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情報戦線  作者: カルロス藤崎
2/3

炎の抜け道(中編)

 


 そんなわけで、二人は灼熱のダンジョンを歩いていた。イエティの大便をによって熱を防いでるイーリスはともかく、龍海は早くも涙目になっていた。


「あっ、暑い……死ぬ………」


「だーかーらー、貸すってイエティのウン……」


「だからそれ言わないで下さい!」


 怒鳴られたので、イーリスは黙った。

 かれこれ、ダンジョンに入ってから10分ほど経過し、暑さで龍海はイライラしていた。


「うう……こんな暑いなら今日、来るんじゃなかった……」


 ブツブツと小うるさい龍海を無視して、イーリスは歩きながら、羊皮紙に何かを書きながら歩いていた。


「イーリスさーん。何書いてるんですかー?」


 暑さを少しでも紛らわす為に、龍海はイーリスに聞いたが返事は返って来ない。ダンジョン内を見回したと思ったら、また何か書き出した。


「イーリースーさーん!」


「うるっせぇなハゲ!情報屋流必殺奥義『桜花三段廻転回連蹴』を喰らわすぞ」


「何書いてるんですか?」


「あーそうですか無視ですかコノヤロー」


「先に無視したのはイーリスさんじゃないですか!」


「俺は忙しいの。情報収集はもう始まってるの」


「はい?まだ、怪物も出てませんが……」


「マッピング。地図を作ってるから邪魔しないで」


「地図?」


 どんなの?と言った感じで後ろからイーリスの羊皮紙を覗き込んだ。確かに、入り口からの道筋が記されていた。


「………こんな道でしたっけ?」


 しかし、テキトーに歩いていた龍海は覚えていなかった。その返しに呆れたイーリスはため息をついて振り返った。


「あんたさぁ……冒険者なら来た道くらい覚えときなよ。じゃないと、ダンジョン探索が終わっても帰ってこれないよ」


「………いいですもん。そういうのは多分、武市さんがやってくれますし」


「人任せ感すごい」


「い、良いんです!坂本さんは、そういう頭を使う事は苦手なんですから」


「ダメだろ。冒険者ならいつ何が起こるか分からないんだから、その場その場で臨機応変に対応しなきゃダメでしょ」


「………むー」


 正直、イーリス的には本当は偉そうなことは言いたくなかったが、金払って引き受けた以上はしっかりやらないとという使命感もあった。

 龍海は渋々納得したのか、唇を尖らせながらも反論はしなかった。むしろ、自分達がいつも使ってる地図制作の裏側が見えた気がして新鮮な気分でもあった。

 そんな話をしてると、前を歩くイーリスが足を止めた。


「? どうかしました?」


「………怪物の足音がする」


「へっ?そ、そんな音します?」


 耳を澄ませてみるが、音はしない。

 それでも、イーリスは確信があるようで、洞窟の奥を見据えた。


「………足音、というより蛇行っぽいな……。それと、ガチャガチャと金属がぶつかり合う音がする。……こいつは」


「な、なんですか?」


 答える前に洞窟の奥からモンスターが現れた。下半身は赤い蛇、上半身は人間の姿のモンスター、エキドナだった。

 体長はザッと4メートルほどあり、右手に剣、左手に炎を灯しながら二人に近付き、一定の距離を置くと二人を見下ろした。


「エキドナか」


「!」


 すぐに腰の刀に手を添えて構える龍海の前にイーリスは手を出して止めると、エキドナに声を掛けた。


「こんにちは」


「はぁ⁉︎何悠長に挨拶してるんですか⁉︎そんなの、通じるわけ……!」


『こんにちは』


「通じた⁉︎」


 信じられない、と言わんばかりにエキドナを見る龍海に、呑気な口調でイーリスは言った。


「なんだ、知らないの?基本的に人型の怪物には言葉は通じるから。ドラゴニアって国では竜と人のハーフがいるくらいだし」


「もう何が何やら………」


 緊張感がまるで無くなったような感じ、刀から手を離した直後、ビュワッと空を切る音と共に尻尾が飛んで来て、龍海の胸元に飛んできた。

 龍海は後ろにぶっ飛ばされたが、受身を取って体制を立て直した。額の前には攻撃を紙一重でガードした左腕が置かれ、そこから煙が出ている。その腕の後ろから顔を上げた。その目はさっきとは違い、確かな殺気が宿っていた。ただし、イーリスに向けて。


「イーリスさん!言葉が通じるんじゃないんですか⁉︎」


「バーカ、言葉が通じれば戦わずに済んでたら、魔王と戦争なんか起きてないっての」


「うぐっ……!」


 龍海があっさり黙らされた後、エキドナは二人を見下ろして言った。


『………へぇ、あたしの一撃を防ぐなんてやるねぇ』


「そういう挑発いらないから。エキドナ、俺達は別に戦いに来たわけじゃないんだ。剣を納めてくれない?」


 なるべく柔らかい口調で声を掛けた。だが、エキドナは首を横に振って闘争心を収めない。


『そんなの信用出来ないわね。冒険者はみんな、怪物を自分達の技磨きの道具として見ている。これまで、何人の同胞が冒険者達に殺されたか分かってるのかしら?』


「いやーまぁそれは分かるんだけどさ」


『何人?』


「や、分かるってのはそういう事じゃなくて」


『それに、あなた情報屋のイーリス=ストロークよね?』


 名前が出た直後、龍海は怪訝な表情を浮かべたが、イーリスがすぐに返事をした為に思考は途切れた。


「よくご存知で」


『あなたの名前を知らない生物なんていないわ。あなた達人間にも、魔王軍にも、私達怪物にもね』


「いるよ。ほら、さっきエキドナがブッ飛ばした奴、俺の事知らなかったみたいだし」


『あら、外見通り無知な子だったのね』


「ああ、無知で馬鹿で軽率で………あれ?たつみんの取り柄ってなんだ?」


『知らないわよ』


「なんで仲良く敵同士が私の悪口で盛り上がってるんですか⁉︎二人とも叩っ斬りますよ⁉︎」


 そう龍海が声を荒げた直後、エキドナの目付きが鋭くなった。


『………へぇ?なら、あたしは貴女に斬られる前に食い荒らしてやるわ』


「上等です!」


「おい、だからやめろって。たつみん、俺とエキドナが話してる間に次しゃべったら眼球にデコピンするから」


「それデコピンじゃないですよね⁉︎」


 龍海のツッコミをため息をつきながら鮮やかに無視すると、イーリスは首の後ろを掻きながら言った。


「本当に俺達は戦いに来たわけじゃない、情報収集に来ただけなんだよ。どうすれば信じる?」


『どうしようと信じないわ。仮に貴方達が戦いに来てないとしても関係ないわ。情報屋の貴方は必ずここの情報を街で売るでしょう?そしたら、冒険者達がここに来るのは目に見えているわ。むしろ、その方が私達にとって都合が悪いわね』


「………参ったね、どうも」


『話は終わりかしら?なら、今すぐに一欠片の肉片も残さずに食べてあげるから覚悟しなさい』


「! い、イーリスさん!」


「あ、喋った。お前後で眼球にデコピンな?」


「言ってる場合ですか⁉︎」


 イーリスは慌てた様子なく考え事を始めた。

 そんな事、関係なしにエキドナはイーリスに近付き、コオォォッと息を吸って左手の業火を激しく燃え盛らせた。

 そして、わずか2メートルほどの距離に近付くと、右手の剣をイーリスの首元に添えた。


『何か言い残す事は?』


「よし、こうしよう」


『あんたすごいマイペースね』


「ここに、魔王の幹部がいるだろ?」


『! 知っているの?』


「ああ。あいつら、お前らにとっても邪魔なんじゃないの?」


『…………えぇ、それは確かにそうね』


「ここからボス部屋までの最短ルートを教えてくれれば、その情報を持ち帰って街に討伐クエストを張り出してやる。冒険者が来たら、あんたら怪物は最短ルートから消えれば良い。そうすりゃ、このダンジョンは『魔物以外いないダンジョン』になり、幹部を討伐したら用済みになって誰も来なくなるでしょ」


『………………』


 そう言うと、エキドナは少し考え込んだ。とりあえず剣を引っ込めて、顎に手を当てて、しばらく考えてるのを見て、龍海はその隙にイーリスの横でいつ不意打ちして来ても良いように構えた。

 しばらくすると、エキドナは背中を向けて呟いた。


『………幹部の部屋はこのまままっすぐ行った後の別れ道を左よ。その道をまっすぐ進むと階段があるからそこを降りれば良いわ』


「ああ、サンキュー」


『ただし、そこから先は私も行ったことはないわ。魔物ばかりだからね』


「了解。このダンジョンには一週間後に討伐に向かわせる。それで良い?」


『ええ、裏切りは無しだからね』


「分かってる」


 そう約束し、エキドナは何処かへ消えて行った。その背中をぼんやり眺めてると、龍海がホッと胸を撫で下ろした。


「………ふぅ、まったく。いつ食べられるんじゃないかって気が気じゃありませんでしたよ」


「まぁ、言葉が通じるってことは交渉の余地があるって事だから」


「そうかもしれませんけど……あ、それともう一つ良いですか?」


「何?」


「魔物と怪物って違うんですか?」


「………お前ほんと馬鹿じゃないの?」


「なっ……!ば、バカとはなんですか⁉︎」


「お前の事だよバーカ若白髪」


「こ、これはグレーです!」


 薄いグレーのポニーテールにした髪を隠しながら龍海は怒鳴ったが、イーリスは顔色一つ変えずに説明した。


「魔物ってのは魔王軍が生み出した怪物の事だよ。こいつらは基本的に生態系を乱したりする輩ばかりだ。怪物ってのは野生に存在する自然に生まれた連中の事」


「な、なるほど………」


「たつみんさぁ、冒険者やるならもう少し勉強した方が良いよ」


「っ……!な、何も言い返せない………!」


 そりゃそうだろ、と思ったがイーリスは何も言わずに先に進んだ。



 ×××



 ダンジョン内を安全に歩き、エキドナの言っていた別れ道を言われた通り左に曲がり、しばらく歩いた。

 相変わらずダンジョンの中は暑い。龍海は若干、イライラしながら子供のようにボヤいた。


「暑い……まだ着かないんですか………?」


「…………」


「ねー!イーリスさーん!」


 後ろから小突かれても無視してマッピングしながら進んでると、ふと前を向いて立ち止まった。


「どうしました?」


 龍海に聞かれるも、イーリスは前を向いて無視して進んだ。

 イラっとした龍海は後ろからグチグチとイーリスの耳元で愚痴り始めた。


「なんでさっきから無視してるんですか。何なんですか。シリアス気取りですか?」


「…………」


「うわっ、出ました。今、真面目にやってるから邪魔しないでみたいなオーラ無理矢理作ってるパターンの奴だ」


「……………」


「嫌ですねー。そういう、何?冷めてればカッコ良いみたいな?クールに静かに大人ぶってればカッコ良いと思ってるみたいな?ちょうど16歳くらいの男の子によく出る奴ですよねー。別にカッコ良くないのに」


「………あのさぁ」


 やかましかったのか、イーリスは龍海の方を振り向いて、真顔で聞いた。


「…………寂しいの?」


「なっ………⁉︎」


 カァッと顔が真っ赤になり、龍海はイーリスに怒鳴った。


「だっ、誰が寂しいんですか誰が⁉︎」


「や、たつみんが」


「何でですか⁉︎」


「いや、なんか構って欲しいのか知らないけど、すごい言ってくるから」


「ち、違います!だ、誰が誰に構って欲しいんですか⁉︎全然意味わかんない!バカじゃないの?」


「まぁ、なんでも良いけど。とても年上とは思えない言動だから黙ってた方が良いよ」


「〜〜〜っ!ああ言えばこう言う……!」


 イライラボルテージがメキメキ上がる龍海を無視して、イーリスは先に進むと「あっ」と声を漏らした。


「なんですか?……って、ウソ………」


 二人の視線の先は壁があった。つまり、行き止まりだ。龍海は地面に膝をついた。


「………ああもうっ‼︎あんの蛇女ああああ‼︎次会ったら八つ裂きにしてやるうううううう‼︎」


 龍海が叫び声を上げる中、イーリスは耳を澄ませた。叫び声がダンジョン内に響き渡り、反響してる声を静かに聞いた。


「イーリスさん、戻りましょう。あの蛇女、漬け込んで焼酎にて師匠へのお土産にしましょう」


「……………」


 無視して、行き止まりの壁の近くまで進むと、近くの地面に手をついた。


「ちょっとー、イーリスさーん」


 手で地面をコンコンとノックしながら場所をズラして行く。やがて、地面の下に何か空間がある感じの音に変わった。


「………ここか」


「何してるんですか?悔しがってる姿勢の練習?」


「アホかくたばれバカ」


「いやそれは言い過ぎですよね流石に⁉︎」


 冷たいツッコミをした割に説明する事なく、続けて地面を叩いて大きさを把握すると、地面にフックが付いた釘を刺すと、ポーチから細い伸縮可能の棒を取り出した。

 棒を伸ばし、フックの中に通すと、支点となる物体も取り出して地面に置き、そこの上に棒を置いた。


「? なんですかそれ?」


「梃子くらい知っとけよ」


「タコ?吸盤美味しいですよね」


「梃子だよアホ」


「あ、アホ⁉︎さっきから言うこと酷くないですか⁉︎」


 支点から外側の力点を下げると、ガコンッと音がした。すると、地面の蓋が若干持ち上がった。


「! な、なるほど……隠し扉ですか」


「感心してないで早くその扉持ち上げて」


「あ、はい」


 言われるがまま、龍海は蓋を開けた。中から階段が現れ、龍海は「おーっ」と感嘆の声を漏らす。


「よしっ、一番乗りー!」


 中に入ろうとする龍海の首根っこをイーリスは掴み、龍海から「グェッ」と潰れたカエルみたいな声が漏れた。


「お、おう。どうした?」


「お前の所為ですよ‼︎何すんですか⁉︎」


「灼熱地獄の中、長々と歩いてようやく迎えた場所が行き止まり、それでも何とかようやく入口を開け、ここから侵入って所に罠が仕掛けられてる可能性はゼロじゃない」


「………な、なるほど」


 龍海が納得したのを確認すると、イーリスはその辺から石を取り出して放った。

 カーンカーンカーン……と、音がした後、下からボンッと爆発音が聞こえた。


「………さて、行こうか」


「…………イーリスさんって、もしかして頭良い?」


「今更何言ってんの?」


「………一々ムカつく」


 二人は今度こそ侵入した。



 ×××



 洞窟の中はさっきほど暑くなかった。ただし、至る所に魔力の気配があり、イーリスは一瞬も気が抜けなかった。イーリスは。

 もう一人は呑気に鼻歌を歌っていた。


「っはー!涼しいですね〜」


「バーカお前頼むから気を抜かないで。本当何起こるか分からないんだから」


「大丈夫ですよ〜。何かあっても坂本さんの反射神経なら躱せますから」


「そういう問題じゃないんだけど。そこら辺に魔力の気配があるじゃん、それはつまり魔法の罠って事だよ?ってことは、それが作動して消えたら仕掛けた本人に気付かれるって事じゃん。今回、俺達は情報収集に来たんだから、相手に気付かれない方が良いに決まってんじゃん」


「………分かりました」


 イーリスの事を頭良いと認めて以来、龍海は少し素直になった。

 二人は慎重に奥に進んだ。だが、ここからはエキドナの案内はない。勘で進むしかなかった。そのはずなのに、イーリスは分かれ道だろうと割とスイスイと進んでいた。


「……あのー、こっちで本当にあってるんですか?」


「うん、そのはず」


「それにしては、もう随分と歩いてる気が……」


「ストップ」


 イーリスは龍海の前に手を出して止めた。魔物の足音を聞き分けたからだ。

 だが、龍海の目に見えているのは、ただ洞窟が続いてるだけで、魔物の気配すら感じない。


「………なんですか?」


「魔物だ。竜牙兵が2、3……5体か。やれる?」


「本当ですか?ていうか、さっきから何を頼りに歩いてるんですか?」


「音」


「音ぉ?」


 言われて龍海は耳を澄ませたが、何も聞こえない。ただただ、シーンっと無音が続いていた。


「………何も聞こえませんけど」


「まぁ……良いから構えて。戦闘になるよ」


「はぁ……」


「竜牙兵は俺達を見つけるなりその場で襲いかかって来る上に、太刀を持ってる。数では向こうが有利だから、壁に隠れて向こうに通り過ぎさせた所、背中から急襲して一人でも数を減らそう」


「別にそんな事しなくても……。よっと」


「あ、ちょっと龍海……!」


 イーリスが手を伸ばしかけた時には、龍海は地面を蹴って前に走り出していた。

 前から来る竜牙兵を見つけるなり、懐から拳銃を取り出して撃った。パンパンパンッと3発撃って、一番前の竜牙兵の太刀の刀身、横一列に弾丸で穴を開けて剣を折ると、通り過ぎ様に短刀を一瞬だけ抜いて上半身を斬り落とした。

 一気に残り四体の真ん中に来ると、左右の二体が太刀を龍海の顔と下半身に向けて振り回した。

 龍海は身体を横向きに倒し、下半身に来た太刀に手を添えて、太刀の間に跳んで回避すると、下半身に蹴りを入れて来た敵を蹴り飛ばして武器を離させ、下半身を地面に着地させた。離させた武器を手に取って、身体全体を大きく使って掴んだ太刀を、蹴り飛ばした竜牙兵に投げ付けた。

 今度は残り3体同時に後ろから太刀を振ってきた。頭、肩、腰に三本の剣が当たる直前、龍海は振り返る事なく前転で回避。前転の途中、拳銃を発砲して真ん中の竜牙兵の、太刀を持つ手を撃ち壊した。

 緊急回避から体勢を立て直してからも撃ち続け、3体の動きを鈍らせると、地面を蹴って3体の後ろに通り過ぎた。

 その時には短刀は腰の鞘にほとんど納まっていて、チンッと音を立てて完全に納刀した。

 直後、3体の竜牙兵は一気に崩れ落ちた。


「………おいおい、マジかよ」


 流石にイーリスは驚いてみせた。前の宗方以上の腕前と見ても過言ではない。それ程までに鮮やかに敵を倒した。

 一方の龍海は一息ついて、髪や服の砂埃を払った。


「………ふぅ、実践って思ったより上手くいかないものですね」


 鮮やかに見えたその動きは、本人的には鮮やかではなかったようだ。こいつは確かに天才だな、とイーリスは思いつつ、とりあえず声を掛けた。


「お疲れ。大丈夫?」


「はい。敵の攻撃は掠らせてすらいません!」


「変わった戦闘スタイルだな。短刀に拳銃なんて」


「はい、皆さんによくそう言われます。坂本さんはアタッカーに上がる前にフェンサー、ランサー、ファイター以外にガンナーも取りましたから」


「ふーん………」


「その方が便利だと思いまして。遠距離の敵が出た時とか特に」


 龍海は龍海なりに考えていた。少し、龍海の評価を改めつつ、イーリスは「さて」と呟いた。


「それは良いんだけどね。一つ、問題が」


「? なんでしょう?」


「敵が大勢来てる。俺達が乗り込んだ事がバレた」


「っ?な、何故ですか⁉︎」


「洞窟の中で拳銃使えばそれはね………。音がね………」


「………まぁ良いです。それなら、坂本さんが全部斬ります」


「バカ、お前今回は情報収集だから。別に無理に戦闘する必要はない。別のルートで行く」


「っ、で、でも魔物の数とか調べなくて良いんですか?」


「魔物は魔王達が普通に作れるから、数なんて調べても無駄だよ。さ、行こう」


 そう言って、二人は一度引き返した。



 ×××



 イーリスの耳を頼りに、ダンジョンを進んだ。どうしても敵との戦闘が回避出来ない場合は龍海が戦いながら順調に進む。

 すると、小部屋のようなものが見えて来た。それを見るなり、明るい表情を見せた龍海は嬉しそうに指差して走り出した。


「やった!来ましたよイーリスさん!」


「はい待った」


「ぐぇっ」


 その龍海の襟をイーリスが引っ張り、潰れたカエルのような断末魔が響いた。


「ェホッ!ウェホッ!………なっ、何するんですか!」


「バカ、突然、小部屋なんて見えたら何か待ち構えてるに決まってるでしょ」


「………言葉で止めてくださいよ……」


「ちょっと待ってて」


 壁に背中を当てて、慎重に近づき中を覗き込んだ。中はそれなりに広く、部屋の四つの隅と天井に炎が灯されている。

 そして、部屋の左端に魔物が一頭いた。四足歩行で頭がライオン、二つの尻尾の頭には蛇とヒツジが付いている、所謂キメラだ。イーリスも噂に聞いていた程度で、実物を見たのは初めてだった。後ろに扉を控えている。

 それ以外に罠っぽいギミックは無さそうだ。


「………イーリスさん、どうですか?」


「しっ」


 龍海を黙らせ、とりあえず耳を傾けた。キメラの心音を聞いたが、こちらに気づいてる様子はない。

 キメラの後ろの扉の向こうからも足音が聞こえる。竜牙兵と違ってハッキリした足音、恐らく人型の魔物、魔王軍の幹部だろう。


「………たつみん、戻ろう」


「はっ?な、なんでですか?」


「見たことない魔物がいる。戦力は未知数だ。帰ろう」


「大丈夫ですよ、坂本さんがいるんだからいけます!」


「はっ………?」


「行きますよ!どんな魔物でもかかって来いってんですよ!」


「ちょっ、バカおまっ………」


 龍海は部屋を飛び出して短刀に手をかけてキメラを睨んだ。直後、キメラは龍海飛びかかった。

 ライオンの口の方が大きく開かれ、頭から龍海に食いかかった。


「っ⁉︎ はやっ………‼︎」


「チィッ………‼︎」


 イーリスはポーチから赤い瓶を取り出して投げつけ、キメラのヤギの方に投げつけたが、いち早く反応したヤギは版を噛み砕いた。中身の液体が飛び出し、空気に触れて爆破した。

 片方の頭を爆破され、怯んだキメラはその場で横に倒れた。その隙に龍海の元へ飛び出し、腕を掴んで後ろに退がった。


「っ……なんて反応速度だよ………!」


 龍海が飛び出して1秒も経たずに飛びかかった。こっちには気付いてなかったはずだ。イーリスの投げた瓶にも反応し切っていて、噛み砕いてみせた。中は爆薬だったから怯ませられたが、こちらの攻撃に反応してみせた。


「っ!イーリスさん!」


 龍海の声で反応して、ふと横を見ると伸びたキメラの尻尾の蛇の頭が襲い掛かってきていた。

 間一髪、龍海がその尻尾を短刀で切断したが、直ぐに尻尾は再生した。


「………再生だと……?無理だ、たつみん逃げるぞ!」


「っ、は、はいっ………!」


 即決し、龍海も素直に頷いて出口に向かった。だが、何処かから炎の扉が閉まり、退路を塞いだ。

 閉じ込められた、そうイーリスが判断すると共に、またキメラが飛び出して来ていた。


「っ………!」


「危ねっ……!」


 お互い、正反対の方向に飛び出して回避した。

 が、イーリスの避けた方にはもう1つ、ヤギの顔がある。角が突き出され、イーリスは体を無理矢理捻って回避した。角は壁に突き刺さり、壁一辺にヒビが響き渡った。


「っ………!」


 キメラが角を抜くのに手間取っている間に、イーリスは急いで距離を取って龍海と合流した。


「どっ、どうしましょう………⁉︎」


「やるしかないよ。出れないし」


「いやいや!あんな化け物に勝てるんですか⁉︎」


「いや自分で向かっていった癖によ………」


「うぐっ………!ま、まさかあんな化け物だと思わなかったんですよ!」


「やっぱ素人と一緒になんて来なきゃ良かった……。軽率なんてもんじゃないんだけど」


「ぐぬぬっ………‼︎」


 なんてやってると、キメラのヤギの頭は壁から角を抜き終えると、二人の方を見て大きく息を吸い込んだ。それと共に、ライオンの口が開かれる。

 大部屋の隅に灯っている炎が一つ、キメラのヤギ頭に吸い込まれた。そして、ライオンの口から数倍の大きさとなって豪火球が飛ばされて来た。


「「嘘おおおおおおおおお⁉︎」」


 二人揃って右にダイブして回避した。受け身をとってキメラを睨むと、キメラも「グルルッ……」と唸り声をあげて二人を睨んでいる。

 室温の高い部屋の中で冷や汗を流しながら龍海は聞いた。


「………戦うって、どうするんですか………?大体、イーリスさんのクラスは何なんですか?」


「…………聞きたい?」


「聞かなきゃ戦えないでしょう」


「俺か……俺はな………」


 重々しく口を開くイーリスを見て、龍海は緊張気味にゴクリと唾を飲み込んだ。

 言うか言うまいか悩んでるのか、中々言葉を発さない。が、すぐにボソッと呟くように答えた。


「………冒険者ですらない」


「………………は、はいっ?」


 この人何言ってんの?という感じで龍海は唖然とするしかなかった。



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