第31話 魔獣防衛線レーラント
ソフィーたちがハーフレンを出発するまで時は遡る。
帝国との国境を警備していた騎士団らが最初にその異変に気付いた。突如起こったゴゴゴと轟く地響きに彼らは詰め所を飛び出て、外の様子をうかがう。黒い影の塊が音を立てながら、迫ってきたからだ。団員が目をよく凝らしてその正体を見ようとする。
「まさか、あれは……魔獣の群れか!?」
冬を越すため、人里に魔獣が下りてくることはよくある。だが、群れを成して、しかも異種の魔獣が徒党を組むなど聞いたことが無い。彼らは慌てて武装を整え、王都に連絡と応援を要請する。しかし、驚くのはこれだけではなかった。
「なんだあれ……」
「空飛ぶ城……?」
団員らが空を仰ぐと、そこには怪鳥などの空を飛ぶ魔獣を引き連れてゆっくりと前進する天空の城の姿があった。その姿は城があった場所をスプーンでくりぬいたように地面ごと空を飛んでいるように見える。その城の主、アンドリュー博士は助手のエミリーと共に高笑いをしていた。
「見たまえ、エミリー君。まるで人がゴミのようだ」
「はいッス。この天空城ラピュセルなら、魔獣を引き連れていくことで少ない人員をカバー。しかも前みたいに制御装置を一撃で粉砕されることはないっス」
「ガハハハハハッ。このワシの頭脳にかかれば、これしきのこと朝飯前よ。材料費を節約するために自分の城を改造することになったがな。さあ、エミリー君。ビーストマスターの仇を取るため、レーラントに直行じゃ!」
「アイアイサー!」
そんな中の会話を知らない団員らは魔獣を1体でも多く倒そうと魔法を放つが、減った様子を感じぬままラピュセルの侵略行為を許してしまうのであった。
レーラント近くの森でアイアンは魔獣退治の依頼を引き受けていた。彼もマリアのことは残念に思っているが、自身もまた仲間を失いながらも立ち直った身でもある。ハンター稼業をすれば、こういうことはありうると思っていた彼は、時間と横にいる友達がソフィーを立ち直らせてくれると信じて、依頼をこなしていた。
「これでスモールケルベロス5頭とブラックタイガー3頭、サーベルウルフの爪と牙。ついでにここらで生えている薬草も採取と。これだけやりゃあ、当面の資金は十分だろ」
思っていたよりも早く終わったアイアンはレーラントに向かい、換金しようと歩いていた。そんなとき、ラピュセルとそれに付随している魔獣の群れを見て、目が飛び出てしまう様な衝撃を受けていた。
「嘘だろ、おい!どんだけ厄介ごとに巻き込まれるんだよ、俺!」
見るや否や強化魔法に全魔力リソースを振り、馬より早く走っていく。城の速度に合わせているのかそれとも逆か魔獣たちの侵攻速度はそこまで早くはない。だが、その侵攻を食い止める手段が全くない。Bランクのハンターといえども犬死するような真似は真っ平ごめんなのだ。
そんな彼の前に一人の見覚えのあるエルフの姿が見える。その子はかつてアイアンらと共にビーストキングの討伐の際に力を貸してくれたものだ。そのエルフが早く来るように手を振っている。敵ではないのはわかっている以上、彼が採るべき行動は一つだ。
「ええい。どうしてここにいるのか余計な詮索は後回しだ。脚力に全力注いで……いくぜ!」
アイアンはロケットのような勢いで前方に跳躍する。自身の後ろに着地したアイアンを見て、エルフはこんなこともあろうかと事前に準備していた魔法陣を起動させる。
「古より伝わりし星の城壁よ、我が盟約のもと、その姿を顕現せよ!エンシェント・アースウォール!!」
幾重にも重なる魔法陣が地面に浮かび上がると、地面が盛り上がっていき、巨大な城壁がレーラントをぐるりと取り囲む。地平の先まで見える城壁にアイアンは感嘆していた。
(いくらエルフだからって1人でこれだけの質量操作とかありえねぇだろ……)
規格外の魔法に腰が引けたアイアンを他所に、ウィリアムとボーガンがエルフの後を追うかのように現れる。
「いや~、さすがは女神から直接生み出されたとも謳われる現存最古のエルフ。机上の空論でしかなかった僕の魔法をあっさりと使用できるなんて。貴方が学園長であってよかった」
「暇つぶしに学園長を受けたのは良いけど、私が老化もしないハイエルフだと知られるのは面倒なのよね。なんなら、この会話を聞いたこの男を葬りたいくらいよ」
(えっ、俺死ぬの?)
「まあまあ。資金提供はいくらでもするからさ。それにアイアン君はギルドからも信頼できるハンターだと紹介は受けている」
「冗談よ。教え子を助けても立った恩もあるし、ここで死なせて戦力ダウンするよりかは良いもの……貴方、私のこと喋ったらダメよ☆」
エルフがパチリと可愛らしくウィンクする。見た目や行動は可愛らしいはずのに、背筋が凍ったアイアンは「ハイ!」と答えるしかなかった。
「さてと、僕も研究した魔法の1つくらい撃っておかないと示しがつかない。ボーガン、ドラゴナイトの準備は?」
「グレン殿から購入したドラゴナイトはこちらに」
(鞄にぎっしり入っているドラゴナイト……あれだけで家を何件建てれるんだ?)
「どれもいい質だ。では私の研究の成果……その一端をお見せしよう。鬼神の裁きよ、轟く雷鳴のうなりを上げ、大いなる神のもと鉄槌を下せ!インフェルノトールハンマー!」
魔獣たちの群れを黒雲から放たれた雷が撫でるかのように次から次へと襲っていき、灰へと変えていく。ドラゴナイトに蓄えられた魔力が尽きるまで続き、魔獣たちの数は半数近く減らされていた。
「ふぅ~、魔力は馬鹿食いする上に高価なドラゴナイトを湯水のように使うネタ魔法だけど、まさか実際に使う日が来るとはね」
「でもまだ魔獣は残っているぜ。他にも何かあるんだろ」
アイアンが次の策を早く打つように急かすが、3人は首を横に振る。
「ないよ」「ないわ」「ありません」
「な、無いのかよ!このままじゃあ、いつ壁が崩れるかわからねぇだろうが!」
だが、魔力が尽きて打つ手なしの彼らはただ見守るしかなかった。アイアンはそんな様子を見て、血が出るまで強く握りしめる。
(俺一人が魔獣の群れに飛び込んでも何もできねぇけどよ……何もしなかったらアイツらに顔向けできねぇよな)
思い半ばで死んでいった仲間たちのためにもアイアンは腹をくくり、剣を抜き、城壁の上に飛び乗る。トールハンマーによって大多数が死んだとはいえ、辺りを埋め尽くさんとする魔獣たちは健在だ。だが、アイアンは震える手を抑え、魔獣に斬りかかる。
「魔獣ども、俺が相手だ!」
「やれやれ。若者だけに戦わせるわけにはいきませんな」
アイアンの戦いをみて、ボーガンもその戦闘に参戦する。二人の男が吠えるかのように魔獣たちに迎い、斬り裂いていくが、その数が減る様子は見受けられない。
一方、レーラントの街中では魔獣たちの魔の手から逃れるため、住民たちの避難が行われていた。一部の人間がここから離れないと駄々をこねたり、警備員につかみかかるなど小さな混乱は起こったものの避難は概ね順調であった。
そんな中、エディは小さな手荷物を持って学友のアルフォンスとローラと共に避難民と歩いていたが、突如その足を止める。
「どうしたんだい? 急に立ち止まって」
「……なあ、これっておかしくないか」
「なにが?」
「だって、俺たちは魔法が使える。戦える。なのに逃げるなんて間違っている!魔獣の群れならフィッシャービーストのときだって俺たちは戦ったじゃないか!」
「あのときはマリアさんが居たから……」
「でも、もうマリアさんはいない。彼女抜きで戦えると思うほど、僕は思いあがっていないよ」
「でもよ、俺は……」
そう言い残すと、エディは避難経路とは逆側、戦場へと走り出していく。残された二人はどうしようかと互いに顔を合わせる。
「でもね。エディ君の言いたいこともわかる気がする。だって、ここはもう私たちの故郷だもの……だから!」
「ローラ、君まで!もうどうして僕の周りは自分勝手な人ばかりなんだ。僕がいないと纏まらないだろ」
エディに遅れて二人も駆け出していく。止めるのでなく共に闘うために。それらをみたクラスメートの一人は鼻で笑う。
「あいつら、死にてぇのかよ」
「でも、避難したところで助かるかわからないし……」
「一か八かやってみる価値はあるんじゃね」
「だな。よし、俺たちも続くぞ!」
「お、おい。お前ら、命知らずにも程が……ええい、このまま逃げたら名折れだろうが!くそ!」
手荷物を投げ捨てたクラスメートが彼らに続く。それはアトランティカのときと同じ勇気の伝播だ。伝播する勇気が逃げるしかなかった住民に戦うという選択肢を与える。
そして、アイアンとボーガンが圧倒的多数の魔獣の前に息が乱れていた。握っている剣の刀身にはすでに欠けが見受けられ、魔獣の肉を断ち切るのもやっとというところだ。そのせいか、頭上に高く跳びあがった獅子の魔獣の鋭い爪がアイアンに襲いかかる。
(しまった。間に合わ――)
だが、アイアンにその攻撃が届くまでに風の刃が魔獣を切り裂く。
「援護攻撃!? いったい誰が……」
「助けに来たぜ、アイアンのおっさん」
エディが城壁から飛び降り、近くの魔獣に剣を突き刺す。そして、ローラの呪文によって木の根がアイアンに周りを囲んでいた魔獣を薙ぎ払っていく。
「おまえら、あぶねぇから――」
「助けに来たのは俺たちだけじゃないぜ」
城壁の頂上には子供・大人を問わないレーラントに居た魔法使いが一斉に各々が得意とする魔法で魔獣に攻撃をしていた。魔法が使えないものも、弓で射抜いたり、大きな石を投げつけたり、下に降りて剣をふるったりするなど自分たちがやれることをやっている。
「あんたら、ウチの製品を受け取れ!」
会ったことすらない武器屋のおっさんから新しい剣を受け取ったアイアンは、この戦いが終わったら、店に足を運んでみるのも悪くないなと思いながら、目の前の魔獣たちを睨めつける。
「こんなに一緒に戦ってくれる仲間がいるなら、負ける気がしねぇぜ!」
グレンからレーラントの状況を聞いたソフィーたちはレーラントの防衛ラインにようやく到達していた。早く前進してほしいと焦る一行だが、ドラゴンはその場に留まるばかりで前へ行こうとしない。
「ロックウェルにもあった魔獣の制御装置……確かあれはドラゴンですら操っていたはず」
「つまり、これ以上先に行くとこの子たちも操られるってこと?」
「だろうな。地上で戦っている人には影響がないことから、人間には効かねぇみたいだが、あの城に乗り込まないとじり貧になるだけだぜ」
「大丈夫です。策はあります」
「策といってもいつものですわね」
「プロテクション&リフレクション!」
5人は空中を跳ねるかのようにして、空飛ぶ城へと向かった。その姿は地上からも確認されており、それをみたエディたちは喜んでいた。
「あ、あれは……」
「あんなことできるのは1人しかいねぇよな!」
「帰ってきたんだ。二人とも」
「ああ。あれは俺たちの希望だ!」
当然、敵にもそれは確認されている。エミリーの「人がとんでいるッス」ということに耳を疑い、博士はモニターを拡大し、憎き相手を睨めつける。しかも、先頭の男性があろうことか帝国の主要武器である銃を駆使して魔獣を打ち抜いている様子にも苛立っていた。
「空を跳ぶなど小癪なまねを……」
「は、博士。このままじゃあ、城にたどりつかれるッス」
「むしろ、望むところじゃ!このリベンジマッチにどれだけの熱意を注いだか奴らに教え込むチャンスと思え!」
「はいッス!」
たった2人だけで行われている帝国の侵攻は、ソフィーら5人とレーラントの住民全員の総力戦となっていく。
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