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こちらハロークエストでございます。

 


『あー、もしもし。繋がったか? 聞こえるー?』



『あ。俺、俺。勇者だけど』



『転職するから今日付けで勇者辞めるし。じゃ、そーゆーことで』






 ◆◇◆◇◆◇◆




「あー、やっぱダメだったか……」


 俺の名前は、神田孝明(かんだたかあき)。あだ名はカンダタ。どこぞの覆面マスクみたいで大変遺憾だ。

 季節は夏。学生の夏。といえばあれだ。


 ――夏休み。


 遊ぶ金欲しさに高校生OKな短期のアルバイトを探してる。

 そんな状況。

 ただし、芳しくはない。


「やっぱ学生で時給良いとこは、()を募集してるんだよなぁ……」


 いかがわしい店なんてことはなくても、やっぱり女には男にはない華がある。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花――ってわけ。

 サービス業には付き物だよね。

 まぁ、それが世の中の半分に該当するかどうか知らないけど。

 どっちにしても、自分には縁のない言葉さ。


 ――だって、俺、男だし?

 芍薬どころか春菊が関の山かね。


「暑い中ご苦労様。帰りも気を付けてね」


 あ。出たよ、不採用ボタン。

 せっかく電車乗って面接を受けに来たってのに、わずか2、3分で終わるとかどーなの?

 履歴書だって使い回しできないから、また書かきゃいけないのに。

 それに、俺の前に受けた女は軽く30分は話し込んでたんだぜ?

 始めから男NGで採用する気ないなら面接する前にことわってくれりゃあいーのに。職安対策か知らないけど、こっちにゃいい迷惑なんだよ。

 あー、こういう時ばかりは女が羨ましいぜ。


 ――なんて、愚痴ってても状況は好転しないか。


「……裏方だとどうしても時給下がっちまうけど、この際、文句言ってられねーかな」


 やっぱり肉体労働か。夏に肉体労働とか嫌なんだよなぁ。

 だって暑いじゃん? エアコン効いた涼しい部屋で働きたいっしょ?

 あーあ、どこかにいいバイトないかねー。


 そんなことを考えながら、店頭に張り出された求人チラシがないかと辺りを見回しながら適当にぶらついていると、


「おっ?」


 ありがちだが、どこか目に付くキャッチコピー。

 通りの壁面に張られた求人広告だ。



 《あなたにぴったりの仕事が見つかります。詳しくは、この先曲がってすぐ。

 ――――“ハロクエ”より》



「ハロクエ?」


 なんだっけ。似たような名前の飲み物があったような……――ちょっと違うか。

 仕事が見つかるってことは、行くだけで仕事を紹介してもらえるってこと? 街を練り歩いて募集の張り紙を探さなくても?

 うわ、なんて便利な。これは是が非にも行ってみるしかない。


 ――暑さによる疲労か、漂う胡散臭さにかまけているほどの余裕はなかった。


 簡素な地図に従い路地を進む。

 目的の場所は、ほどなくしてすぐに見つかった。

 見た目は普通の、どこにでもありそうなテナントだ。

 入り口には『人材派遣』と書かれている。


「こういう場所って、入るの緊張するよなぁ」


 するだろ?

 だけど、こんな場所でぼっ立ちしてるところを友人に見られでもしたら、さらに恥ずかしい気がする。

 例えるなら、コンビニでエロ本立ち読みしてるところをクラスメイトに見られる感じ?

 ……うわあ。それ女子相手だったらもっと悲惨だな。


 つまり、善は急げ。何が善か分からないけど。


「失礼しまーす」


 扉を開けてしまえば迷う必要はない。さっさと入ってささっと閉める。

 えーい、静まれ、俺の心臓! バクバクとうるさい!


「こんにちはー。どなたかいませんかー?」


 内装はさっぱりしているが、思ったよりも綺麗だった。

 ざっと見回した限りでは、自分以外の求職者はいないようだ。


「おや。お客様でしょうか?」


 どこからか物静かな女性の声。

 少し先のカウンターに、職員らしき人物が立っているのが見える。


「ようこそ。“ハロークエスト”へ」


 白のブラウス姿のブロンド女性。

 透き通るような美声だが、ややぎこちないしゃべり。


 ――外人さん?


 一言で表すならミステリアス美少女。年齢は自分とさほど変わりそうにない。

 が、職員さんと考えれば、年上なのは間違いあるまい。


 ――まぁ、美人に年下も年上も関係ない。


(わたくし)、クエストコンサルタントのアイリカ――と、申します。お見知りおきを」


 クエスト?

 仕事に似つかわしくない言葉だが。


「あ、どうも。神田です」


 それでもついヘラヘラと頭を下げてしまうのは男の性。

 美人には弱いのだ。えっへん。

 そして、やはり外人みたいだ。一礼の動作が優雅である。

 張りのある二の腕も非常に眩しい。


 って、おっさんか俺は。


「お初にお目に掛かります、神田様。クエストをご希望ですね?」

「クエスト……って、つまり仕事のことですよね?」


 おっと、見とれている場合じゃなかった。

 場合によってはこのまま面接なのだ。

 いきなり心象を損ねるような真似をしてはいけない。

 脳内で頭を振る。


「そのように解釈していただいて問題ないかと」

「あ、はい。じゃあ、そうです」

「では、こちらにサインを」


 そう言って、カウンター越しに渡されたのは一枚の紙。

 記入欄は至ってシンプルだ。

 名前、フリガナ、年齢、性別、携帯番号……それだけだ。


「注意事項は裏面に記載されております」


 なるほど、裏面ね。


「……げ」


 と、思わず呟かずには居られない。

 それほどに、これでもか! という量で注意書きがみっちりギチギチ記載されていた。


「……これ、全部読むの?」

「おおまかな内容なら、こちらから口頭でご説明することも可能でございます」

「あ、じゃあ、それでお願いします」

「かしこまりました――」


 後で思えば、この発言が短絡だったのかもしれない。

 では、とアイリカが片手を肩の位置くらいまで上げる。


「まず、こちらで神田様が、クエストのご契約をなされます」

「うんうん」

「現地までは、こちらでご案内いたします」

「そりゃあ心強いね」

「神田様が、現地でクエストを達成していただくとクリア――となり、報酬がお支払いされます」

「なんとなんと」


 バカにもとてもわかりやすい。

 学校の授業もこれくらい単純ならいいのに。


「そして今は、スペシャルラッキーなことに、超大型のクエスト依頼が入っております」

「すぺしゃる?」

「もちろんクリア報酬も破格でございます。この機を逃す手はございません。さぁ、今すぐにご契約を!」

「えーと……」


 あれ? なんか、展開が海外通販みたいになってきたぞ?

 ノリだけでサインしたら痛い目に遭いそうな。


「……すいません、この(あと)用事があるので失礼してもいいでしょうか?」

「却下します」


 ――おい。


 そして、何故か指を鳴らす女性。

 直後、ガチャンという硬質な音が響いた。


「さてさて。ここで(わたくし)が指を鳴らすとあら不思議。何故か出入り口の扉が封鎖されてしまうのです。やや、これは困りましたね?」

「こら。ちょっと待て!」

「大丈夫です。わたくしも一緒に閉じ込められておりますゆえ」

「どこも大丈夫じゃないだろ、それ!」

「さささ。というわけで、というわけで。こちらの契約書にさらさらっとサインをお願いいたします」


 ずびし! と、眼前に用紙を突きつけ、さらにはこちらの右手にペンを握らせてくる。

 うわ、女の子の手って柔らかっ!


「あぁ、うん……えーと、神田孝…………って、おあっ! 危うくサインするとこだった!」


 危ない危ない。

 手を握られたるという魔法の儀式で危うくサインをさせられるところだった。


「ちっ…………でございます」

「そこ舌打ち!?」

「サインしていただけたら、少しくらい触られることもやぶさかではございません」

「え。まじ? どこ?」

「それはサイン後のお楽しみでございます」


 ……うむ。これは詐欺の手口だな。

 なんて訝しんでいると。


「あ? ちょっ」


 ふいに手を握られて引き寄せられる。


「あ、あの、手が胸元に――うっは!」


 まっ、ましまろっ!?


「如何です? ご満足いただけたでしょうか?」

「――は。ご満足いただけまして(そうろう)


 天にも昇る気持ちで、しばらく指をわきわきと堪能してみる。


「ちなみに、当ハロークエストでございますが、防犯のため常時カメラにて撮影がされております」

「……………………え」


 そのままペンを握らされる。


「神田様、ご記入ありがとうございます」

「あっ、はい……」



 拝啓、母上――。


 息子はとてつもない事件に巻き込まれたかもしれません。

 万が一帰らぬ時は、先立つ不幸をお許しください。


 ――敬具。



「――終わった! 俺の人生終わった!! 情け容赦ない人生に絶望した!!」

「問題ありません」

「えっ、ほんと?」

「もちろん、でございます。(わたくし)、嘘は()きません」

「ま、まぁ、確かに……」


 少しどころじゃなくほんとに触らせてくれたしね。

 てっきり手とかそんなオチだと思ったけど。


「はい。神田様の人生ですから、わたくしには支障ありません」

「ちょ……」


 この世に神や仏はいないのか。


「では、参ります」

「参るって……ど、どこに?」

「もちろん、冒険(クエスト)の世界に――でございます」

「いきなり!? っていうか字おかしくない!? 仕事だよねっていうか世界!?!?」


 えぇ、とアイリカはにっこりと微笑んだ。


 ――美少女キターーーー!!!!


 そして、がっしとこちらの手を握る。というか引っ張る。


 ――あ。俺、今、最後の逃げるチャンス失った。


「では、神田様一名。ご案内いたします――」


 ぱちん。


「ちょ、ままま…………のわあぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!」


 アイリカが指を鳴らすと、周囲の景色が一瞬にして溶けた(・・・)のだった。




自著の『破壊神って言うな!』の前身。

ゆえに一部のキャラがそのまま登場しております。

OSアップグレートに備えてPCを整理していた中、没フォ●ダからでてきた作品のひとつで、二年前はこんな風に書いていたんだなぁとしみじみ。今はない勢いを勿体無く思い、一部改稿して投稿しました。

短編にしようか迷いつつ、過去作なのでこの後もプロローグ部分まででさっくりと終わります。

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