わたしをひろう
わたしがまだわたしだった頃、世界は原色に輝いていた。
けれど、わたしがわたしでいようとするたびに、人はわたしを嫌い、人はわたしをないがしろにする。
傷ついて、苦しんで、わたしは一つずつわたしを捨てていった。
誰かの都合のよい存在に成り下がって、わたしは狭く暗い牢獄に閉じ込められた。
鍵は開いていたのだろう。しかし、そこから出ていくだけの地からは何も残っていなかった。
わたしは望まれ、そしてみずから望んで牢獄にいたのだ。
かつて耀いていた世界はどこにもなかった。
薄暗い日陰の世界がどこまでも続く。
あるとき牢獄のそとに誰かがやってきて言う。
「鍵はかかってない。出ておいで」
ぼんやりと聞こえてくる声に首を降る。
わたしはもう自分の足で歩くことすら出来なくなっていた。
ここから出たいと願っているのに、心は疲弊して動くことを拒否する。
視線だけが牢獄の外を漂うだけだった。
「たすけて」
やっと絞り出した声は届いたようで、けれど今度は誰はかが首を降る。
「君が捨てていったものは、君が拾い集めなければならない。たとえ望まれて捨てたのだとしてもそれは捨ててはいけなかったものなんだ。君の人生は君だけが生きるのだから」
そして誰かは牢獄の扉を開けた。
わたしのために向けられた言葉を噛みしめて、這うように牢獄を出る。
それはあってはならない場所で、捕らえられてはならない鎖だった。
誰かはもういなかった。それが誰だったのかもわからない。
ただ牢獄から出たわたしは自らの意思で選択しなければならなかった。
それは当たり前のことで、誰しもに与えられた権利だった。
わたしはかつて自ら捨てていった自分自身を拾い集めることにした。
はじめは好きなものを。そして選択することを。自ら考えることを。意思を。
それでも世界はまだ色褪せていて、かつてのような耀きとは比べられない。
永い年月をかけて捨てたものは、そう簡単に集められるものではないのだから。
わたしは一つずつわたしを拾っていこう。小さな欠片も見逃さないように。
時には痛みもともなうだろう。
それでも、わたしはわたしを集めよう。自らを慈しめるように。
かつて耀いていた世界を取り戻すために。