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二次元にハマってからというもの、転生もののラノベなんてよく読んでいた。
私も第二の人生こうなったら面白いなぁ、と思ったことはある。
「だからって、実現しなくていいんだけどおぉっ!?」
ベッドの中。頬をつねろうが二度寝しようが変わらない部屋に、私はついに絶叫した。
どうやら『この子』が頭をぶつけたことによって、自我が『私』になったらしい。
驚きが一周回り、冷静な説明が脳内で行われる。
「にしても、まさか最期に聞く言葉が『馬鹿』とは……」
彼女の強がりかもしれない(そう思いたい)が、それにしてもあんまりだ…と文句を言っている間に足音が聴こえてきた。あれ、この部屋に近づいてきてる……?
「ライラ姉ぇぇぇ!」
「げふっ」
バンッ、と開いたドアから突進してきた女の子に抱き着かれた。
ギシギシと腰が悲鳴を上げる。私より年下とは思えないんだけどお!?
「痛い痛い痛いっ!キャメリア離して!」
「ライラ姉!一生起きないかと思った!」
「分かったから!謝るから!ずっと寝ててごめんなさい!だからとりあえず離そうかっ!?」
渋々といった感じで解放されたところで、すかさず離れる。
腰……腰が痛い……。
「ふぅ……。おはよう、キャメリア。具合大丈夫?」
キャメリアは私の妹だ。とは言っても、血の繋がりはない。
三編みにされた赤茶の髪と、焦げ茶色の瞳。幼いながらも整った顔立ちの彼女は私と同じ孤児院育ちだ。
もっとも、赤ん坊の頃から孤児院にいた私と違って、キャメリアは一年前に来たばかりだけど。
「私の具合より、ライラ姉の具合の方が大事でしょ!?」
涙目で訴えてくるキャメリアには悪いけど、熱が出た挙げ句、責任者に蹴られていた彼女の方が重症だったと思う。
「私はもう大丈夫だよ」
安心させる為に頭を撫で、その間に、『ライラ』の情報を引き出す。
孤児院の責任者に強制労働を強いられていたライラ達は、運良くパン屋で働かせてもらっていた。
だけどその日、キャメリアが熱を出したから留守番をさせたんだ。
そうして仕事から帰ってみれば、責任者に蹴られるキャメリアを目撃。
ぶちギレて責任者に一発お見舞いした……までは覚えてるけど……。大方返り討ちにでも遭って、気絶したのかな。
「ねえ、キャメリア。私が気絶した後、何があったの?」
「それがね!私達、このお家に引き取ってもらったの!」
ニコニコと話すキャメリア。
引き取ってもらったってことは、この家の養子になったの?彼が何も言わないなら、心配ないと思うけど……。
「ライラ姉が寝てる間に決まったの。五日も寝てたんだよ?」
「五日……」
ラノベが本当なら、七歳児の脳が『前世の記憶』に耐えきれずに……といったところか。
強ち間違っていないんだろうなぁ。私の場合、たっぷり十八年分の記憶だし。
「でねでね!私はライラ姉付きの侍女見習いになったんだ!……アイツはライラ姉の護衛見習い……」
どうもキャメリアは彼と折り合いが悪い。まあ、口が悪いというか、無愛想だしね。
あれ?私のこと、言われてなくない?
「キャメリア、私は?」
「ライラ姉はねー、なんとなんと!このお家、ティアード侯爵家のヨージョだよ!」
いきなりのことだったから、『ヨージョ』の意味を理解するのに数秒費やした。
『ヨージョ』が『養女』だと分かり、さらに『侯爵家』と言った彼女の言葉に固まる。
「侯爵令嬢って、嘘でしょおおおぉぉ!?」
*
私の叫び声が聴こえたのだろう。続々と部屋に人が入ってきた。
「ライラっ!」
「あ。アレンおはよう」
最後に入ってきた彼は、運悪くこの部屋から一番遠いところにいたらしい。呑気に挨拶する私を一瞥するなり、大きな溜息を吐いた。
「起きてすぐ食事って……」
「五日も寝てたのよ?お腹空くに決まってるじゃない」
先ほど叫んだ後、今度は私のお腹が盛大に鳴り、キャメリアがコックに知らせてくれたのだ。流石侯爵家。専属コックがいるなんて。
「ごちそうさまでした」
孤児院で真面に食べられなかったからか、はたまた五日間絶食状態だったからか、出された野菜スープだけでもお腹がいっぱいだ。
「ふふ。お口に合ったかしら?」
「はい!今まで食べたことのないほど美味しかったです!」
上品に笑うリタースさん。金茶の髪を横で三編みにし、口元に手を添えている。
どう見ても十代に見える彼女は、この家の侯爵夫人で、私達を引き取った張本人だ。
それにしても……。
「私を養女にって、本気ですか?」
「ええ、もちろん」
どうやら、諦めてくれる気はないらしい。出そうになった溜息をぐっと堪え、アレンに視線を向けた。
「侯爵家に引き取られた経緯……教えてくれるよね?」
ニッコリと笑顔を向けると、溜息を吐かれる。なんか傷付くからやめて。
「あのとき……ライラが責任者に喧嘩を売ってたときに、俺は警吏を呼びにいってたんだ」
「売ったんじゃないよ!買ったの!」
「そこでリタースさんに馬車に乗せてもらって……。孤児院が潰れたら行くところがないって話したら、引き取ってもらえることになったんだよ」
私の発言は無視ですか。そうですか。
というかその話通りなら、孤児院は潰れたってこと?
それじゃあ、
「責任者は?」
「虐待及び労働の強制、奴隷商に手を染めてたからなあ。脱獄しない限り、一生牢の中だって」
すごく良い笑顔で告げるアレン。細められた蜂蜜色の目は、笑っていない。
「その……奴隷って……」
「……兄さん達だよ」
くしゃり、と苛立ちを隠すようにアレンが自身の黒髪を掴んだ。
責任者が代わってから、一人、また一人と上の子がいなくなっていた。家族同然の彼らが消える度、街中を探し回ったけど、見つかった子なんて誰もいない。
私達三人が残ったのは、よく行動を共にしていたからだろうな……。
胸の内に沸き上がるライラの怒りを私はひたすら抑えることしか出来なかった。