第32話 私と「私」が出会う日
ラピュセルにたどり着いたソフィーたちは改めてその城をまじまじと見る。黒塗りの壁や妙にとんがっている屋根が多く、それはまるでおとぎ話で出てくるような魔王の城を彷彿させる。ソフィーたちはさしずめ魔王を退治にした勇者一行といったところだろうか。
「問題はどこから侵入するかだが……」
「劇だと城の頂上に玉座が合って魔王が鎮座していますわね」
「じゃあ、私のリフレクションで監獄塔みたいに屋上から攻める?」
「そう簡単な話ではない。城の基礎部ごと空を飛んでいることから、城の上部に元凶がいて地下に制御装置がある等の可能性を考慮しないといけない。必要なければ、基礎部ごと飛ばす必要がないからな」
「だが、こっちは二手に分かれるほど戦力はねぇぜ」
「一か八かだが、地下に向かう。魔獣の制御装置か最悪、空を飛ばす機能だけでも失えば、地の利の関係上こちらが圧倒的に有利になるからな」
「回りくどい言い方だけど、つまりは正面突破ってわけね」
「俺好みの作戦じゃねぇか!先陣は俺が切らせてもらうぜ」
キースが扉を蹴り破ると、待ち構えていたかのようにメタルオーガの群れが侵入者を撃退しようと襲いかかる。
「これが例の機械化された魔獣か。だが、俺たちの敵じゃない。疾風斬!」
疾風のように加速したクラインが残像を作りだしながら、メタルオーガの生身部分が残っている個所や手足を切り落とし、その機能を失わせる。
「来い、バトルアックス!魔神斬り!」
キースが高く跳びあがり、勢いよく斧を振りざして防御した腕ごと体を真っ二つにしていく。かつて3人で挑んで苦戦したメタルオーガもAクラスの前衛陣2人にはあっけなく蹴散らされていく。
「本拠地だけあって数が多いな。このままだと攻めきれないぞ」
「なら……おい、クレア。俺が魔法を撃ったら水でも氷でもいいからぶつけてくれ」
「分かりましたわ」
「逆巻け、我が炎よ!煉獄の息吹にて敵を焼き払え!フレイムトルネード!」
「凍てつく絶対零度の息吹よ、我が命に従いなさい!アイスブリザード!」
炎によって赤く熱せられたメタルオーガに吹雪をぶつけられて急速に冷却させられる。急激な温度変化によって脆くなったメタルオーガは自身の重さや動きによって自壊し、崩れていく。
「これで一気に片付いたぜ」
応援が来るまでに城の中を探索していくソフィーたち。一部屋ずつ探索していくと、廊下の片隅にぽつりと下りだけの階段があった。周りには魔獣たちの姿もなく、監視カメラらしきレンズが見えており、他と明らかに浮いている階段に入るかどうか悩んでいた。
「一応カメラは壊したけどよぉ。あからさまに罠なんだが」
「だとしても探索にさく戦力がないこちらは入らざるを得ない。行くぞ」
「はあ、どうなって知らないぜ」
キースのため息とともにソフィーたちが入っていくと、全員が入ったところで1階の床がせり出していき、元の階に戻れなくなる。閉じ込められたわけだが、こちらは最悪、壁でも破壊してソフィーのリフレクションで逃げれば良いだけなので問題はない。
あわてるようなことはせず、地下の探索を続けていく。すると、ピカピカと光っているコンピューターがズラリと並んでいる大広間にたどりついた。目的地にたどり着いたソフィーらが足を踏み入れると、大広間の宙にある円柱部品から、この戦いを引き起こした張本人、アンドリュー博士とエミリーが出てくる。
「ガハハハハ。よく来たな、学園の諸君。ここがお前たちの墓場じゃ」
「なに寝ぼけたこと言っているんだ? 俺たちの前に不用意に出たことをあの世で後悔しな」
キースが博士に1発の弾丸を放つ。まっすぐ放たれたそれは博士の頭を撃ち抜くと思われたが、障壁に阻まれ、弾丸はカランと音を立てて床に転がる。
「魔力障壁……帝国は魔法嫌いじゃなかったのか」
「ワシは個人の出力差によってできる・できないが決まる魔法は嫌いじゃが、一定出力さえかければ、再現の取れる力については否定的ではないのでな」
「よりによって魔法肯定派か」
「中立派と呼びたまえ。この障壁を撃ち破るにはワシの最高傑作と戦ってもらうぞい。い出でよ、決戦兵器グレートビーストマスター!」
ソフィーたちの後ろの壁が破壊されると、そこには金色のV字のアンテナがついた兜に、左手に大盾、右手に巨大な銃を持ち、黒い甲冑を着た騎士風のロボットが背中から強力な風を巻き起こしながら空を飛んでいた。
「グハハハッ!風魔法を解析し、ドラゴナイトと電力のハイブリット動力によって飛行を可能にしたワシの決戦兵器じゃ。そのおかげで魔獣制御装置は別セットになったがのう」
「マスターの意味なくない!? 本末転倒だよ!」
「そもそもお主があんな簡単に初代ビーストマスターを破壊したから、強度と火力アップを兼ねて別に作ったのじゃ!」
「えっ~と、ごめんなさい」
「謝ってももう遅い!やれ、グレート!」
グレートが銃口からピンク色の光が迸り、危機を察したソフィーらのそばを通る。魔量障壁に阻まれた博士たちが無事なのはともかく、光が通った床は鉄の一部が融解するほど、赤く熱されており、かなりの高熱を持った兵器だと分かる。
「みんな。とりあえず、城の外に退避するよ」
「異議ありませんわ」
「乗った!逃げながら戦うにしても、ここは狭いからな」
グレートが破壊した壁からソフィーのリフレクションを使い、城の外まで跳びあがる。その間、何発か銃口を向けられるが、銃口の向きから着弾点を予想し、リフレクションの向きを変えることで跳ぶ方向を調整し、かわし続ける。
地上にたどりついたことにより、狙いをつけるのに邪魔な壁や床もなくなったことで、ようやく魔法による攻撃がしやすくなる。
「まずはあたしから、ギガントナックル!」
アリスが大きく跳躍し、巨大な拳でグレートを殴り飛ばそうとするが、巨体の割には早い動きのせいであっさりとよけられてしまう。
「ならば、かわせない速度で攻撃するまで。ソニックブーム!」
クラインの放った飛ぶ斬撃はグレートに逃げる暇を与えず、甲冑部にあたるが、ダメージにはなっていないようだ。
「火力不足ってわけか。なら、合体技だ、クレア!フレイムトルネード」
「そういうと思って準備しておりましたわ。アイスブリザード」
2人の攻撃をまともに受けるとまずいと判断したのかグレートが背中から竜巻を起こし、二人の攻撃を打ち消す。
「こちらの攻撃がまるで通用しない」
「どうすればいいのよ」
「こういうときに素っ頓狂な策を考えるのがお前の役割だろ。ソフィー!」
(火力が必要で、速度も必要で、あの竜巻に逆らう方法……私にそんなことできるの?)
ソフィーは自分が扱える最大の武器、リフレクションであれを突破するかを考える。そして、仲間に伝える言葉は一つしかない。
「……策はあります」
「待っていましたわ」
ソフィーはみんなに作戦内容を伝える。可能性は低くても、グレートを倒せるのはこの方法しか思いつかなかったからだ。
「……分かった。そういうことなら俺たちはおとなしく退却するぞ」
「今回ばかりは手柄を譲るとするか」
「ファイナルミッションスタートです!」
ソフィーらは迷うことなく、ラピュセルから飛び降りる。ターゲットを追って、グレートも彼女らに追随する。浮くことに特化していることもあり、速度はそれほど速くないこともあり、天空城の側面のブースター部付近まで移動し、クラインらとは暫くとの別れとなる。
ブースター部付近に留まっているソフィーを見たグレートは破壊工作をしようとしていると考えた。ブースター部を破壊されれば、天空城が墜落してしまうからだ。だからこそ、クラインらを見逃し、ソフィーに攻撃を集中させる。
足元ギリギリに広がる破滅の閃光を見ながら、ソフィーは誘い出すことに成功したと考えた。下手すれば、クレアたちに被害を及ぼしかねないからだ。
(賭けには勝った。後は自分を信じるだけ。お姉ちゃん、私に力を貸して)
ソフィーは胸元でギュッと拳を握りしめる。そして、十分にグレートを引き付けたところで、強化魔法との合わせ技で足元のプロテクションの足場を蹴り、リフレクションの力も合わせて空高く飛翔する。ソフィーの予想外な急な行動にグレートは反応できずにその場に留まった。
(1回のリフレクションだけじゃダメ。もっと。もっと。もっと!遠く!高く!)
何度もプロテクションの足場を蹴り続けて、足が悲鳴を上げそうになっても回復魔法でごまかす。そして、雲を突き破り、グレートに向けて足を向ける。落下するにつれて、ぐんぐんと勢いを増していくソフィーの身体は魔力光も組み合わさり、白銀の稲妻のごとくグレートに向かっていく。
攻撃行動が間に合わないのかグレートはわずかに移動し、盾を構えるが、ソフィーはリフレクションを使ってグレートに当たるように調整しなおす。
「必殺!リフレクションキィィィィィクゥゥゥゥウ!!」
盾ごと蹴り飛ばされたグレートはブースターの一部にぶち当たり、動力源にでもぶつかったのか大きな爆発が起こり、それに巻き込まれていく。自分たちの火力が足りなくても、これだけの質量を動かす天空城のブースターなら破壊できると睨んでいた。
そして、読み通りグレートは耐えきれず爆発を起こし、その機能を完全に停止させた。
それをモニターで見た博士とエミリーは近くのコンソールを動かし、天空城の様子を確認していた。
「い、いかん。あの爆発で動力炉が暴走しておる。このままではこの城ごと木端微塵じゃ」
「しかもブースターの制御も効かないから、このままだと天空城はこのルートで落下するッス」
モニターに赤矢印で示された落下軌道。そこに描かれたのはレーラントへの直撃コースだった。
「ククク……貴様たちは頑張りすぎた。貴様らがレーラントを滅ぼすのじゃ!」
「そんなこと言うよりも逃げるッス」
「ではエミリー君。そこの赤いボタンを押したまえ」
「ぽちっとッス」
エミリーの足もとに転移用の魔法陣が描かれる。本来、生身の人間に使うのはご法度だが、倫理観の欠けている博士はためらいなくエミリーに使わせた。
「転移に座標の計算がいるなら全部機械に任せればいいのじゃよ。そっちのほうが人間と違って計算ミスによる座標のずれもないからのう」
「なるほどッス。博士も来るッス」
「ぐはははは。なにぶん、皇帝陛下に言われて急いで作った試作機でな。1人しか使えんし、1回使ったら壊れる」
「じゃあ、博士は……そんなのい――」
魔法陣が消え、エミリーの姿消える。その様子を見て、博士はグハハハと高笑いする。
「転送成功じゃな。うるさいやつも居なくなったことじゃ。じっくりとレーラントの最後を見届けるとしようかのう」
博士が操作していたコンソールからも火が出て、制御装置が壊れてしまう。博士は窓の外から、無人になりつつあるレーラントを眺めた。
制御装置が失われたことで、魔獣たちは元の住処に戻ろうとレーラントから引き下がる。それを見た住民たちが喜びの声を挙げたのもつかの間、今度は天空城が黒い煙を上げながら、レーラントへと墜落していく。
「そんなレーラントが……」
「ソフィー、なんか策はありませんの?」
「もう無いよ!」
ソフィーは自分の策が成功したと同時に失敗に終わったことに嘆いていた。もう打つ手無しの状況にソフィーはただ泣いていた。
「一撃でも良い……軌道をずらすことができれば……」
「もうみんなボロボロで魔力なんて残ってないわよ。そんな大火力どこにあるのよ」
ソフィーの耳にどこかで聞いた言葉が聞こえる。あれはデーモンとの戦いのときも、アリスは同じことを言っていた。
(でもあのときとは違う。だって、あのときはお姉ちゃんが――)
「1つだけ策はある」
(この声は――?)
ソフィーは泣くのをやめ、後ろを振り向く。そこには自分が一番よく知っていて初めて、戦場で見た彼女が居た。背中に真っ白な翼が生えているが、金色の糸のようなさらりとした髪と夕日を背にした彼女の目は太陽のように紅い、彼女を見間違えるはずはなかった。




