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あの夢の、その先の  作者: 佐倉洸記
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歩き方はまだ知らない。

ミズノ視点です

 今日出会った不思議な彼のことを思い出す。名前はたしかトーリとか言ったかしら。

 まず第一印象は変な人。

 だっていきなり「アネモネがきれいですね」なんて話しかけてきたのよ。変な人としか言いようがないじゃない。

 でもそれ以上に私は彼に不思議な縁を感じた。

 だって本当にアネモネがきれいだったから。

 あの日以降景色はずっと灰色だった。

 どこへ行っても、何を見ても、誰と話しても。景色は灰色のままだった。

 でも彼が言う通りアネモネはとてもきれいだった。

 赤が、黄色が、私の瞳に飛び込んできた。

 灰色だった景色が彼の一言で変わった。


 そして極めつけはあの言葉。


「天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ」


 自分の口から紡ぎだされたその言葉はやっぱり不思議な響きを秘めていて、ぽおんと音叉が鳴るように暖かだった。

 聞いたことなどないはずなのに、ずっと耳に残って離れない。

 不思議だ。やけにすんなり心にしみ込んでくる。

 まるで元からそこにあって当然だというように私の心の一部分に住み着いている。

 おかしな、けれどどこか懐かしいあの言葉。

 それをまるで自分の中から零れ落ちてしまったみたいに言った彼はなんなのだろう。


 彼はまた会おうと言った。

 それはきっとそう遠くないうちに実現するのだろう。私はそう思っているし、きっと彼もそう感じたはずだ。

 その予感は神様がくれたお告げみたいに確信めいていて、この世の全てが正しいと言っているようだった。

 本当に変な人。もう笑うことなんてないと思っていたのに。もう誰かを見据えることなんてないと思っていたのに。結局私は彼を見てしまった。彼を自分の中に刻み込んでしまった。


 今日はやけに月が大きく見える。満月まではまだあるだろうが、それでもだいぶ丸に近くなっている。

 ああ、そうかと思い当たる。

 彼は月に似ているんだ。

 不思議でとらえどころがなくて優しくて、心を揺さぶってくる。

 たった一回あっただけの人にこんなことを思うのは変だろうか。

 私も彼にあてられたのかしら。


 ずきんと胸が痛んだ。忘れるな。そう言っているようだった。

 忘れたくとも忘れることなんてできやしないのに、律儀に毎回こうして訴えかけてくる。

 早く、早くどこかへ行かなくては。


 痛む胸を抑えながら、私は彼との出会いが少しでもいいものになればいいと願っていた。

 月だけがおぼつかない足取りの私を見ていた。


 

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