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二日後。
体調がよくなったということで、早速家庭教師を付けられたんだけど__
「噂には聞いていたけれど、とても綺麗な方ね」
お母様が羨ましそうにというか、含み笑いで私を見る。
「そうかい?」
お父様に至ってはお母様の発言に拗ねていた。童顔だからか頬を膨らませても似合っている。お父様、二十代だよね。
一方当事者の私は文字通り固まっている。だって、彼って……。
「本日を以てライラ・ティアード様の家庭教師を務めさせていただきます、エル・リウゴウです。以後、お見知り置きを」
紳士の礼をし、ニコッと微笑む彼。
切れ長の紫色の瞳に少し幼い顔立ちをしていて、たぶん十代前半くらいだと思う。肩辺りで動きに合わせて揺れる銀髪が耳下、パープルブルーの細いリボンで束ねられている為、それが大人っぽい雰囲気を際立たせているのかもしれない。
何れにしても……。
「……初め、まして。ライラ・ティアードです。これからよろしくお願いします」
何で彼がここにいるの!?
口から出そうになる言葉を飲み込み、淑女の礼をする。
私の礼に応えるように微笑む彼は、粉うことなき私の知るエル・リウゴウだ。
「ライラ、今日はあなたの学力を知る為の試験をするのよ」
「試験ですか?」
正直情報整理したいんだけど……それを言えるわけもなく。
私は促されるまま試験を受けることとなり、お母様とお父様は退室。
部屋には私とエル・リウゴウが残された。
「失礼ながらお聞きしますが、ライラ様は字の読み書きが出来ますか?」
「はい。一通りは」
この世界の共通語は日本語。名前は外国人っぽいのにな、と何度も思ったけどね。
「では、こちらの問題を解いて下さい」
机に数枚の紙が置かれる。国語と算数……あとは歴史かな。
始めの合図と共に、さらさらとペンを動かしていく。
現世の七歳児の学力基準がわからないから、前世の子と同じくらいに設定して埋めた。
……それが失敗だとは気付かずに。
*
エル・リウゴウ。
レインチス・アストランチア。
フィオ・ナーチス。
チセ・アミュレニシス。
彼らは私が前世でやっていた乙女ゲーム、『君ありて幸福』の攻略対象である。豪華な声優陣も然ることながら、人気イラストレーターさんによるイラストなど、ファンの間ではかなりの人気で……とそれは置いといて。
『君ありて幸福』。通称『君あり』は、中世ヨーロッパ風の剣と魔法の国で、魔法学園を舞台に恋を育む王道乙女ゲームだ。
この世界では魔力を持って生まれる者がおり、その大半が貴族である。稀に平民に生まれる者もいるが貴族に引き取られる為、結果的に成人(十五歳)を迎える頃には、魔力持ちは貴族にしかいないのだ。
そんな中見つかった魔力持ちの平民の少女。
それだけでも彼女は学園で目立った。しかし、着目すべきは、彼女の『魔力』にある。
光の魔力持ち。
六つある魔力の中でも稀なそれは、『治癒』を最も得意とする。保護の目的も兼ねて魔法学園に入学した彼女は、持ち前の明るさと直向きさで攻略対象の心の闇を取り除き、様々な壁を乗り越えてやがて結ばれる__というのが『君あり』の大まかなストーリーだ。
エル・リウゴウは研修生という立場で伯爵子息。女嫌いの女好きで、どっち付かずの態度を取って揉めさせたり、傷付く顔を見て愉しんだりと、お世辞にも良い性格とは言えない彼は、過去にある少女にキツく当たられたのが原因で__
「ライラ、何書いてんだ?」
聴こえてきたソプラノの声に、条件反射で紙の上に本を置いた。
「あ、アレン。ちょっと予習してたの」
「ふーん。明日から家庭教師付くから?」
安定無表情のアレンは私の兄。とはいっても、数ヵ月の誕生日の差しかない。
艶々の黒髪に蜂蜜を垂らしたような瞳で、本人の性格もあるのかどこか猫っぽい。
私は前世のゲーム内容を書いていたことがバレていないことに安堵しつつ、
「アレン、私に何か用があったんじゃない?」
然り気無く話題を逸らして聞いてみる。
「あー。この本、ライラが探してたやつだろ?」
彼の手には、私が先程探していた、この世界の歴史が記された本が掴まれていた。
「……なんで窓の外なんて眺めてんだ?」
「いや。アレンが珍しく優しくするものだから……」
「今日は朝から快晴だっ!!」
偶々読んでただけだ、と本を渡すアレン。少なくとも、私の知るアレンは歴史書なんて読まない。絶対。
「そういうことにしとく。ありがとね」
「……ああ」
逃げるように、アレンは部屋から出ていった。足音が遠ざかるのを確認し、その本を開く。
アストランチア王国、王立魔法学園『ペラルゴ』。
そこは正しく、『君あり』の舞台である魔法学園であった。