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あの夢の、その先の  作者: 佐倉洸記
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もう一度よろしくとさようなら③

 覚悟はしていたつもりだったが横たわる衛士達のありさまは目を背けたくなるようなものだった。骨が折れ、腕があらぬ方向へ曲がっている者。身体中の至るところから血を垂れ流し、苦し気に呻き声を上げ続ける者。

 生臭くて鼻を摘まんでしまいそうな鉄の擦れる鈍い匂いが辺りには立ち込めていて、踵を返し逃げ出してしまいたくなる。でも自分で決めたことは曲げてはいけない。他の何から逃げ出したとしても他の誰でもない自分がこうすると決めたことを破ってしまっては自分を信じられなくなってしまう。折角取り戻した自分をまた失ってしまう。

 ここで助けを求める人達のために、何よりも自分のためにもここで逃げる訳にはいかない。ポケットの中で拳を握りしめる。手のひらの中に緑色の小さな石の冷たさが広がっていく。大きく息を吸い込んで、もう一度歩みだす。


「どなたか包帯や三角巾の代わりに出来るような布は持っていませんか! 怪我をした人達のために力を貸してください!」


 横たわる衛士達の傍に駆け寄りながら声を張り上げる。

 自分に出来ることを一つずつこなす。それがどんなに小さなことでもそれが少しでも今をいい方向へ導いてくれると信じて。

 考えろ。自分に何が出来るか。考えることを止めてしまえば今を変えることなんて出来やしない。大切な人を守りたいと誓ったなら、たとえノルマンさんのような大きな力がなくとも自分に出来ることを考え続けなければならない。

 逃げ遅れた村の人達に呼びかけ続けながら衛士達への応急手当をする手を止めない。幸い前世で剣道部に入っていたおかげで多少の怪我に対する応急処置くらいの心得はある。と言ってもさすがにここまで重傷の人たちに素人が施せる処置には限りがある。折れた骨に添え木を当てたり、出血部を布で抑えたりする程度のことしかできない。それでも何もしないよりかは幾分かましなはずだ。


「トーリじゃねえか」


 そこかしこで燃えている家から発される熱気のせいで額から噴き出した汗を拭いながら応急処置に邁進していると見知った声が僕の耳に届いた。


「ヴァルトおじさん! 良かった、無事だったんだね」


 振り返るとそこには土汚れや多少の擦り傷は目につくものの、目立った外傷はなく、いつも通りに快活に笑うヴァルトおじさんがいた。と言ってもやはりいつもより心なしか疲労の色が濃いようでほんの少しだけ笑顔に力がないように思えた。


「ああ、なんとかな。うちの母ちゃんもちょっと骨は折っちまったみてえだが、ぴんぴんしてるよ」


 ヴァルトおじさんが振り返った目線の先には左手を三角巾で釣ってはいるものの甲斐甲斐しく他の怪我人たちの世話をするために歩き回るテレサおばさんの姿があった。

 僕はそんな二人の様子を見てほっと胸をなでおろす。良かった。この二人が生きていてくれて。この二人はずっと僕達親子の面倒を見てくれていた。

 父が亡くなって、母さんが疲労で倒れてしまった時はテレサおばさんが毎日のように病室に顔を出し、身の回りの世話や母さんの悲しみを癒すのに骨を折ってくれたことを僕は知っている。父がおらず、母さんも一人で宿を切り盛りしなくてはいけなかったため一人ぼっちだった僕にヴァルトおじさんは良く構ってくれた。時には店の中に入れてくれてこっそり品物の新鮮な果物を食べさせてくれたりした。

 僕にとっては第二の両親といっても過言ではない二人。だから本当に生きていてくれてよかった。胸の奥から熱いものがこみ上げてきそうになる。


「そうだ。お前の母ちゃんはどうした。こっちでは見なかったが無事か?」


 不意打ちで聞かれたそれに反応して勝手に心が下を向く。今は考えないでおこうと決めたはずなのに感情というやつは僕の言うことなど聞かず暴れ始める。全く持って自分の弱さが嫌になる。

 もっと強ければこんな時でも悲しまずにただ淡々と答えることが出来るのだろうか。

 突然言葉に詰まり俯いた僕の様子にヴァルトおじさんはそっと背中に手を当てて、言った。


「そうか。それは残念だったな。俺なんかが思っている何倍もトーリは辛い思いをしてるんだろうな。すまんな。何もしてやれなくて」


「そんな違うよ。おじさんが謝ることなんて何もないよ」


 俯いていた頭を上げた僕の目に飛び込んできたのはヴァルトおじさんの光る目元だった。本気で母さんの死を悲しんでくれているのが分かった。

 思い返してもヴァルトおじさんが涙を浮かべる姿は記憶にない。いつだって大口を開けて豪気に笑っている印象しかなかった。だからこそ、その涙は尊く、おじさんの悲しみが深く伝わってきた。


「本当にありがとう」


 心からそう伝える。ありったけの感謝を届けられるように一音一音に心を込めて言葉を紡ぐ。ありがとう。

 ヴァルトおじさんもボロボロになった袖口で目元を拭うと笑みを浮かべてそれに応えてくれた。

 ポケットの中の指輪を想う。母さん。母さんは大勢の人に愛されてたよ。心の中だけで優しく指輪に語り掛ける。この言葉も届くといいなと思う。

 それから僕は表情に真剣さを宿しておじさんに向き直る。


「おじさん。皆を避難させるのを手伝ってほしい。人手が足りないんだ」


「おう、当り前よ」


 応えるヴァルトおじさんの表情はもういつものように明るく、それでいて頼もしかった。僕の周りにいる大人達は本当にかっこいい。


 おじさんと別れて皆を誘導しようとしている時だった。大声を振り立てて指示するノルマンさんの声が聞こえてきた。


「総員防御陣形を取れ! さっきの魔法がもう一回来るぞ!」


 その声は場の緊張感を一気に引き上げた。声をした方を見やると何やら青白い光が集まっていっているように見えた。おそらく魔法の予備動作なのだろう。それはたまらなく不気味な光だった。

 どうしてこうも運命というやつはままならないのだろう。ここには人の手なしでは動けない人たちが大勢いる。そんな中に先ほど見た雷が落ちたとなれば結果はどうなるかなど火を見るより明らかだろう。

 ここから逃げようとした矢先にどうしてこんな。


 誰かが叫ぶ。逃げ惑う人で辺りは混乱の渦に陥れられる。

 光は一点に集まっていき輝きを増していく。

 鳥が囀るような音が鳴り響く。

 もう駄目だ。

 目を瞑る。

 目を瞑ろうとしたときに大きな影が頭上から落ちてきた。


 それは夜の闇より黒く、この村に存在する何物よりも雄大だった。

 舞い降りたその黒い生き物は翼で雷をいとも容易くかき消した。そして山さえも崩せそうな咆哮をした。

 全てをかき消す音の後、誰かが呟いた。


「龍……」


 それは神話の中の生き物だった。


 

やはり一話増えました

残り三話です

もう一話増えるかもですが今週中には完結させる予定です

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