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情報戦線  作者: カルロス藤崎
3/3

炎の抜け道(後編)

 


 冒険者ですらない、そう言われた龍海は唖然としていたが、キメラから飛び掛かり攻撃を受けたため、横に回避した。

 受け身を取りながら体制を整え、同じく別方向に避けたイーリスに全力でツッコミを入れた。


「ちょちょちょっ……!ぼ、冒険者じゃない⁉︎どういう事なんですか⁉︎」


「いや、どういう事も何もそのままだよ」


「だからそのままってなんですか⁉︎じゃあ何なんですかあなたは⁉︎」


「情報屋」


「情報屋ってなんなんですか⁉︎」


「なんだよ、スゲェ聞いてくるな」


「あんたが小出し小出しにしか説明しようとしないからでしょうが‼︎最初の質問で全部察しなさいよ‼︎って、危なっ⁉︎」


 再び飛んで来る攻撃を避けながら、マシンガンの如くツッコミを入れる龍海。

 その隙にイーリスが後ろでポーチを漁り、ボロボロのマントのような布を一枚取り出して被ってるのを龍海は見逃さなかった。


「イーリスさん⁉︎こんな時にイメチェンですか⁉︎」


 そんなツッコミが来ても無視をした。そのマントは自分の匂いを遮断するものだ。

 少しでも自分のヘイトを下げてから、拳銃から弾倉を抜き、ポーチの中から別の弾倉を取り出して装填し、龍海を追い掛け回して、自分に背中を向けてるキメラに銃口を向けた。


「たつみん、あぶないよー」


「はぁ⁉︎なんて⁉︎」


 キメラに向かって発砲した。弾はキメラに向かう途中に拡散した。

 拡散した直後、キメラのライオンの方の耳が小さく反応し、大きく後ろ跳び退き、空中で身体を半回転させながら両前足から爪を出して襲い掛かってきた。


「ーっ!イーリスさん!」


 危うく自分にも当たりそうになった散弾を避けた龍海が声を張り上げた。

 イーリスの付けていた臭気遮断のマントが完全に裂け、ヒラヒラと宙を舞った。

 さっきまでイーリスが立っていた場所は床、壁共に大きく抉れ、人の影も形も見えない。抉れた床に若干、血が付いてるのが見えた。

 それを視認した直後、龍海の背筋が凍り付いた。


「ッ……!ィ、イーリスさ」


「あっぶねぇ……。死ぬとこだったー」


「……」


「あれ、お前なんで泣いてんの?」


 いつのまにか隣にいたイーリスが呑気な声を上げた。自分でも気付かぬうちに目尻に溜まっていた涙を指摘された事が恥ずかしくなった龍海は頬をぷくっと膨らませ、両手をイーリスに伸ばした。


「いふぁふぁふぁ!ふぁっ、ふぁひふんだよ!」


「むー!むー!」


 唸りながら両頬を抓ってると、再びキメラが飛びかかって来た。ヤギの頭の方のツノを突き出して突進、直線での攻撃に龍海の反応が若干遅れた。


「ッ……!」


 避けられない、そう判断した龍海は刀に手を掛けて、全体重を込めて突きを放った。

 当然、自分よりもキメラの方が素の力は上だ。それに加えて助走の勢いも追加され、このままだと押し負けるのは目に見えていた。

 だが、龍海には勝算があった。それはキメラの反射神経が異常に早いという事だ。それならば、目を狙えば奴は必ず避ける。

 そして、その狙い通りキメラは目に迫った攻撃をギリギリで回避し、後ろに下がった。


「やるじゃん」


 横でボソッとイーリスが呟いた。滅多に褒めない人に褒められたので若干嬉しかったが、その前に一人で勝手に避けてやがったので喜ぶのを辞めた。

 褒めたイーリスは続けて龍海に声をかけた。


「それより、今ので奴の癖は分かった」


「へっ?」


「戦闘中だ。相槌はいらない、聞いて覚えろ」


「い、いやいや坂本さんそんなに頭良く無……!」


「そら来たぞ!」


「へっ?わっ……!」


 部屋の四角に設置された炎を吸い込んでのブレスが再び吐かれ、2人は左右に展開して回避した。

 龍海の方にキメラが食いついたのを確認してから、イーリスは指示を伝えた。


「そいつは防衛本能が強く、大きな音や自分に向かって来る者に驚くべき反応速度で飛び掛かって来る。だから、それを利用する」


 戦闘中で攻撃を必死に回避してる龍海は、何とかそれに耳を傾けていた。


「俺が惹きつけるから、たつみんは隙を見つけて確実にダメージを与えて」


「惹きつけるって……!冒険者でも無いのに危険ですよ!」


「誰も体を張るなんて言ってないだろ」


 拳銃の銃槍を入れ替え、龍海は右側の壁に銃を向けた。

 パンッと静かな音で発砲し、弾は壁を跳ね返ってキメラに向かっていった。使用した弾は一度までなら壁を跳ね返り、敵を追撃する簡易型の跳弾だった。

 銃口を向けると警戒される可能性もあるので、少しでも意識を自分に向けず奇襲になるように撃った。


『ーッ‼︎』


 龍海に攻撃しようとしていた所で、不意に意識の外にあった攻撃を慌てた感じで回避するキメラ。

 バックステップで次の攻撃を避けようと思っていた龍海は、地面を蹴って反撃に出た。

 下から刀で斬り上げ、回避の途中だったキメラのヤギの頭を斬り裂き、片目を潰した。


『ギィッ⁉︎』


 大きく怯むキメラの隙を龍海は逃さなかった。更に追撃し、懐から拳銃を抜いてもう片方のヤギの目を潰した。


『ギィィィアァアアアアア‼︎』


 キメラのヤギ頭の方が悲鳴にも似た咆哮を上げ、大部屋の中全体が軽く振動する。

 激痛によって悶え暴れるキメラのヤギ頭。攻撃をするためではなく、ただ痛みによって暴れてるのを見て、近付く事が困難と判断した龍海は、とりあえずイーリスの横に退がった。


「ふぅ、これで片方の頭は潰しましたね」


「いや、まだだ。あの頭は火を吸い込む機能がある」


 指摘されて「そういえばそうだった」と思い出して気を引き締め直した。


「そして、次の一手でやれる」


「へっ……?」


「銃を懐で握って待機。合図したら口に向かって発砲し、全力退避しろ」


「ちょっ、発砲するのに退避するんですか⁉︎」


「いいから。始めるよ」


 さっさとそう言って、イーリスは拳銃を壁に向けて発砲した。

 跳弾は壁を弾いてライオン頭に向かった。当然、ライオンは回避しようとしたが、もう片方のヤギ頭の方が言うことを聞かず、無理矢理身体を動かそうとした。

 その結果、さらにキメラの身体はさらにのたうち回り、ヤギの角が壁に突き刺さった。


『ッ‼︎』


 その直後、身動きも取れなくなったキメラのヤギ頭は大きく息を吸い込んだ。残りの2箇所の炎の灯火を吸い込み、それと共にライオンの口が大きく開かれ、炎が溜められて行く。


「今!」


「今⁉︎」


 イーリスの合図で、釈然としないながらも龍海は従い、拳銃を抜いてライオンの口を撃った。

 弾丸は放射前によって開きっぱなしになったライオンの口の業火に吸い込まれるように向かっていく。

 なるほど、と合点のいった龍海はその場でライオンの様子を見てると、イーリスから大声が聞こえた。


「たつみん、退避!早く!」


「へっ?」


 直後、パァッとライオンの口の中が光った。

 この先に訪れる展開を理解した龍海は全力でイーリスのいる部屋の隅の方へ走った。

 が、走り始めた時に後ろから轟音と爆風が龍海を襲い、ふわっと自分の体が浮き上がりながら前に吹っ飛ばされるように転がった。


「ぅあっ……!」


「ちょっ、危なっ⁉︎」


「あふんっ⁉︎」


 イーリスに向かって来たので思わず避けたおかげで壁に背中を盛大にぶつけた。

 当然、龍海は床に落下し、背中をさすりながら涙目で起き上がり、イーリスを睨み付けて文句をぶちまけた。


「なんで避けるんですか!受け止めて下さいよ!」


「やだよ。体重が1トン以上ある人は受け止められないから」


「いっ、いいい1トン⁉︎失礼にも程がありますよ⁉︎」


「まぁ、落ち着いてよ。それよりも……なんとかなったよ」


 そう言いながら、燃えてるキメラの方を眺めるイーリスの顔は、戦闘前変わらない掴み所のない真顔のような表情だが、何処か安堵してるように見えた。


「そう、ですね……。まぁ、これも坂本さんのお陰ですね!坂本さんの一撃が全てを決めたっていうか……」


「お前ほんと殺すよ。そもそも、お前がああやって突貫したからだからね」


「い、良いんですよ!終わり良ければ全て良しです!」


「お前なぁ……!」


 流石にイラっとして文句を言おうと思ったが、疲れてるしここは敵の本拠地である事を思い出すしで、それ所ではないので後にする事にした。

 小さくため息をついて、とりあえず先に撤退することにした。色々と思う所はあるが、自分も龍海も疲れ切っているので、ここは帰った方が良いと思ったからだ。


「帰るよ」


 龍海に声を掛けると、キョトンとした表情で「えっ?」という間の抜けた返事が返って来た。


「……アレの素材は取らないんですか?」


 その質問に、今度はイーリスがキョトンとする番だった。


「えっ?」


「いえ、だってここに来るまでの間に色んな怪物や魔物の素材を使ってましたから……」


「いや、それはわかるんだけどさ、たつみんにそんな風に回る頭があると思わなくて」


「何処までバカにしてるんですか⁉︎」


 もー!と、憤慨する龍海をどうどうと落ち着けてから説明した。


「残念だけど、キメラから素材は取れない。さっきも言ったが、魔物は魔王軍によって作られた化け物だから、殺したら消滅しちゃうんだよ」


「えっ?……あ、ホントだ!なくなってる⁉︎」


「まぁ、竜牙兵みたいな量産機はともかく、キメラみたいなボスクラスの化け物の死体を残しとくと敵に情報を与えるようなもんだから、当然っちゃあ当然なんだけどな」


 キメラが爆死したはずの場所は壁や床、天井の焦げ跡は残っているものの、キメラそのものは消滅している。

 とにかく、ここに残っても得はないという事でイーリスと龍海は出口を見たが、足を止めた。

 出口には未だに炎の扉はいまだに健在だったからだ。


「い、イーリスさん……?なんか、まだ閉まってますよ……?」


「………」


 恐る恐る飛んで来た龍海の質問を無視して、イーリスは炎の扉の前に立った。

 ポーチから適当な素材を取り出して、扉に放ると一瞬で炭になる。それを見て、ここのアジトのラスボスを確信した。


「……なるほど。やっぱそういうことか」


「? どうかしたんですか?」


「ここのアジトの持ち主が分かった」


 それを聞いて、龍海の表情が変わった。聞いても良いものなのか迷ったが、ゴクッと唾を飲み込んでから静かに聞いた。


「……何者、なんですか?やはり、魔王軍の……?」


「まぁ、このアジトの様子見た時から何となく勘付いてはいたんだけどな。ここのアジトの持ち主は魔王軍幹部インフェルノだ」


「幹部……。私も流石に幹部の名前は聞いたことあります。どんな奴なんですか?」


「そっか。インフェルノは魔王軍幹部の中でも更に上の四人、四天王と呼ばれる奴の一人だ。その中じゃ、一番常識的な身長の奴だったかな。確か180cmちょい」


 それを聞いて、なんとなくホッとした龍海をイーリスは見逃さなかった。


「バッカお前、それでもインフェルノは四天王の中じゃ一番の攻撃力を誇る折り紙付きの化け物だぞ。しかも、性格は面倒臭がり屋でサボリ魔で狡猾」


「性格まで知ってるんですか⁉︎詳しいですね!」


「今のキメラとの戦闘が終了し、俺達が満身創痍の現状で急襲して来る可能性だってあるんだが……」


 どういうわけか、さっきまで聞こえていた、現在の部屋の奥にあるもう一つの部屋の足音が聞こえて来ない。

 インフェルノがどういうつもりなのか分からないが、現状はどうしてもこう考えるしかなかった。


「……まぁ、なんにしても俺達は捕まった、と見るべきだろうな」


「…………はっ?」


 理解出来ない、という感じで龍海から声が漏れた。イーリスはイーリスで理解されないのを理解していたので、丁寧に説明する事にした。


「ここに来て閉じ込められてキメラとかいう化け物と戦わされ、倒しても扉は開かない。それなら捕まったと考えるべきだろ」


「えっ……い、いつまでここにいれば……?」


「そんなの知らんよ。あ、強いて言うならこの部屋の空気を炎の扉が燃やし尽くすまでかな」


「………」


 さぁーっと顔を真っ青にする龍海。

 その横で、イーリスは呑気に壁際に座り込み、もたれ掛かった。


「ま、のんびりしよう。ジタバタ暴れたって仕方ねえ」


「なんで呑気なんですかそんなに⁉︎いやああああ!出してええええ!こんな人と二人きりで閉じ込められて死ぬのは嫌ああああああ‼︎」


「おい、話聞いてんのか。てか喧嘩売ってんの?」


 炎の扉の前で、どうしたら良いのか分からずにアタフタする龍海に見向きもせずに、イーリスはもたれ掛かったまま鞄を漁った。


「か、壁とかなら斬れないかな……!あっ、ここ地下だった……!どっ、どどどどうしよう……!ほんとに詰みなんじゃあ……」


「たつみん」


「な、なんですか⁉︎ていうかなんで座って……!」


 鞄から取り出した水筒を放ると、慌ててキャッチする龍海。

 キョトンとした様子で龍海はマジマジと水筒を眺めた。


「いや飲めよ。何、原始人?」


「いっ、いえっ……!す、すみませんいただきます……」


 イーリスの隣に移動して、同じように壁にもたれかかる龍海。水筒の中のお茶を飲みながら、ホッと一息ついた。

 その隣のイーリスはポーチから割と大きめの水鉄砲を取り出した。それを天井の炎に向けて撃った。大量の水が飛び出し、消火した。酸素を奪われないためだ。


「……その水で扉の炎は消せないんですか?」


「無理。扉の炎はインフェルノの魔力を含んでるから普通の水じゃ消せないんよ」


 そう答えながら、ポーチから缶詰とフォークを二つずつ取り出し、一つずつ龍海に手渡した。


「はい」


「あっ、ありがとうございます……」


 控えめにお礼を言い、蓋をベリッと剥がして食べ始めた。だが、当然、缶詰食品なんて美味いものではない。うえーっと舌を出して嫌そうな表情を浮かべたが、それでも口にはしなかった。


「あれ、てっきり『うえー……まずーい……鮎の塩焼きが食べたい……』とか文句言うと思ったのに」


 その様子を見たイーリスに意外そうな表情で言われたが、さっきまでのように食いかかったりはしなかった。

 むしろ、しおらしく肩を落としていた。


「……言いませんよ。私の所為で、こうなってるのに……」


「……まぁ、その通りだよね」


「ううっ……ご、ごめんなさい……」


 涙目で頷く龍海だった。てっきり怒って来ると思っていたが、自分は別に間違った事は言ってないので何か言うことはしなかった。


「その腕も、私の所為、ですよね……」


 さらにシュンっと肩を落として謝る龍海。それを見たイーリスは何か良いことを思い付いたのか、嬉々として語り始めた。


「別に、たつみんの所為じゃない。相手の回避時の反射運動の判断材料と回避範囲を知るためとはいえ、不用意に攻撃した俺のミスだから」


「でも、私が突っ込まなければ……」


「そういうのを全部引っくるめて動向を許可したんだ。たつみんが気にする事じゃない」


「っ………」


「ったく……。とにかく気にするなよ。イードラの空中スクーター買ってくれりゃ、全部水に流してやるから」


「は、はい……。……はっ?」


 サラッと言われて、ワンテンポ置いてから思わず聞き返す龍海。それに一切気にした様子なくイーリスは続けた。


「アレ十万円くらいはするから。よろしく」


「ええっ⁉︎ちょっ……物で解決するつもりですか⁉︎」


「いやいや、お前の所為だし妥当だろ」


「そこで言われるとなんかムカつきます!」


「それより、食い終わったらあっちの方の扉壊すぞ。少しでも酸素の量増やしたい」


「それよりって……って、もう食べ終わってる⁉︎」


「一応、ここ敵のアジトだからな。辺りから敵の音は聞こえないとはいえ、体力回復はさっさと済ませた方がいい」


「ううっ……は、はい!」


 涙目になって、鼻をつまんで缶詰をかっ込む龍海。見事に話を逸らしたイーリスは、その様子を眺めながら呆れたように言った。


「ガキか、お前は」


「う、うるさいです!ごちそうさま!」


 缶詰とフォークをその辺に投げ捨てた。

 イーリスは壁に手を当てて、目を閉じて耳を傾けた。中からは足音も呼吸音も聞こえてこない。


「……うん、やっぱ誰もいないはず」


「あのう……それ、本当に音で判断してるんですか?」


「え?うん。俺、耳良いから」


「いや、良過ぎる気がするんですけど……」


「うーん……まぁ、特別製だからね。それよりこれ壊して」


 釈然としないながらも、龍海は言われるがまま短刀に手を掛けた。

 スゥッ、と息を吸って集中力を高めた。直後、龍海の手元が一瞬消えた。その直後に遅れて扉が粉々になった。


「相変わらずとんでもねーな」


「こんなの、師匠でも宗方さんでも誰でもできます」


 そう答えても、龍海は迂闊に中に入ろうとはしなかった。その姿に半ば関心しながら、イーリスは中の様子を覗き、音でも安全を確認してから、仕上げにさっきの缶詰の空き缶を放った。

 特に何も変化はなく、イーリスが中に侵入した。続いて龍海も入った。直後、半眼になった。

 中にはテレビ、ゲーム機、コタツ、ポテチの袋とゴミだらけだったからである。


「……なんですかこれ」


「部屋だな、誰か住んでそうな」


「……なんか色々台無しなんですけど。何この部屋、ニートの部屋?このアジト、出来たばかりなんですよね?どうやったらこんな汚れるんですか?」


「初めての一人暮らしによる開放感じゃないの?」


「魔王軍ですよね⁉︎人間じゃないんですよね⁉︎」


「バッカお前、種族が違うだけで魔王軍だって人間みたいなものだろ。生きてるし意思はあるし理性もある」


「……あの、魔王軍について詳しくないですか?」


「情報屋だからな」


 そう言われて「流石、情報屋さんですねー」となる辺り、所詮は龍海だった。


「それで、こちらの部屋から脱出は出来そうですか?」


「ああ、インフェルノは極度の面倒臭がり屋だからな。裏口の一つくらい作ってそうなものだけど」


「いや、だから詳しくないですか⁉︎面倒臭がり度まで分かるんですか⁉︎」


「なんだよ、面倒臭がり度って……」


 半ば呆れ気味にボヤきながら、部屋の中を見回した。が、裏口のようなものは見当たらない。

 だが、それ以上にイーリスは警戒していた。この部屋は、本当に無人なのか。そして、コタツの中が気になっていた。

 同じように部屋を調べていたはずの龍海は、いつのまにかテレビの前のゲーム機をいじっていた。


「これ、知ってます。武市さんが持ってました」


 コントローラをつまみ上げ、まじまじと眺める龍海。他にテレビやコタツにも興味津々だった。

 テレビをコンコンとノックした後、続いてコタツに目を向けた。


「あー、私の部屋にもコタツ欲しいです」


 コタツの布団をめくり、中を覗き込んだ。中は掘り炬燵になっていて、電源は入っていないのか暗い。

 凹んでる部位から赤い髪の男が顔を出してこっちを見ていた。


「ギャーーーーーーーーッ‼︎」


 全力で驚いた龍海が悲鳴をあげながら後ろに後ずさった。

 その龍海にイーリスが声を掛けた。


「どうしたの?ゴキブリ?」


「ちっ、ちちち違います!赤っ、赤いっ……!赤い人が……!」


「ああ、やっぱりそこにいたんだ」


 最初から気付いてた、といった様子でコタツに目を向けた。

 やがて、コタツの布団がモゾモゾと動き、ぬるりと中から赤い髪に埃を乗せた男が顔を出した。


「ふわぁ……。何、気付いてたの?このコタツの布、一応は空気遮断の生地も入ってるんだけど」


「まぁね。そのコタツからの音は逆に無音過ぎる」


 あくびをしながら頬を掻く男を見ながら、なんか色んな意味で怖くなった龍海はイーリスの背中に隠れた。

 逆にイーリスは呑気な口調で、久々に会った友人に挨拶するように片手を挙げた。


「よっ、久しぶり。インフェルノ」


 インフェルノ、という名前が出た時、龍海は思わず身構えた。目の前にいるのは魔王軍の幹部の四天王の一人だ。

 が、そのインフェルノも同じように、のうのうと声をかけて来た。


「耳の調子はどう?イーリス」


「るせーよ。テメーん所のいらねー呪いの所為でコントロールにスゲェ苦労したんだからな」


 呪いやコントロールという言葉が何となく引っかかった龍海はイーリスの顔を見上げたが、気にした様子なく話を進めた。


「てか、お前も呑気だな。このコタツ、ワノ国で買ったろ。テレビとゲーム機はイードラか?普通に魔王軍が人間界で買い物してんじゃねーよ」


「仕方ないっしょ。魔王城にこういうの売ってないんよ」


「いや分かるけどさ……」


「大体、俺は面倒臭いことが嫌なの。ここのアジトにいればずっとゴロゴロできるし、やって来た冒険者はキメラがブチ殺してくれるし、いやもう本当最高」


「そのキメラ、殺したからここに来れたんだけどな」


「ああ、本当に。だから面倒だけど……お前らは俺が直々に殺さなきゃならないんだよなぁ」


 直後、轟ッと焼け焦げるような灼熱の殺気インフェルノから溢れ出し、猛火となって具現化し、ヤマタノオロチの如く無数の蛇の頭となって、イーリスと龍海に向けられた。

 室内温度はかなり上昇し、目眩がするほどにまで上がったのに、龍海は寒気が止まらなかった。これほど、明確で且つ冷たい殺気を向けられたのは初めてだった。

 このままでは間違いなく自分は死ぬ。戦わなければならないのだが、刀に手を掛ける事もままならなかった。

 震えが止まらず、ただ炎のオロチを眺めてると、イーリスがその龍海の肩に手を置いた。まるで落ち着かせようとしてるように。

 ハッと龍海は意識を取り戻し、それを確認してから

 呑気な口調で交渉を始めた。


「インフェルノ、帰らせてくんない?」


「相変わらずマイペースだなお前」


「だって戦っても勝てないもん。交渉するしかないでしょ」


「無理だよ。いくら面倒臭がりな俺でも、流石にここまで来られて生きて返すわけにはいかないから」


「いやそれはお前が炎の扉を解除しないからだろ。元々、殺すつもりだったんじゃないの?」


「いや、アレ一定時間消えないんだよね。ここの空間は俺の魔力を通してるんだけど、一々魔力変換して炎にするの面倒だから、イードラで買った魔力変換機を使って、魔力をガソリンみたいに一箇所に溜め込めるようにしたんだよね。それなら、後はスイッチ一つでコタツもテレビも扉も電源入るから楽なんだよ。でも、入れたら入れっぱなしだから貯めてある魔力が空になるまではオフにもできないんだよ」


「お前なぁ…」


 呆れ気味にイーリスは頬をポリポリと掻き、ポケットに手を突っ込んだ。


「もう少しシャキッとしろよ」


「これから死ぬ奴に説教されたくねぇよ。オラ、くたばれや」


 ヤマタノオロチの中の頭を一匹、二人に向かわせようとした瞬間だった。イーリスはポケットから何か黄色い球状のものを地面に叩きつけ、肩の上に置いた手で龍海の目を隠した。


「ーッ!」


 一瞬、インフェルノの視界が奪われた隙に龍海の手を引いて出口に走った。


「ちょっ、イーリスさん⁉︎」


「走れ!」


「あれ?扉が消えてる?」


「黙ってろ」


 テレビが消えていた、という事は現在は魔力が空という事だ。それなら、自分達の後ろの扉は消えている。

 予想通り、炎の扉は消えていて、さっさとそこから飛び出した。

 読みが当たっていて良かった、と思うと同時に、自分達がインフェルノの部屋に入った時はテレビは消えていた。

 という事は、部屋に入ったと同時に後ろの炎の扉は消えていたという事だ。


「………なんつータイミングだよ」


 幸運なのか不幸なのか分からないが、とにかく考えるのをやめて走って逃げ始めた。



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