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ティアード侯爵家からの帰り。ルシサスは向かい合って座るエルに微笑んだ。
「ライラ様……ライラはとても可愛らしいご令嬢ね。エル、ライバルはきっと多いわ」
勿論私もその一人ということをお忘れなく、と付け加えるルシサス。
特に先ほどの彼女は愛らしかった。
頬を赤らめ、「ルーシー様。よろしければ、私のことを呼び捨てで呼んで下さいませんか……?」と小首を傾げる彼女に二つ返事で了承したのは、記憶に新しい。
未だお茶会に出席したことのないライラだが、ティアード侯爵家に出入りする商人や、手紙を届けに貴族家へ来る使用人達によって、彼女の噂はよく聴いていた。
元平民とは思えない、博識で聡明なご令嬢。
絹のような白髪と、ピンクにも紫にも見えるという不思議な色合いの瞳を持つ、天使のようなお方。
突然侯爵令嬢という身分になったというのに、上流使用人は愚か、末端の下働きにも優しいご子女。
使用人を通じて流れてくる噂はどれも良いものばかりで、正直、買い被り過ぎではと思っていた。
しかし。彼女は噂に違わず……いや、噂以上の令嬢であった。
始めはライラの家庭教師を始めたというエルが、とても優しい顔で彼女のことを話していたので、どのようなご令嬢なのか見たかっただけなのだ。
それでエルの婚約者となって良いと合格を出すとは思わなかったが……。エルが自分の気持ちに気付いている可能性がない為、今は後悔しかない。
そもそもルシサス達が婚約したのは、お互いに防波堤代わりとしてなのだ。
宰相の娘でありそこそこ顔は整っているであろうルシサスと、見目麗しいエル。
お茶会に出席すれば下心のある令息令嬢に囲まれ、その対応に追われるばかりで、お茶会を純粋に楽しむ余裕なんてなかった。
それが原因でエルと婚約を結ばれたのだが……両家共に恋愛結婚推奨派なので、どちらかが別の人に恋をしたのなら、婚約は解消することになっている。
普通の貴族家ならこんなことはおよそ出来ないだろうが、宰相と王宮魔術師の持つ権力は絶大だった。
因みに。ルシサスとエルの両親も恋愛結婚である。
琴瑟相和す両親は、ルシサスの憧れであり、夢でもあった。
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__またか。
エルは向かいに座っているルシサスの眼前で手を振るのを止めると、溜息を吐いた。
幼い頃から所作も勉学も完璧なルシサスだが、偶にぼーっとすることがある。
従兄弟のエルは慣れていたが、知らない者にはさぞ間抜けに見えることだろう。
学園へ入学した際、粗相がなければ良いが……その点ルシサスは外面は完璧なので、心配いらないのだ。
馬車の背もたれに寄りかかり、ふと、先刻のルシサスの言葉を思い出す。
『エルの将来を任せられるか試した』と、確かに彼女はそう言っていた。
果たしてあれはどういう意味なのか。皆目見当もつかない。
将来、エルと親しくすることがあるということなのだろうか?
確かにライラは七歳にして飲み込みが早いし、まるで歳上と接しているかのような錯覚を覚えることもある。
けれど年相応にお転婆で好奇心が強く、家庭教師になって一月も経った今では、エルに甘えを見せてくれるのが嬉しかった。
「伯父上の血を引いているだけあって、鈍いですわ……」
ぼそりと呟いたルシサスの言葉は、頬を緩ませるエルに届くことはなかった。