出撃
分離派。この勢力はどのような勢力かといえば、銀河連合共和国から分離・独立を目論む勢力の総称である。汎銀河国家との決別を目論む勢力というと強大な組織であるように思えるが、強力無比な組織ではない。
分離派とはあくまで総称であり、主義主張は各派閥ごとに違っており、共和国からの完全独立を強硬に唱えるものがいるかと思えば、反対に経済的不均衡等を見直しさえすれば共和国に留まっても構いはしないと主張する者など一枚岩の組織ではない。
主義主張が異なるどころか互いに分離・独立という共通の目的を掲げていながら、手を取り合うどころか協力し合う組織があるかと思えば、互いに反目しあう組織も存在するなど混沌に彩られた存在だ。
銀河連合共和国は、高度な自治権を持つ加盟惑星によって構成される連邦制国家であるため、一つの国家として統一されているように見ながら、実は各構成国同士では火種を抱えている。経済的格差や貿易摩擦。地球時代から引き継がれたものや宇宙移民後に生じた民族的・宗教的対立。これらへの不満から自然発生的に生まれてきたのが分離派である。
分離派は決して統一されてはいないし、恐らく未来永劫一つに団結することはないだろう。分離派そのものが銀河連合共和国を瓦解させることはありえない。事実重要な国内問題と認識しながらも、共和国はこの問題の解決に差し迫った動きを見せることはなかった。
とはいえ、もはや無視しえぬ脅威であるため遂に共和国は分離派の掃討作戦の開始を宣言した。掃討作戦といっても仰々しい字面とは逆に大規模戦闘が発生した事実はない。
分離派の掃討作戦といっても、殆どは穏当な交渉だ。条件によっては共和国に加盟しても問題ないと主張する分離派もいるため、それらとは交渉によって事態の打開を模索し、この試みはすこぶるうまくいった。交渉のみならず実力行使も行われたが、対象となったのは交渉の余地なしと判断された大小様々な武装組織だ。
武装組織といっても実態は所謂ゲリラや民兵、テロリストに過ぎず、どの分離派武装組織も銀河連合共和国軍と正面から対抗する軍備を備えていない。正規軍が相手取るにしても厄介な相手であることに変わりはないが、少なくとも大昔の映画のように分離独立を巡って銀河を二分するような一大戦争にまで至っていない。
結局のところ、分離を謳っている勢力はどこまでいっても少数勢力に過ぎやしない。共和国に不満を抱いている惑星にせよ、圧倒的多数の国民は現実に分離・独立を実行するとなれば難色を示すだろう。加盟惑星固有の軍事力が敵に回るという最悪の事態が起きる可能性もまず低い。
だからこそ分離派武装組織は武器を取らざるを得なかったのだろう。自らが正しいと信奉する思想が誰からも理解されないために、武力で強引に思想を実現することを選んだ者たち。極論分離派武装組織は、単なる我儘なものの集まりであるといえる。
これはバルバラが共和国を信じているからの味方であり、分離派武装組織には彼らなりの主張があるのだろうが。実際彼らが主張する経済的格差や豊かな惑星によって貧しい惑星が搾取されている事実は紛れもない真実だ。
そもそも当の共和国が分離派問題の解決に乗り出した行いも、完全な正義ではない。解決に乗り出しのは、結局のところ国益のためだ。共和国からの分離独立を許せば今まで実現できていた資源の安定供給を受けることができなくなるかもしれず、敵対的な関係ではないが共和国以外に独立して存在する恒星間国家や単一の惑星国家に分離・独立後接近させては困るという理由がある。
残念なことに共和国は完璧な正義の味方ではない。それでも尚、彼女の銀河連合共和国への信頼は微塵も揺らがなかった。彼女の家系は国家に忠を尽くしてきた、そんな家系に生まれたバルバラが国家を見限るはずもない。また共和国が完全に正しくなくとも、分離派武装組織も組織的な大量虐殺や無差別テロを繰り返しており、そんな組織を容認できるはずがなかった。
挿絵(By みてみん)
バルバラは、第40歩兵師団の仲間とともにジョニー・ヤング級大型宇宙強襲揚陸艦『アーキツ』に乗り込み、派遣を命じられた惑星アラクニドに旅立っていた。ジョニー・ヤング級は長年に渡って共和国宇宙軍で使われてきた傑作艦だ。全長は800メートルに達し、動力は対消滅機関。一個師団を完全に積載することは不可能だが、それでも火器と各種戦闘車両も含め3個大隊を輸送可能な優れた輸送能力を持つ。
彼女の乗艦したものは、同級の最新型であり軽空母と言えるほどの航空機運用能力をも備える艦だ。それでも輸送艦のため直接の戦闘能力は大したことはないが、亜光速移動可能かつ超光速星間航法を有するために20世紀や21世紀程度の文明ながらこれ一隻のみで完全に破壊しつくすことも夢ではない。
強襲揚陸艦の戦闘能力ですら一つの文明を殲滅することが可能である。これを踏まえると宇宙軍のみで分離派武装組織を殲滅することもできるのではとおもうかもしれないが、手段を選ばなければそれも可能だ。
挿絵(By みてみん)
銀河連合共和国宇宙艦隊の主力戦艦であるティルピッツ級宇宙戦艦。砲火力を優先したために航空機運用能力を排したこの艦は優に1キロを超える巨艦であり、メインとなる対消滅機関2機、補助となるトカマク型核融合炉がもたらすエネルギーは膨大極まりない。
現在も使用されている以前の主力戦艦、ヴァルキリー級と砲撃を交わせばティルピッツの前に同級は成すすべなく沈むだろう。航空機運用能力以外の全てでティルピッツ級が勝っている。
ティルピッツは反粒子ビーム砲を主砲とし、副砲として各種ビームにレーザー兵器、亜光速レールガンを有し、それ以外にも搭載されたミサイルは反物質や核融合を弾頭としており、巨体にはじぬ火力を持つ。空間歪曲シールドと装甲からなる守りは鉄壁で、小惑星と激突したとしても傷一つ突きはしない。
内包する火力の全てを惑星に向けて解放したならば、1惑星を完全な焦土にすることも夢物語ではない。一つの文明を完全に灰燼に帰せる化け物艦がティルピッツだ。
ところで、ジュリオ・ドゥーエというイタリアの軍人が存在する。バルバラのルーツであるイタリアが誇る偉大な軍事理論家だ。彼は航空機が開闢した時代に戦略爆撃を理論として提唱しており、航空攻撃のみで戦争に勝つことさえも可能だと訴えた。この考えは永らく実現しなかったが、現在ならこの考えを実現できる。
ドゥーエの考えではあくまで戦争継続に関わる重要施設の破壊で勝利を得られるとしているため、高威力のエネルギー兵器で惑星ごと敵を殲滅するというものとは趣旨が異なるが、理論上軌道砲撃で敵を殲滅して勝利を得ることは可能なのにそれが実行された例はない。何故かと言えばそれは共和国が民主主義国家であるからだ。
自由と人権を標榜する共和国では、必然的に人命の価値が高く、誰しもが実行可能であっても敵を根こそぎ滅ぼすという考えに強い抵抗を抱くために、軌道砲撃が実施に移された例はない。
それ以外にも非戦闘員に対する無用な犠牲を避けるためや軌道砲撃を実施すれば貴重な資源の採掘が不可能になってしまうという理由もある。
これらの理由で地上戦は死滅しておらず、その花形が銀河連合共和国宇宙海兵隊だ。何故なら宇宙海兵隊は、来る惑星侵攻に必要な橋頭堡を確保するために一番槍として敵惑星に降下する部隊だからだ。
これは危険極まりない任務だ―例え敵艦隊を排除するなど制宙権を握ったところで、海兵隊員降下阻止のため惑星上の対軌道砲台や戦闘機が海兵隊員を満載した降下艇に集中攻撃を行う。最悪の場合蒸発することもありうる濃密な火力の中に突入するから、宇宙海兵隊は陸軍より強いと言われている。
特殊部隊ならば隠密潜入の為一人乗り宇宙ポッドで大気圏降下するという命知らずな行いさえする猛者の集いが宇宙海兵隊だ。そして彼女にも程なく軌道上から惑星に降り立つ時が訪れようとしていた。アラクニドまで残り数日、刻一刻とバルバラにとって初となる実戦を目的とした軌道降下を行う瞬間が近づいていた。