離を感じていたこと。


 そんな自分を慕ってくれる友人はおべっかばかりの、上っ面だけの友人(取巻きさん)しかいなかったこと。その彼女達に利用されていることに薄々気付いていて、アルフィのことも言わされているだけでそんなに興味もないし、今日私を呼び出すのも正直嫌だなと思っていたようです。


「私は今の私のままでいいのね。ありがとう、私なんだかあなたと話していて心が洗われたような気がするわ。ご迷惑をかけてごめんなさい」


「い、いえそんなことは言っておりません…」


「良いのよ。謙遜されることなんてないわ。私は今まで令嬢としての立場が邪魔をして雁字搦めになっていました。本当はやりたいことがあって、この国に戻ってきたのに」


「…リシュリー様のやりたいことですか?」


「ええ!恋愛とか今はそんなに興味がなかったの。留学して学んだ知識を使って貿易の仕事に携わりたいと思っていましたの。両親を説得しようと思って、この国に帰ってきましたけれど言い出せなくて…ありがとう。こんな所で油を売っている暇なんてなかったのに」


 なんだか、お一人で納得されてしまいました。ですがこれ以上私が何か言葉を取り繕っても、問題がややこしいことになりそうでしたので、やめました。


「私、一から出直してきます、まずは両親に自分の本当にやりたいことを進言してみますわ。一刻一秒ももったいないの、これで私は失礼しますね」


 彼女は高らかに宣言して、まるで憑き物が落ちたみたいに。朗らかに笑って教室を後にしました。

 ピシャリと空き教室の扉が閉じる音が聞こえると、後には混沌と、静寂だけがありました。


 これには私も、取巻きの人たちも大困惑です。

 まるで嵐が去った後の様な状況で、呆気にとられてしまうのも仕方がないではありませんか。


「大丈夫かいフランチェスカ!君がリシュリーに呼び出されたと聞いて――」

 入れ違いでアルフィが教室に入ってきて、目が会いました。

 一瞬アルフィは苦笑いをして、事の成り行きを把握したようです。


「君たちフランチェスカに何かしてないだろうな?」

「いえ!何もしていませんし、もう何もしません!私達も失礼いたします!!」


 言うが早いから、すたからさっさと取り巻きさんたちは逃げて行きました。片やアルフィは息が上がった肩をがっくりと落とし、私の手を引いて、空き教室を後にしました。





 正直に告白いたしますと、今日のようなことは初めてではありません。

 そしてこのような結末を迎えたのもリシュリー様の勘違いのせいではありません。


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 これが神託を授かる私が持つ影響力。というか呪いの類に近いものです。

 私は聖女としての力を得た代わりに、人とまともに話すことが出来ないのでした。

 

 私と話した人間はまるで啓示を得た信徒のように何かの気付きを得るのです。


 最初にこの現象に出くわしたのは、五歳の頃です。

 礼拝を終え、神父様と歓談をしていた時です。

 その時の私は母から聖女としての立場を譲られることが決められており、今では考えられないほど、敬虔な教徒でした。

 だからその日も、私は聖書の一遍に載っている箇所について神父様に訊ねました。


 「神父様、どうして人は自分の生きたいように生きられないのですか?」と、確かそのような旨を告げたような気がします。


 何か返事を期待していたのですが、次の瞬間、神父は男泣きを始めたのです。

 それはもうボロボロ泣いていました。

 これには周りにいたシスターや教徒も驚きでした。


 そしてこう返事をされました。「ありがとう、君は僕に気付かせてくれたんだね。本当は僕は神父ではなく、音楽家ミュージシャンになりたかったんだ」


 いえ、けしてそのようなことを言いたかった訳ではなかったのですが、と言おうとした瞬間、「ふん!」と彼は叫びました。そしておもむろに神父服を破きだし、上半身裸になって、オルガンを用いて大変エキサイティングな演奏を始めたのです。


 それは聞いたこともないほどの激しい音色で、音楽史の常識を打ち砕くような、圧倒的な演奏でした。私の近くにいたシスターは泡を吹いて倒れてしまうほどでした。

 今では彼は著名な音楽家になり、各国を回って公演されているとか。 


 このような現象が何度も続き、ようやく確信に至りました。

 これが聖女としての弊害であるということを。


 それからは極力だれかと話をしないように心がけました。

 必要があればスケッチブックで会話したり、工夫を凝らしてきました。

 事情は私の両親や、アルフィにも伝えてあります。両親(特に母ですが)は過去にこの現象のせいで、とても苦労されていたようです。

「ごめん、リシュリーが君に迷惑をかけたみたいで。彼女は昔から思い込みが激しい所があったから…」

 彼は私の手を引きながら、早歩きでぐいぐいと進んでいきました。なんだか、少し焦っているようにも感じます。

「あとで俺も言って聞かせるからね。もう怖い思いをしないでいいんだ」


 私達は旧校舎を出て、渡り廊下の中心で立ち止まりました。正確には彼が立ち止まったので、手を引かれた私も止まっただけですけど。


「本当にごめん。君のせいじゃないんだ。君が会話ができないのも…だから気に病まないで」


 彼は立ち止まると、私の目を見ました。澄んだ瑠璃色の目は、何もかもを見透かしたような色をしています。その深遠に吸い込まれそうになるほど、美しいものでした。


 その瞳の向こうに昨日の情景が浮かんだのです。

 彼が来るまでに見た、あの白昼夢を。


 私は普段、神託を眠っている間に授かります。

 ですが、昨日は珍しく違いました。


 浅い眠りにつく前に、声がしたのです。

 声は男女の声。目を開けると、それは私とアルフィでした。彼らは隣のベンチで中睦ましそうに、笑いあうのです。


 木漏れ日の射すベンチに座り、つまらないことを語り合っていました。

 手を絡ませ、頬をよせて、愛とか、将来のこととか他愛無い話をしていました。今日食べたケーキがどれだけ美味しかったとか、子どもが出来たらどのように育てるべきなのかとか。きっと彼は子煩悩になるような気がします。


 私はあまりしゃべり馴れていないから、上手に話せないでしょう。彼はたどたどしい私の会話が終わるまで黙って話を聞いてくれるのです。

 そしてどちらからともなく笑いあうのでした。


 ですが、こんな日が来ることはけしてないのです。

 現実の私は彼と楽しくお話しすることなどで出来ようはずがないのですから。


 幸せな夢を見ていたのです。ずっと夢ならいいと思いました。この現実ではないどこかに私は行ってしまいたかった。


「何、フランチェスカ?」


 手に持っていたスケッチブックを開いて、何でもないと書き込みました。


「そうだね。きっと何でもないことだったんだ」

「…」

「俺は君と一緒にいて幸せだ。例え君と満足に話せなくても。こんな日が毎日続けばいいと思ってる。だから俺を置いてどこかに行かないでくれ」


 何か答えになるようなものを書こうとしました。でも、どんな言葉も嘘になりそうな気がして、ペンを離しました。


 だから私は、返事代わりに、にこりとひとつ微笑みました。するとなんとも言えない表情を返したのです。

 たまに彼は人の心を読めるような気がするときがあるのです。しかしそれは私の気のせいで、彼の努力の賜物なのだろうと思います。それとも私が顔に出やすいだけでしょうか?


「ねぇ、抱きしめてもいいかなフランチェスカ?」

「……」


 少しして、夕日に照らされたバカみたいに間延びした私達の影は1つに重なりました。

 それから瞳を閉じました。視界は当然の事ながら、真っ暗です。

 

 その時、生暖かい温度のある風が私の横を通り抜けていったのです。静寂の中をさーさーと自己主張させ、まるで世界の終わりのような静けさを打ち破りました。


 これから気温は高くなり、海に行くのに丁度いい季節になるでしょう。

 私はまだ見ぬ白い砂浜と、青い海と、さんさんと輝く太陽を思い浮かべました。



 あぁ、もうすぐ夏がやってきます。











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― 新着の感想 ―
[一言] 綺麗な恋愛ですね……。 面白かったです。
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