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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢の領地経営術(ただし、人外に限る)

作者: アマラ

 奴隷と言うものにも様々ある。

 例えば「商品価値」と言う意味においては、実に多種多様だ。

 見た目の良いものや特殊な技能、あるいは珍しい種族である場合。

 そういった奴隷は「価値が高い」とされ、待遇も非常に良いものになる。

 買い手の下に渡っても、差してひどい扱いは受けない。

 金額そのものも高く、専門的な知識があり、いくら労働をさせても誰にも文句を言われない労働力なのだ。

 使い潰したり、ひどい扱いをして反感を買われるより。

 丁寧に扱って、きちんと働いてもらったほうが、得はずっと大きい。

 特殊な才能や、稀有な美貌をもつ奴隷等は、それこそ下働きの平民より余程いい生活をしている事のほうが多かった。

 奴隷とは「持ち物」である。

 持ち主の意思によって、大事に扱われもすれば、待遇も変わものだ。

 人間として扱うことを持ち主が望めば、「奴隷」という立場の「人間」として扱われる事になる。


 では、「価値が低い」奴隷はどうだろう。

 特に得意なことが無いとか、怪我を負っているとか。

 兎に角、「特別」なものが何も無く。

 価格も安く、いくらでも変えの利く奴隷は、どんな使いを受けるのだろう。

 買い手にとってそれは、馬や牛と同じような、肉体労働用の「持ち物」でしかない。

 もちろん扱いは、それらと同じようなものになる。

 ではあるのだが、悪い事にそういった奴隷は多くの場合、不平不満を口にすることが多い。

 買い手にとってそんな道具が使い勝手がいいはずも無く、また、可愛いはずもない。

 多くの奴隷を扱う商人は、そんなことにならないよう、教育をする場合が多い。

 教育と言っても別に立派なものではなく。

「文句を言えば鞭で打つ」といったようなものだ。

 多くの人が、「奴隷と言うのはこんな風にひどい目にあっているのだろう」と想像する、まさにその姿である。


 事ほど左様に、奴隷の扱いと言うのもピンキリだ。

 個々の「商品価値」がそれを左右するという意味では、一般社会と変わらないといっていいだろう。

 さて。

 とある奴隷商人に買われた少年、セイルの扱いは、「価値が低い」方に分類された。

 数え年で十四歳になる健康な少年であるところのセイルであったが、出身は開拓村であり、学のようなものは一切ない。

 体力には自信があるが、別に百人力とか人より数段優れているとか、そういった事もなかった。

 極々ありふれた、当たり前の「少年」である。

 そんな彼が奴隷になったのは、これまた極々ありふれた理由。

 村が飢饉に襲われ、三男坊だったセイルが売られたのだ。

 運が悪かったとしかいえないだろう。

 セイルは別に、両親を恨んではいなかった。

 開拓村と言うのは、名前の通り開拓を行う為の村だ。

 畑はまだ若く、作物の出来も不安定。

 すこぶる豊作な事もあれば、殺し合いが起きるほど不作な事もある。

 まさにその不作が来た場合、どうすればいいだろう。

 家族全員で飢え死ぬか。

 それとも、誰か一人を奴隷として売り、その金で食いつなぐか。

 どちらを選ぶかは人によると思うが、少なくともこのご時勢、後者を選ぶものの方が圧倒的に多かった。

 選ばれたセイルとしては「理不尽だ」と思わなくも無いが、同時に「仕方ない」と思う所でもある。

 もし自分が兄弟を「見送る」立場になったとしたら。

「申し訳ない」とか「せめて良い買い手に当たるように」と祈りこそするものの、止めはしないだろうと考えたからだ。

 兎角、世の中とは、理不尽極まるものである。


 そんなセイルは、奴隷商人の「商品置き場」。

 店舗の裏手にある、牢屋の中に入れられていた。

 石材と鉄格子で作られたそこは、逃げ出そうとするものの意欲を殺ぐに十分なものだった。

 牢屋はいくつか並んでおり、一つにつき十人程度が入れられている。

 これが「価値の高い」奴隷になると、一人に一つ、宿屋の個室のような部屋が与えられるらしい。

 らしいというのは、セイルが噂程度にしか聞いた事のない話だからだ。

 一方セイル達の牢屋はといえば、床は石材むき出し。

 石床の上には、一人に一つ渡された、やっと寝転がれる程度のゴザのようなものを敷く程度。

 セイル以外の者達はそれが余程嫌らしく、辛苦に晒されたような表情をしている。

 それに比べ、セイルは特につらそうな様子もなく、ただただぼうっとした顔をしていた。

 開拓村では、今食うにも困るような生活をしていたのだ。

 それに比べてこの牢屋は、壁も有れば屋根もある。

 何より驚いたのは、毎日二食の食事が付くという事だ。

 これも、セイル以外の者達は「ブタの餌だ」などと不満を漏らしている。

 だが、セイルから見れば十二分な食事。

 どころか、ご馳走の部類にも見えた。

 何しろセイルは、つい先日まで木の根や皮を齧っていたのだ。

 それに比べれば、雑穀の粥というのは、まさにご馳走。

 こんなに豪勢なものが食えるなら、奴隷も悪くないなぁ。

 思わずそんなことを思ってしまうほどだった。

 もしこの先どこか。

 例えば鉱山や、林業などの労働力として売られたとする。

 そこでも恐らく、飯は食わせてもらえるはずだ。

 肉体労働は辛いだろうが、正味故郷である開拓村でもそれは似たようなものである。

 飯が食え無い事のほうが多かったという意味では、もしかしたら奴隷のほうが待遇がいいかもしれない。


 あれ? もしかして、奴隷暮らしって悪くないんじゃないか?


 セイルがそんな事を考えていた、その日。

 彼の身に、大きな変化が降りかかることとなった。




 セイル達が閉じ込められている牢屋の前に、一人の少女が現れた。

 後ろに奴隷商人を引き連れている様子から、彼女が「買い手」である事は間違いない。

 その少女を見たセイルは、一目でよい家の出なのだろうと推測した。

 美しく、ほつれの無い金糸のような髪。

 日に焼けた様子のない、透ける様な白い肌。

 外見から自分と一つ二つしか変わらないだろうに、落ち着いた知性を感じさせる表情。

 自信あり気な態度と、すっと背筋の通った姿勢。

 恐らくは、どこぞの大商家。

 もしかしたら、貴族。

 そういった金と手間と金をつぎ込まれた「ご令嬢」だろう。

 少女の様子を見たセイルは、そのように推察したのだ。

 そんな少女が、こんな場所へ一体何のようだろう。

 こういった種類の人間が買うのは、「価値の高い」奴隷にかぎられると考えてよい。

 教養があったり、腕が立ったり。

 十把一絡げでない、付加価値のある奴隷を買うものなのだ。

 不思議に思い、セイルはその少女を眺め首を捻った。

 少女は腕を組んだまま、奴隷達を一人ひとり見回している。

 そして。

 セイルの視線と、少女の視線が、ぴったりと合う。

 その瞬間、セイルの背中に、雷のようなものが走った。

 一目惚れとか、淡い恋心とか。

 そういう類のものでは一切無い。

 セイルが今まで生きてきた中で、一番近いものをあげるとするならば。

 それは過去に村の近くの森の中でであった、人食いの魔獣との対面が一番近いだろう。

 肉食獣のような、とでも言えばいいのか。

 少女の目は、そう例えられるような類のものだったのである。

 セイルの体は一気に強張り、顔が引きつった。

 すくみ上がるように小さくなるセイルを、少女は驚いたような、不思議そうな顔で眺めている。

 少女はしばらくセイルを眺めた後、ふと視線を外し、後ろを振り返った。

 視線から逃れられた事で、セイルの体からは緊張が抜ける。

 だが、次の瞬間少女の口から飛び出してきた言葉は、セイルを驚愕させるに十分なものであった。


「あの少年にするわ」


 思わず「はぁっ!?」と叫ばなかったのは、セイルが必死に自分の口を押さえたからだ。

 一体何がどうなっているのか、そのときのセイルには見当も付かなかった。


 これが、セイルと、彼の「持ち主」である少女との出会いである。




 二人がであって、数日後。

 案の定少女に買い取られたセイルは、今、ダンジョンに居た。

 もう一度言おう。

 ダンジョンに居た。

 より正確に言うならば、魔獣が蔓延る森と洞窟。

 山岳部で形成される、「ダンジョン地帯」の一角に居た。

 そこは、「ゴブリン」「オーク」「コボルト」といった、知能が比較的高く、厄介とされる魔物の宝庫である。

 もちろんそれ以外の魔獣も、多く闊歩している。

 いまだ人類勢力の及ばない、いわば未開の地だ。

 そのダンジョン地帯に、セイルは居たのである。

 もちろん、ただ居るだけではない。

 周りを見渡せば、殺気だった所謂「亜人」と呼ばれる魔物たちが取り囲んでいる。

 口々に何か叫んでいるようだが、残念ながら彼らの言葉を解せないセイルには、何を言っているのかわからなかった。

 セイルは別に、武芸百般を極めた戦士でも、魔法を手足の如く操る魔法使いでもない。

 戦闘力的な意味でいえば、その辺の村人と変わらないだろう。

 体格がまだ少年のそれであるという意味では、それより低いともいえる。

 そんなセイルの手には、荷物が詰まった旅行かばんが握られていた。

 金属と革で作られた、とても丈夫なもの。

 それを、片手に一つずつ。

 合計で二つだ。

 更に背中には、たくさんの荷物が押し込められた背のうがある。

 服装は、牢屋にいたときから多少まともになった程度。

 厚手の生地の長袖長ズボン。

 それから、丈夫そうな靴。

 どれも長旅などのために使われる類のものだ。

 故に、セイルの外見は「荷物の多い旅人」といったところになる。

 そんなセイルの目の前に居るのは、一人の少女。

 セイルを買い取った、あの少女が、腕を組んで仁王立ちしていた。

 恐らく「可愛らしい」と称されるであろう顔で、強烈な「メンチ」を切りながら。

 その視線のみで、亜人達を威圧していた。

 二人の周囲には、ほかに人影は無い。

 セイルと少女。

 この二人だけである。

 その周囲を、一定の距離を空けて亜人たちが取り囲んでいる、と言うような構図だ。

 一触即発。

 何かがあれば蹂躙が始まりそうな状況だが、それが始まらない理由はただ一つ。

 少女の眼力によるものだった。

 奇妙な緊張状態の中、亜人達は困惑するように動けないで居る。

 無理も無いだろう。

 たった一人の人間の少女に、襲い掛かれないで居るのだ。

 一度攻撃を始めれば、物量もあり一瞬で終わるはず。

 なのに、動けない。

 自分達でも困惑しているのか、どうしていいかわからないといった空気すら漂っている。

 そんな中で最初に動いたのは、少女であった。

 やおら腕を解いた少女は、それを高々と空へと掲げる。

 一体何が始まるのかと緊張が走る中、少女は堂々とした様子で口を開いた。


「わたくしの名は!! アイズワース・ブロンドン・ダンジョン男爵っ!! この、ヴァイドワール王国ダンジョン男爵領を治める男爵ですわっ!! 今このときこの瞬間から、この領土と領民はわたくしの指揮下にはいりましたっ!! 栄光あるヴァルドワール王国の民と成れた事を咽び泣いて喜びつつ、貴方達を導く高貴なる男爵であるこのわたくしを、崇め敬い奉りなさいっ!!」


 人間の言葉がわかるのか、わからないのか。

 亜人たちは、唖然とした顔で少女、アイズワースを眺めている。

 一体なんでこんな事になってしまったのか。

 事情をある程度把握しているセイルも、頭を抱えて苦悶の表情を浮かべている。

 本当に、一体全体何が起こっているのだろう。

 セイルがその事情をアイズワースに聞かされたのは、彼が奴隷商人から買い取られた、翌日の事であった。




 セイルが少女に抱いた第一印象は、おおよその所当たっていた。

 少女の正体は、とある公爵家のご令嬢だったのだ。

 高貴な身分であるが故に、彼女はやはり厳格に育てられたという。

 礼儀作法やダンス、そして武芸百般。

 最後のはどうかと思うが、アイズワース曰く「武芸は貴族の本分」なのだそうだ。

 正直セイル的にそれはどうかと思うのだが、置いておくとして。

 そんなアイズワースには、一つの使命が有ったのだと言う。

 生まれて数年後には定められていたというそれは、「王太子との結婚」。

 丁度王子と同じとしに生まれ、家柄的にも丁度良かった、というのが、理由たったらしい。

 生後数ヶ月での婚約。

 随分早い話ではあるが、貴族社会では良くあることだ。

 アイズワース自身もそのことはよく弁えており、不満に思うことは無かったという。

 むしろ、高みにある目標に、胸が躍ったとか踊らないとか。

 兎に角。

 アイズワースは己を磨き鍛え、高めていったのだという。

 そう行為しているうちに幼少期は過ぎ、多くの貴族が通う「魔法学園」に入る年齢になった。

 この国には貴族。

 あるいは、魔法を使うことが出来たり、優秀だったりする平民が通う、特別な就学施設が存在する。

 それが、「魔法学園」だ。

 優秀な人材を集め、特殊な訓練を施し……

 まあ、平たい話、使える人間を国が囲い込む為の施設である。

 ちなみに、魔法も使えないし優秀でもない人間が就学するための施設は、この国には存在していない。

 愚民政策と言うヤツなんだろうかと思うセイルだが、学が無いので詳しい事は分からなかった。

 まあ、それはいいとして。


 魔法学園に入ってから、王子は妙な行動を取り出したのだという。

 なんでも「純愛」成るものに目覚めたとかで、好きな女性が出来たというのだ。

 アイズワースとして、それはどうでもいい出来事だった。

 結婚は義務であり、恋愛は別。

 それが、貴族社会の認識であったからだという。

 恋した相手と結ばれるのは良い事ではあるだろうが、貴族の義務と言うのは個人の感情に上回って果たされるべき。

 それが常識なのだとか。

 まあ、それはアイズワースの言であり、平民も平民であるセイルには真偽はわからないわけだが。

 さて、その「純愛」に目覚めたという王子は、どういうわけかアイズワースを邪険にし始めたのだという。

 舞踏会などの行事には、「純愛」のお相手を連れて行くようになったのだそうだ。

 もしこの「純愛のお相手」というのがそれなりの地位の貴族であれば、なにも問題はなかった。

 アイズワースとの結婚は白紙に戻され、「純愛のお相手」が「王太子妃(仮)」と成っていた事だろう。

 だが、残念なことに「純愛のお相手」は、魔力の高いだけの一般平民だったのだとか。

 これでは王太子妃には成れない。

 貴族、特に王族の結婚と言うのは、恋愛云々でどうこうできる種類のものではないからだ。

 このことは、王子もよく分かっていたはずであった。

 しかし。

 王子はなんと、アイズワースを排し、「純愛のお相手」を妃に迎えようとし始めたのだという。

 これは宜しくない。

 アイズワースは何度も苦言を呈したが、王子は一切聞き入れなかった。

 件の「純愛のお相手」にも、時に優しく、時に激しく注意を促したが、残念ながらまったく届かなかったという。

 むしろ「邪魔されるほど恋は燃え上がる」の例えよろしく、関係は加熱して行ったのだとか。

 もういっそ「純愛のお相手」をぶっ殺してやろうか、とまでアイズワースは考えたらしいが、すんでの所でそれはやめておいたらしい。

 方法を思いつかなかった、というのが、その最大の理由なんだとか。

 倫理に反するから、とかそういう理由じゃないところがすごいな、とセイルは思ったが、あえて口には出さなかった。

 恋愛を拗らせた王子は、ついに頭に来たのか、強硬手段に出たという。

 アイズワースに、様々な濡れ衣をかけ始めたのだそうだ。

「純愛のお相手に嫌がらせをした」とか、「刺客を送り込もうとした」とか。

 そして、ついにはその証拠まで持ち出してきたのだという。

 しかしながら王子があげつらったそれらは、全て濡れ衣。

 実際にやったものは、一つも無かったらしい。

 嫌がらせやら刺客やらは用意したが、それらは一切気が付かれていないというのが、アイズワースの言だ。

 邪魔な相手を排除するそのやり口は中々に鮮やかだったが、自分のやったことに気が付かないようでは先が思いやられる。

 そう話すアイズワースの顔を、セイルは「なにいってんだこいつ」と言いたそうな顔で眺めていた。


 さて。

 ついにそんな強行手段に出た王子だが、残念ながら証拠は捏造。

 公衆の面前でアイズワースを断罪しようとしたりもしたが、悉く失敗に終わったという。

 アイズワースが片っ端から、王子達の言葉の矛盾を突きまくったかららしい。

 どちらかと言うと頭よりも身体を動かすほうが得意なアイズワースですら矛盾を突けるあたり、王子は温すぎるしてが甘過ぎる。

 と、アイズワースは言っていたが、セイルは曖昧に笑うだけだった。

 なんにしても。

 アイズワースとしては、このまま王子と「純愛のお相手」をくっ付けるわけには行かなかった。

 貴族の義務を果たさねばならないと考えていたからである。


 だが、魔法学園の卒業少し前に、事態が一変する。

 なんと、「純愛のお相手」が、隣国の王の落とし種であった事が発覚したのだ。

 様々な証拠から判明したその事実は、疑う余地の無いものであったという。

 今までは誰もが王子の事を「このクソボンが」と思っていたが、そうとなったら話が別だ。

 現在の情勢的に、隣国の王族と婚姻を結ぶというのは国にとって非常に有利になるらしい。

「純愛のお相手」は何やかんやあって正式に「隣国の王族」として認められたらしく。

 そうなったら、事情は一気に変わっていった。

 事ここに至っては、邪魔に成るのはむしろアイズワースの方。

 王族と公爵家は色々と話し合い、方向性を定めた。


 アイズワースが「純愛のお相手」をイジメた上に殺そうとし、それによって内々のうちに排斥。

 最終的に、「純愛のお相手」と王子が結婚する。

 と、いう筋書きにするのだと。


 そうとなれば話は早い。

 あれよあれよとアイズワースの「悪さの証拠」が上がっていき、婚約は破棄。

 これまでの悪行から、アイズワースは地方の領地に飛ばされることと相成ったわけだ。

 その地方と言うのが、まさに「ダンジョン地帯」。

 前人未到、百鬼夜行の伏魔殿である。

 アイズワースに与えられた新たな使命は、その「ダンジョン地帯」改め、新王国領地「ダンジョン男爵領」を開拓すること。

 そのために、アイズワースには「ダンジョン男爵」という爵位を与えられることになったのだという。

 妃になるという使命はなくなってしまったが、新たな使命は王からの勅命。

 それも、直接国の利益になる、新領地開拓である。

 アイズワースの意気は、否が応にも盛り上がった。




 話を聞き終えたセイルは、開口一番こういった。


「それってド直球で死ねって言われてません?」


 実際、アイズワースに与えられたのは僅かな金銭。

 それ以外には、既に持っている私物を使うことが許されただけだったという。

 兵士等の配下、新たな領民などを連れて行くことは、許されなかったらしい。

 建前は「既に亜人という領民が居るから」だとか。

 この国の法律では、一応「亜人種」は「人間」と言う事に成っている。

 戦争の際様々な方法で動員するので、「兵力」として数える時に都合がいいから、と言うのがその理由なんだとか。

 ただ、税を納めていない「亜人」は、どんな扱いをしても罪に問われないとされているらしい。

 税金を納めているゴブリンやオークなんていないので、事実上「コイツラは殺してもいいのよ」って言っているようなものだ。

 人間扱いだけど、人間じゃないもの。

 立場としては、最低底辺奴隷である現在のセイルとどっこい、と言った所だろうか。

 アイズワースはそんな連中を教化し、畑や村を作らせろ、というような使命を与えられたのだという。

 ぶっちゃけ、王様や公爵家もマジで言ってはいないはずだ。

 要するに「死んで来い」とか、「どっかに消えろ」と遠まわしに言っているに違いない。 

 が。


「何を言っているの。もし国王陛下がそうお考えなら、そう仰るに決まっているじゃありませんの。国王陛下は王子の妃となるはずだったわたくしの手腕に御期待なさっておいでなのですわっ!!」


 どこまでもまっすぐな目で、アイズワースは言い切る。

 このとき、セイルはアイズワースがどちらかと言うと「ド直球タイプのオバカ」であることに気が付いた。

 だが、時既に遅し、である。

 セイルはもう、アイズワースの「持ち物」になってしまっているのだ。

「持ち物」なので、「ダンジョン男爵領」に持っていくのも問題ない。

 哀れセイルは、「荷物を運ぶ道具」として、アイズワースに連行されることになったのである。


 そして場面は、アイズワースが亜人たちに大見得を切ったところへと戻る。




 人間の言葉がわからない亜人たちだったが、とりあえず何か腹のたつことを言われたことだけは、雰囲気でわかったらしい。

 それぞれに叫び声を上げ、雪崩を打ってアイズワースへと襲い掛かった。


「まっずいっ!」


 それを見たセイルは、慌てて地面に伏せた。

 亜人たちを警戒したわけではない。

 もっと身近な脅威から逃れる為に、その場に伏せたのだ。

 身近な脅威、事、アイズワースは、亜人たちの様子を見て鼻を鳴らした。

 両足を肩と同じ幅に広げて地面を踏みしめると、大きく息を吸い込む。

 そして、小さく、しかし、良く通る声で呟いた。


「ノブレス・オブリージュ(気高さは義務を強制する)っ!!」


 瞬間、アイズワースの全身から半透明な何かが放たれた。

 高速で四方八方へと広がって行くそれは、衝撃波宜しく周囲の亜人たちを吹き飛ばす。

 同心円状に広がっていくそれは、何かが爆発したかのような破壊力を持って襲い掛かった。

 ただただ攻撃をしようと襲い掛かった、ある意味で無防備だった亜人たちは一溜まりも無い。

 見るも無残に吹き飛ばされ、将棋倒しのように倒れていく。

 あっという間に、亜人たちはアイズワースから遠ざけられてしまった。

 地面にはアイズワースを中心に、円形の傷跡と無人の空間が出来上がる。

 アイズワースの近くにいた、セイルだけは例外だ。


「ホントなんなの、いまのって」


 頭を両手と旅行カバンで隠しながら、セイルはぼやいた。

 その疑問は、恐らく亜人たちと共通のものだろう。


「魔力と闘気を練り上げて周囲に放つ、貴族ならば誰にでも出来る嗜みのようなものですわ」


 聞いた事ねぇよ。

 そう突っ込みたいセイルだったが、その気力は残念ながら無かった。

 アイズワースはドヤ顔を作り再び腕を組むと、ツンッと顎を上げ、亜人たちを見下ろすように言葉を放つ。


「貴方達よかったですわねっ! このわたくしが男爵だったから今程度の威力で済みましたが、これが子爵や伯爵だったら効果範囲に居た者は皆、挽肉になっていましてよっ!! オーッホッホッホッホッホッ!!」


 妙に高い声で笑いを響かせるアイズワースに、亜人たちは気圧される様にざわめき始めた。

 地面に寝転がるセイルは。


「すげぇ、威力って爵位に比例するんだ、ってそんなわけあるかいっ!!」


 と、突っ込みたい衝動に駆られた。

 だが、もはやそんな気力は無かったので、やはり諦めてしまう。

 絶好調のアイズワースは、握りこぶしを作り、それを高々と掲げる。


「貴族が身に纏う“気高さ”は、時に金属に例えられるもの! 男爵であるわたくしの纏うそれは、鋼鉄にも匹敵いたしますわっ! まして公爵家で生まれ育ったこのわたくしの魂がもつ気高さは、黄金にも近いものっ! 鋼の外殻に黄金の魂を纏ったわたくしが、男爵の“気高さ”を纏わせたこの拳は正に“砲弾シェル”!! その一撃を恐れぬならば、かかってくることを許可いたしますわっ!!」


 もちろん言葉の意味は、亜人たちには伝わらない。

 だが、戦いを促す言葉出るというのは伝わったようだった。

 すぐさま巨大なハンマーを振り上げたオーク数匹が特攻をかける。

 勇敢なオーク達だったが、アイズワースの迎撃の拳が唸りをあげた。


「ノブレス・シェル・バースト(気高き砲弾の爆発)!!!」


 先ほど周囲へと放った「半透明のエネルギー」を纏った拳の連打が、オーク達を吹き飛ばす。

 一撃一撃の重さは、正に砲弾が爆発するかのごとき破壊力を持っている。

 オーク達が死んでいないのは、恐らくアイズワースが手加減をしているからだろう。

 そもそも、最初の攻撃にしても、亜人たちに死者は出ていなかった。

 無論のこと、アイズワースのさじ加減によるものである。



「オーッホッホッホッホッ!! このわたくしをクッコロしようだなんて、千年早いですわっ! 最低でも侯爵ぐらいになってから出直してくることですわねっ!!」


 アイズワースの中で、爵位と言うのはなにかしら強さ的なものの基準扱いになっているらしい。

 次々に襲いかかってくる亜人たちを、アイズワースは次々になぎ払っていく。

 その間、セイルは必死になって自分を守っていた。

 巻き込まれたら、うっかり死んでしまうかもしれないと考えたからだ。


 この後、アイズワースと亜人たちの戦いは、三日三晩続いた。

 そして。

 その武力を以て自らがうえの存在であることを示したアイズワースは、見事周囲一体の亜人たちの鎮圧。

 というか、ボスとして認められることに成功する。

 だが、「ダンジョン領」は広く、亜人の群れはまだまだ大量に有った。

 アイズワースが今回制圧できたのは、その極々僅かでしかないのである。

 更に言えば、制圧したのはあくまで「亜人たち」だけであり、領内は未だ未開の土地ばかり。

 凶悪な魔獣魔物も闊歩していて、とても農地を作るどころの騒ぎではない。

 アイズワースの領地平定は、まだまだ始まったばかりである。


 それから、セイルは何やかんやあって、「アイズワースの一のコブン」と言う事で納まった。

 亜人たちからは、けっこう敬われたりしていたりする。

 なんで、どうしてこうなった。

 そんなことを思うセイルだったが、むちゃくちゃな行動をするアイズワースを宥めたり、元農民として農業スキルを生かしたりして、それなりにがんばることになってしまう。

 後々更に面倒なことを押し付けられ。

「貴族が雇った人間」つまるところ役人となり、「ダンジョン男爵領最初の高級役人」となるのだが。

 それはもう少し先の話しである。

私は「こんなん考えたシリーズ・貯蔵場所」というアイディア投下場所も作っているのですが

「そこ用に書いたんだけど、なんか短編として完成しちゃったから短編でいっか」ってことになって、短編と言うことで投降しました

なんかいつものテイストとは違い、王道の悪役令嬢が書けたんじゃないかと思います


セイルとアイズワース、どっちが主人公なの?

って思う人がいるかもしれませんが、あまらさん的にはどっちも主人公だと思っています

ダブル主人公って言うんですかね

そのうち、先ほど言いました「こんなん考えたシリーズ・貯蔵場所」というところにも、改稿的な事をした後投降しなおすかも知れません

そのときは連載のために、続きのアイディアを練ってるんだな、と思っていただければと思います

ただ、「アイディアは練ってても、連載はしない」っていうのはアマラさんの良くすることなので、あまり期待はしないで下さい

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― 新着の感想 ―
[一言] こっちのアイズワース様は今のシリーズのやつより更に脳筋感あってこれはこれで好きだな………
[一言] 限りなく黄金に近い輝きを持つ青銅の衣装?を思い出す高貴さですねーー(棒) 何をどうしたらこんな公爵令嬢に育つんだろう? 修羅の国なのか、この国はwwww あと、敢えて言わせてもらいま…
[良い点] 壁|w・)俺の知ってる“高貴な義務”とチガウw 頭が良いバカってたちが悪いですよねw [一言] 万が一(億が一?)この御令嬢が言っている事が正しいとした場合、この国は人外魔境ですなw 市…
感想一覧
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