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レッスンでございます。

 


「到着――でございます」

「おおぅ……気持ちわる……」


 アイリカは平然と一礼している。

 こちらは、急に地面の底が抜けたような錯覚に包まれ、脳が一時的に平衡感覚を失ったらしい。

 本当に錯覚だったのかどうかはさておき。


「…………どこだ、ここ」


 吐き気を堪えつつ辺りを見渡してみるが、何もない。とりあえず、何もない。少なくとも可視範囲では。

 一応、あるにはあるのだが、見渡す限り草地という中に、ぽつんぽつんと木が生えてたり、岩が転がっている程度だ。

 家屋どころか、地平線の先まで草原で、海や川もちろん山すら見当たらない。

 到底、一瞬で移動できる先にあると思えるような場所ではない――むしろ、国内にこんな秘境があるのだろうかというレベル。


「目的の場所――であって、目的地ではない――と言ったところでしょうか」


 どういうこと? と先を促す。


「クエスト達成を目指していただく現地――ではございますが、その中でも特に人気のない地域……有り体(ありてい)に申し上げると、未開の地――でございます」


 なるほど。全くわからん。


「さらに端的に申し上げると、異世界の僻地――でございます」

「は?」


 異世界? なに言ってるのこの人。


「一応は当社の派遣社員……という形になりますので。品格に差し障らない程度に、こちらでレクチャーを踏まえた適正検査を行った(のち)、クエストに旅立っていただくといった手順をご理解いただきたく」

「なるほど」


 前半部分だけ聞けば理解できる。研修や見習い未満の、言わば勤務初日のぺーぺーみたいなものだろう。

 後半はとりあえず無視したいところだが、まぁ、聞かないわけにもいくまい。


「ちなみに、そのクエスト内容ってのは、適正検査をクリアしないと聞けないわけ?」

「既に契約は成立しておりますので、お話することに問題はありません。が、本当にお聞きしたいのですか?」


 なにその意味深。


「お聞きしたいのですか、そうですか。お聞きしたいのですね? 分かりました、仕方ありません」

「ちょ――」

「こちらの世界に――『彼』は数年前に派遣されたのですが、不祥事を起こしまして、その対処をお願いしたいというものです」

「……引っ張った割にはえらいフツーな内容だな」

「ちなみに、デッドオアアライブ(生死問わず)――でございます」

「――いきなり、話が重くなったぞ、こら!」


 あまりにも淡々というか、表情が変わらなすぎて緊迫感には欠けるのだが……。


「神田様には、この世界で強くなっていただきます。そして『彼』を倒せば、クエストクリア――という次第でございます」

「……一応確認しとくが、デッドオラアライブってことは、別に命まで取る必要はないんだよな?」

「左様でございます――が、それは考える必要もないかと」

「ん? なんでだ?」


 さすがに、いくら金が欲しいといっても、仕事で命の奪い合いまでするつもりは毛頭ないし、まかり間違ってもこんなところで前科者――家族揃って隠遁生活を送る予定なんかない。


「それだけ彼は『強い』のでございます。加減してどうにかなるレベルではございません」


 するってーと、格闘技の世界チャンピオンみたいなムキムキガッチッチテッカテカのオイルマンみたいなイメージだろうか。いや、油は必要ないかもしれないが。


「加えてもうひとつ。『彼』も神田様も、ハロークエストより別世界から当世界に派遣されております。もちろん、クエストに従事していただくに際し、当社より安全も確保されておりましてございます」

「言葉遣いにすげー違和感あるけど……安全ってのはどういう意味?」

「それは、追々ご説明いたしましょう。おおまかな概要はご理解いただけましたでしょうか?」

「まぁ……」


 流れはなんとなく分かったので頷いておく。

 理解できないことの方が大半ではあるが、追求してもまともな回答が得られるとは思えない。


「グッドでございます。では、まずはあちらをご覧ください」


 アイリカが示した方向を見る。といっても何もないのだが。


「?」

「もう少し、目を凝らしてご覧ください」

「??」


 言われて、じーっと目を凝らしてみる。


「……む?」

「見えましたでしょうか?」


 確かに、注意して見ると、遠くで何かが動いてるような気がする。

 視力にはそれなりに自信はあるのだが、それでも距離がありすぎてはっきりしない。


「では、少し近づいてみましょう…………どうでしょう?」

「おー……」


 丸い。ぶよぶよしてる。それがたぶん動いて――いや、移動してる?


「なんだこれ……」

「スライム――と呼ばれる生命体でございます」

「……スライム?」


 聞いたことはある。確か、ひんやりしててぷるぷるしてて……ものによっては蛍光色でブラックライトに当てると光ったりするゲル状のおもちゃだ。

 しかし、アイリカが言ってるスライムはそれではないだろう。


「ゲームとかに出てくる……魔物の代名詞の?」

「エクセレント! でございます」


 おぉ、1スマイルもらった。幸せです。


「では、早速。あれを倒してください」

「……………………………………は?」


 聞き返すまでに、たっぷり数秒は空いただろう。


「さぁ、どうぞ」

「いや、どうぞって言われても……」


 聞く耳持たず、アイリカは後ろへ下がっていった。

 やるしかないのかこれは。


「むぅ」


 相手を観察してみる。

 丸くて、ぷよぷよしてる。地面に触れてる部分――足になるのだろうか? は、やや平たくなっているっぽい。腹足というヤツだろうか。

 ボディは半透明で、反対側が少し透けて見える。色はちょっと黄色がかってる。

 よく見ると、真ん中に何か浮いてるような……


『ギョロリ』

「――うへあっ!!」


 こ、こ、こっち見やがった――!

 驚いて腰を抜かしてしまった。

 どうやら、真ん中に浮いてる小さな玉は、このスライムの目玉らしい。

 しかし、視線を向けるだけで、何もしてくる様子はない。


「び、びびったぁ……」

「かなりユニークな掛け声でございましたね」


 いや、だってこれはビビるだろ! こんな生き物見たことないし!

 ……なんて心で弁明しても悲しくなるだけなのでやめておく。


「こ、こいつを倒せばいいんだよな?」

「その通りでございます。ささ、手早くどうぞ」

「と、といっても……」


 こちらは完全に無手である。辺りに武器になりそうなものも落ちてないし……。

 やっぱり殴りかかるしかないのだろうか。ないんだろうなぁ。はぁ……。

 安全……って言ってたし、とりあえずやってみるか。


「はぁっ!」


 必殺――見よう見まねの正拳突き!

 腰の回転をプラスして、右拳をまっすぐ突き出す。


「そして、インパクトの瞬間に捻る!」


 ぶよんっ、という手応え。こちらの正拳突きは確実にスライムの中央を捉えた。はずだが。


「…………あれ?」

「軟体ですので。規定ダメージに満たない物理攻撃の類は一切合切通用しないのでございます」

「そ、それを早く言え――!」


 こちらを見るスライムの目つきが険しく――なった気がする。

 スライムのゲル状の体内に、どんどん気泡が増えていってるような……そうか、これちゃんと呼吸してるんだ――なんて思っていると。


「あ。危険、なのでございますよ?」


 瞬間、視界が激しい赤で染まった――。

 そうかと思うと、自分の身体と意識は大きく吹き飛んでいた。



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