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暖かい光が窓から射し込む部屋。
私は『ソイツ』と闘っていた。
「……あの、大丈夫ですか?」
「問題ない……です」
「そうですか」
明らかに問題大有りの私に、エル・リウゴウ……リウゴウ先生は納得してくれる。
「で?昨夜は何時に寝たんですか?」
いや。してなかった。
「いつもと同じ時間ですよ」
「ではなぜ先程から舟を漕いでいるのです?」
この世界が『君あり』と同じなのか調べてました、なんて言えるわけがない。
リウゴウ先生の『微笑んで無言の威圧』のおかげ
で、敵である睡魔に見事勝利を収めたものの、私の前には新たな敵、エル・リウゴウが立ちはだかっていた。
*
結論から言えば、この世界はほぼ『君あり』の世界で間違いない。
『ほぼ』というのは、どことなく設定とズレている気がするからである。
リウゴウ先生が幼い頃、家庭教師をしていたなんて聞いたことはなく、 私という存在も出て来なかった。
学園入学前の十四歳で家庭教師を務めていた、と公式ブックに載っていても可笑しくない情報はしかし、前世の私が目にしたことはない。
『君あり』を土台とした世界。
今後攻略対象やヒロインと接触することもあるだろう。が、仮に魔力持ちで学園に入学出来たとしても、モブとして彼らの絡みを見ていようと思う。
「というか間近でリアル乙女ゲー見れるなんて、何それ俺得っ!」
今の私はだらしなく頬が緩んでいるだろう。因みに、人がいないことは確認済みだ。
「それにしても……昨日のテストは失敗だったなぁ……」
前世の七歳児は現世の七歳児より頭が良いみたいで、「同年代の貴族と比べても、勝るとも劣りませんよ」ってリウゴウ先生にニッコリ笑顔向けられたときは、冷や汗が止まらなかった。
ひょっとしてリウゴウ先生、もう彼女に会ってる?だから『目が笑ってない笑顔』なんて芸当出来るのかな……いや。それはアレンも出来るか。
彼女……ルシサス・ランジアは、エル・リウゴウに女嫌いのトラウマを植え付けた本人であり、女好きにした原因でもある。
エル・リウゴウと同学年の彼女は彼に恋心を抱いていた。そしてエル・リウゴウより権力があることを利用して婚約者になり、束縛するという……まぁ、言わずもがなエル・リウゴウルートの悪役令嬢だ。
『君あり』のエル・リウゴウの性格は、彼女によって形成されたと言っても過言ではない。
学園入学前だから、そうそう彼女に逢うことはないと思うけどね……たぶん。
*
「り、リウゴウ先生……?」
「面目ないです……」
心底申し訳なさそうなリウゴウ先生の隣には、ぷくっと頬を膨らませた女の子。
サラサラの水色の髪、きゅっと吊り上がった青緑の瞳ははっきり言って、キツい印象が強い。
前髪ぱっつんだからなのか、和風美人を思わせる彼女は、その表情を変えることなく立ち上がり礼をした。
「初めまして。ルシサス・ランジアですわ」
「……ライラ・ティアードです」
なんで彼女がここにいるの!?
リウゴウ先生に視線を向けると通じたのか、
「どうやら、侯爵夫人に手紙を出して許可をもらっているようで……」
客間に呼ばれたのは、そういうわけか。
納得した私に、ルシサスが口を開く。
「ライラ様は、エルの婚約者が私なのをご存知で?」
物言いは柔らかいが、言葉の節々に刺を感じる。
うわぁ。敵認定されてるよ……。
「……いいえ。リウゴウ先生に婚約者がいらっしゃることは知っていましたが、ルシサス様がそうであることは知りませんでしたわ」
観察でもするかのように私を見るルシサスに答えると、くすりと笑われた。
「つい最近まであなたは平民だったもの。当たり前よね」
どこか演技めいた口調の彼女に、「ルーシー!!」と声を荒げるリウゴウ先生。
あれ?リウゴウ先生、ルシサスをルーシーで呼んでる。ゲームではルシサス呼びだったのに。
「……ルシサス様の仰る通りです。ですが、引き取って下さった両親へ恩返しをする為にも、ティアード侯爵令嬢に相応しい人間になるつもりです」
ニッコリと口角が上がる。そんな私を一瞥するルシサスの口角も上がっていて__
「合格よ!!」
客間に響いた彼女の声に、私とリウゴウ先生は呆けるしかなかった。
*
「ライラ様、脅かしてごめんなさいね」
眉を下げ、苦笑するルシサスは、先ほどまで私を敵対視していた彼女とはまるで別人のよう。
「……なんでこんなこと」
「ふふっ。エルの将来を任せられるか試したの」
……どうしよう。話についていけない。
仲良さげな二人の空気を邪魔するわけにもいかず、冷めた紅茶で喉を潤していると、ふとルシサスが口を開いた。
「私達の婚約は、正式ではないの」
お互いに面倒な縁談を回避する為の防波堤よ、と何かを思い出すように目を細めるルシサス。
「合格、というのは?」
「秘密よ」
人指し指を立て、唇に当てる。それが様になるのは、流石美形といったところか。
「ねえ、ライラ様。私のことは、ルーシーと呼んで下さい」
「は、はいっ。えっと、ルーシー様」
「何から何まで可愛過ぎます……!」
ふわりと温かいものに包まれ、独り言なのか、彼女が何か呟いた。って、ルーシーに抱き着かれてる!?
「あ、あの、えっと、ルーシー様っ!」
「決めましたわ!ライラ様は、絶対にエルに渡しません!!」
狼狽える私と、さっきより腕に力を入れるルーシー。それに、状況に追い付けないぽかんとしたリウゴウ先生。
因みに。この直後、リウゴウ先生とルーシーが従兄弟だと知って、私はさらに混乱することとなる。