戦闘
バルバラ・アルベルジェッティが惑星アラクニドに降り立ってから数か月。ロプーチャ級大気圏強襲突撃艦『スラコ』の荷物だった彼女も今ではしっかりと大地を踏みしめていた。
彼女は現代的な戦装束を纏い、戦闘任務に従事していた。短く刈られた綺麗な黒髪を抗弾ヘルメットが包み隠すしており、標準装備として暗視装置を装着するための窪みや両サイドにもタクティカルライト等の装着に用いるサイドレールが設けられている。宇宙海兵隊で正式採用されているヘルメットだ。
海のような碧眼の上にミリタリーサングラスがかけられ、爆風や破片、砂塵等から両眼を防護していた。私物として購入したもので、ESSクロスボウなる地球時代のサングラスの復刻品らしい。復刻品といってもただのサングラスではなく、簡易的な光学カメラや暗視装置、赤外線センサーが装備され、レンズとしても使える液晶画面の上にそれらの情報を表示できる。
厳しい軍事訓練で鍛え上げられた肉体をマルチカム迷彩服の中にすっぽりと収めている。迷彩服の右袖には、死神を模した第40歩兵師団の部隊章と海兵隊上等兵の階級章。縫い付けではなくベルクロ式だ。
その上にはプレートキャリアー。正面と背中に抵弾プレートを収納する防弾装備の一種だ。正面には、MOLLEシステムでない備え付けのマグポーチがあり、剥き出しのそれに弾倉と常温超伝導バッテリーを収納している。サイドには、メディカルポーチ。大昔のIFAKキットに準ずる内容が遥かに先進的かつ更新されながら、戦場での医薬品として収められていた。少なくともCATのみということはない。
両腕は黒のメカニクスグローブに突き入れ、膝にはニーパッド。伏せ撃ちをする際に瓦礫などから膝を保護するためのもだ。両足はグローブと同色のミリタリーブーツに通しており、宇宙時代でも変わらずに靴ひもがついている。
右足にはレッグホルスターがベルトで固定され、市街地戦では活躍する機会も多い拳銃をそれで携帯している。
右足にはレッグホルスターがベルトで固定されている。市街地戦のような至近戦が多い環境では、拳銃も活躍する機会は多い。メインとなる武器はH&KEG-12レールライフル。
老舗銃器メーカが開発した対人用レールガンであり、対人用であるため低威力であるもののレールガンであるため射程も威力も火薬式実弾火器とは段違いだ。常温超伝導バッテリー一つで8時間も稼働し続けることが可能だ。
それらを身に纏い、彼女は分離派武装組織との戦闘の最前線に立っていた。そして早くも絶望と諦観が彼女の心の一部分を支配しようとしていた。これは何も戦いが激しいからではない。確かにバルバラのよそうがおよぼないほど、実戦は過酷だったが、それでも覚悟を固めた上で実戦に参加したのだ。如何に戦闘が激烈だろうと、それを後悔したことはない。
例え戦いが終わりの見えない泥沼化した戦いだろうと。分離派武装組織も銀河連合共和国軍と正面衝突すれば勝ち目のないことは分かっており、彼らは市街地を舞台に非対称戦で戦いを挑んできた。今現在も正規軍にとっては鬼門と言える戦いだ。
非対称戦。この戦闘形態を前に共和国軍は不利な戦いを強いられた。分離派武装組織は民間人に成りすました上で火器による奇襲を仕掛けてきており、誰が敵か味方か分からないため、兵士は極度の緊張状態を強いられた。その上、民間人誤射を避けねばならないため状況によっては反撃もままならない。
寧ろ攻撃側にしてみれば反撃してほしいことだろう、民間人を死傷させるようなことになれば共和国軍が批判され、分離派武装組織の味方を確保できるのだから。
何人もの優秀な兵士が路上に仕掛けられた即席爆発装置であっけなく息絶えた。優れた兵士だろうと、ここでは死ぬか生きるかは神のみぞ知るだ。原始的だろうと、高性能爆薬やプラズマを内包したこれを前に装甲戦闘車両すら大破する始末だ。
市街地の幾つかは狙撃手通りと命名され、戦場の静かなる死神狙撃手がそこかしこに潜んだ。唐突に今まで傍らや目前を歩んでいた兵士の頭が吹き飛ばされることなど珍しくもない。敵に拉致された幼い子供が洗脳や脅迫によって小火器で戦いを挑み、拉致された人間が純然たる脅迫で自爆テロを強要された。
惑星アラクニドは、まるでクソの掃き溜めのような地獄だ。が、彼女が絶望と諦観に襲われた理由は戦場という地獄にいるからではない。
それはこの戦いに大義を見いだせないためだ。住民の中には、新共和国派を中心に宇宙海兵隊を熱烈に歓迎する者もいないわけではないが、大半の住民は冷ややか目か若干の敵意を滲ませた目でこちらを見るだけだ。
共和国の介入以前から分離派武装組織と惑星政府は何年にもわたって先の分からない争いを繰り広げていた。今まで度重なって戦禍に巻き込まれた彼らからすれば、海兵隊は所詮新たな争いの種をもたらす寄せ者に過ぎなかった。最悪の場合、敵意に満ちた目で見つめられることすらある。
彼女から戦意や敢闘精神というべきものを奪っている一番の原因は、住民の対応だ。兵士といっても人間であり、殺し合いに身を投じる上で何よりも戦争の大義を信じられるかどうかが大切となってくる。守るべき住民から無関心な態度や敵視される態度を取られ、バルバラは無邪気に分離派武装組織との戦いの大義を信じることが難しくなっていた。これが彼女が戦場で精神的な不調に苛ま和れている一番の理由だ。
彼女は明確な大義を信じることのできないまま、危険な戦いに身を投じ、精神を削られ、追い詰められていった。それは不幸なことだったが、彼女はまだ幸運なほうといえなくもない。
かつて非対称戦を経験した兵士と比べれば彼女らは格段に恵まれている。路上に仕掛けられた即席爆破装置も鋭敏なセンサーで発見しうる上に、完璧とはいかずとも民間人に偽装した敵兵が武器を所持していることをセンサーで見抜くことも可能だ。多脚戦車や小型戦闘ドローンなど市街地戦に特化した兵器の支援も存分に受けれる。狙撃手にしろ、対抗狙撃手を配置して抑制することも可能。
厳しくとも軍を取り巻く状況は格段に恵まれている上に、戦闘前哨のような小規模基地を除けば大がかりな駐屯施設の福利厚生設備も行き届いている。ある意味では彼女の悩みはとても贅沢なものと言える。
何よりも彼女が幸運なのは、うまく戦闘に適応可能な人間だったということだ。訓練を積んだ兵士と言えど実際に人を殺すとなれば躊躇する者が多い。バルバラは冷酷無慈悲な殺人者ではないが、命令されれば躊躇いなく引き金を引くことができる。罪悪感は皆無ではないにしても、少年兵や拉致された人間を除けば引き金を即座に引くことができる。
そればかりか、明確な狙撃手によって狙撃され仲間が死のうとも、極めて冷静な戦闘行動をとることができる。兵士にとって必須となる戦闘に適応可能な精神的生の主であることはバルバラにとってなによりも祝福だったろう。
それでも彼女が精神的な不調に苛まれながら戦闘任務にあたっていったことは事実だ。そんなある日、彼女は車両による市街地パトロールに参加することになった。編成は歩兵戦闘車2両に1両の軽装甲多目的戦闘車両。前後を歩兵戦闘車が固め、真ん中の車両にバルバラは乗る編成だ。パトロールといってもいつ攻撃されるか分からないため大抵緊張を感じるだが、バルバラはその日はどうも不吉な予感に襲われていた。ひしひしと地獄が口を開けて待っているかのような感覚を感じていた。それでもパトロールは順調だったため杞憂かと思ったとき、それは起こった。
前方を進行していた歩兵戦闘車が突如爆発にほ見舞われ、そのまま路上に横転し、行く手を通行不能にしてしまったのだ。即席爆発装置による攻撃。敵の待ち伏せ攻撃だ。アラクニドの風物詩。このままではやられると2両とも全力で交代しようとしたが、その目論見は泡とついえた。後方に位置していた歩兵戦闘車も大破・炎上した。対戦車レーザーライフルかなにかの携行型対物兵器の仕業だろう。
もはや退路は塞がり、待ち伏せしていた分離派武装組織と否応にも交戦せざるを得なかった。それも数で優越する相手との絶望的な戦いだ。如何に絶望的な状況だろうと海兵隊は勇敢にたたかった。炎上した物や横転した歩兵戦闘車の兵員輸送室にいた定数を満たさない兵士も負傷した体をおして、防戦に参加したが、数とは一つの武器だ。個々の練度で勝る宇宙海兵隊員達は、敵の数を前に一人一人と物言わぬ骸と化していった。半壊したビルに辿り着けさえすれば、堅固な陣地として利用でき、救援が来るまで持ちこたえられるかも知れなかったが、そちらの方向には狙撃手が配置されている。不用意に動けば頭を吹き飛ばされることはもう証明済みだ。
短くも激しい戦いは終わった。他の海兵隊員が死に絶える中、幸運というべきか最悪というべきかバルバラのみが生き残っていた。体が埃や煤で覆われていても目立った負傷はない。そんな彼女の周囲を分離派武装組織が取り囲み、武器を捨てるようジェスチャーで示した。
多勢に無勢な状況であるため、彼女はやむなくその指示に従った。勇猛果敢な海兵隊員だろうと玉砕する趣味のない彼女は、分離派武装組織の虜にかくしてなった。
この後がr18パート。ただし肝心の箇所よりも先がうまいという。