表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの夢の、その先の  作者: 佐倉洸記
32/33

あの夢の、その先の

 葬儀はしめやかに執り行われた。

 あれから一夜たってようやく亡くなった人の遺体を家族の元に返すことが出来るようになった。村に入り込んでいた兵士の大多数はミズノさんのおかげで壊滅的な被害を受けていたので、なんとか村には平和が戻ってきた。と言ってもノルマンさんを含め、衛士の人達は警戒を続けているし、王都から来た応援の部隊も相まってまだ緊張状態は続いている。

 それでもなんとか亡くなった人たちを弔ってあげることは出来た。


 皆泣いていた。家族を失った人もそうでなかった人も皆泣いていた。それは僕も例外ではなかった。村の外れの見晴らしの良い丘の上に亡くなった人たちは眠ることになった。

 死者を弔うのは何も死者だけのためではない。もちろん彼らの安らかな眠りを願うことも目的ではあるのだけれども、なにより残された人たちのために葬儀はあるのだと思う。突然の別れを悲しみ、老若男女問わずただ涙して、精一杯のありがとうを伝えて、そして前を向いてこれからを生きていく。そのために僕らは彼らを弔う。


 棺に入れられる前に見た母さんの顔はとても安らかだった。僕は棺に父さんと母さんがともに映っている写真や昔母さんに上げた思い出の品を何個かいれた。そして最後に白いカーネーションを手向けた。


「ありがとう」


 一言なんかじゃ伝えきれないけれど、僕は何回だって母さんに伝えたかった。昨日の夜にあれだけ泣き喚いたというのに涙はまだ枯れてくれなくて頬を伝った。ポケットに入れているエメラルドの指輪が温かく感じられた。本当にありがとう。僕はまたそう思った。

 丘には心の中を駆け抜けていくように風が吹き続けている。今日は雲一つない青空だ。梅雨が明けて夏が来る。夜は明けて、みんな日常に戻っていく。


 葬儀の後、僕とナオトは衛士詰め所に呼び出されてノルマンさんにしこたま怒られた。自分たちなら何でもできるとか思うな、お前らは無茶しすぎだとか本当に耳が痛かった。ノルマンさんが本気で心配してくれていたのが分かるからこそ申し訳なさで胸がいっぱいだった。

 ノルマンさんは最後に僕らを抱きしめて小さな声で呟いた。


「もう少し俺らを信じてくれよ」


 彼はうっすら涙を浮かべていた。僕の左肩にあたる彼の腕は固く、そして温かく、そこから熱が伝わってきたみたいに僕の目頭もまた熱くなった。僕もナオトもただ謝り続けた。何度時が巻き戻ったとしても僕は同じことをしてしまうのかもしれないけれど、それでも僕はこの人にどれだけ心配をかけただろうかと思うと反省してもしきれなかった。


 それから何回か太陽が昇った後、ミズノさんはこの村を発つと言った。


「もう行ってしまうんですね」


「うん」


 彼女は柔らかい笑顔でそう答えた。

 村はまだ何もかもが壊れたままだ。賑わっていた露店どころか住む家をなくした人たちだって少なくない。それでも皆お互いに助け合って逞しく村の復興を進めている。誰かがお腹を空かせていたら食料に余裕のある人が分け与える。家が潰れてしまった人たちはそれぞれ被害に遭わずに済んだ人たちの家に住むことになった。僕の宿屋もそんな人たちで一杯だ。

 皆突然日常を失った。けれど、そこから立ち上がろうとしてお互いに支えあう人たちの姿はどんな絵画よりも美しく、輝いて見えた。僕らなら大丈夫だ。そう思った。今も村からは金槌を叩く音が聞こえてくる。


「もう一度世界上をちゃんと見て回りたいの。色んなものを見て、感じて、空っぽだった自分の中に取り込みたい。それにもしかしたら龍にならないようにするための方法を見つけることが出来るかもしれないしね」


 それに、と彼女はすこしだけ顔を曇らせた。


「故郷にも帰りたい。私のせいで無くなってしまった人達に謝ってきたい。自己満足かもしれないけれどそれが私が彼らに出来る唯一の贖罪だから」


 彼女の表情にはまだ影が落ちている。けれどそれは諦めや絶望に彩られてはいない。自分のしたことをきちんと受け止めてたからこそのものだ。彼女の目は決意に満ちている。


「ミズノさんなら大丈夫です。きっとなんだって乗り越えられます。僕が保証します」


 あえて傲岸不遜に、恥じることなく僕は言い切る。それが間違っているとかそんなことはどうだっていい。こんなにも輝く彼女の笑顔を見れるなら僕は満足だ。


「これを持って行ってください」


 僕はアネモネを模した白いペンダントを彼女に渡す。彼女はそれを両手で包み込むように受け取る。そしてそれを首にかける。

 白いアネモネは彼女の白い肌に良く映えた。彼女にはずっと希望を抱いていてほしい。僕の願いだ。


「またここで会えますよね」


 僕は問う。初めてこの世界で彼女に会った時と同じように問いかける。

 彼女は笑う。その瞬間時が止まる。彼女は光を帯びる。この世界の全てが彼女の旅立ちを祝福しているようだった。


「ええ、きっと会える」


 彼女はそう言って歩き出す。この村から去っていく。甘い香りを残して彼女は去っていく。

 もしここで会えないとしても僕は絶対に彼女に会いに行く。もう後悔したくないから。たとえ世界が分かたれても会いに行くだろう。次は赤いアネモネの花を持ってあなたに会おう。僕はそう心に誓った。


 結局僕は僕のままで。ここじゃないどこかなんてありはしなくて。特別なことは何もなくて。僕はまだまだ弱いままで。

 でも、それでもいいやと思った。あの夢の先は自分を変えるような何かに繋がっていなくて、ただ今、この現実に繋がっていた。でも僕はそれでも一向にかまわなかった。

 ちゃんとこの場所で地に足付けて、夢は心の中に抱きしめて生きていく。どこでもないこの場所で僕は生きていく。過去は過去で、今は今だ。僕はいつだって自分のままで生きていく。


 ミズノさんの姿が見えなくなるまで見送ったあと僕は宿の中へ戻っていく。あと数時間もすればお腹を空かした人たちが大勢押しかけてくるだろう。幸い材料はまだまだある。母さんほど上手ではないけれど、皆に喜んでもらえるように心を込めて作ろう。きっとまたナオトが旨いといって食べてくれるはずだ。

 風が吹いて、アネモネが揺れて、僕達の日常が過ぎていく。

 あの夢の、その先の世界を生きていく。



~Fin~

最後までお読みいただきありがとうございました。

宜しければ感想いただけますと幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ