裏切者と孤独者
久しぶりに夢を見た…
周りに転がる仲間達の死骸を私はただ呆然と眺めていた。黒い空から降ってくる黒い雨が私の身体を冷やしたが、私は全く寒くない。
「どうして…どうして俺だけ……」
ようやく出てきた言葉はそれだけだ。
次第に泣きたくなった私は空を見上げ、怒涛の叫びを上げた。誰に対してかは分からない。私の叫びを仲間達は聞いてくれていたのだろうか……
それすらも分からない。
ヴゥーッ…ヴゥーッ…ヴゥーッ……
開始を知らせるサイレンで私はゆっくり目を開けた。コンクリートの天井を見つめ、疲れきった身体を起こす。シャワーを浴びたかったのだが、【仕分け】が終わった後にそうしよう。
冷たいコンクリートの床に足を下ろし、ベッドから立ち上がる。パイプ椅子に掛けてあった黒衣を羽織ると騒がしい廊下へ出た。
「ノアさん、おはようございます」
出てきた所で鉢合わせしたのは新人兵士のビリーだ。私は愛想の良い笑顔で彼に頷いた。
「おはよう。今日は随分と早く捕獲作業が済んだようですね」
「はい。今日は目標が武器を所有していなかったものですから」
「えぇ?…珍しいですね。彼等が丸腰で活動するなんて。一体何をしていたんでしょう」
「作業の前線に立った先輩方が言うに、目標達は洞窟の奥深くで集会を開いていたそうです。人目にはつかないと安心していたのでしょう」
「そうですか…」
話している内に私とビリーは【目標】達が運ばれてくる基地の広場へと到着した。迷彩服を着た兵士達は黙々と作業を行っていた。
「おや?ビリー、どうしました?」
隣に立つビリーの顔色が真っ青に変化している。
肩に触れようとすると、ビリーは口に手を当て、地面にうずくまってしまった。そして嘔吐した。
「おやおや」
えずく声を聞きながら私はビリーの背中をさすってやった。しばらくすると落ち着いたらしい。ビリーは申し訳なさそうに黙って頭を下げ、袖で口を拭いた。
「すみません。まだ慣れないんです。臭いに」
あぁ……なるほど。
そりゃ、この基地に配属されたばかりの新人に即慣れろと言う方が無理な話だ。私だってこの仕事に就いた当初は四六時中吐いていた。今では、臭覚が麻痺してしまい何も感じなくなった。
ビリーと私は広場の隅で大きな炎を焚く兵士達を見た。彼等の足元には黒焦げになり果てた足が1本転がっている。それを見つけた兵士は鬱陶しそうに炎の中へ蹴り入れた。黒焦げの足はすぐに燃え灰になった。
「次第に慣れますよ。今は我慢我慢です」
「そうですよね……まぁ、内臓の腐った奴よりかはまだマシです。あれを臭った時は御飯が2日食べられませんでした。ノアさんも経験ありませんか?」
「そうですねぇ。昔、麻酔なしで人の脳に爆弾を埋め込む実験をした事があります。その時、爆弾が誤って爆発しましてね。実験体の脳みそが顔に飛び散ってきたんですよ。ドロリとしていてそれはもう気持ちが悪……ビリー、どうしました?」
再び嘔吐するビリーの背中をさすっていると、黒い大型トラックが土煙をあげながら帰ってきた。誘導する兵士の指示に従いながらトラックは静かに停止した。
「さぁ、ビリー。お仕事ですよ」
既にふらふらのビリーの身体を支えながら私達はトラックへと近づいて行った。私の姿を見た兵士達は皆立ち止まって敬礼した。私は敬礼をしないから、にこりと笑って頭を下げた。
「よぉ、先生。元気してたか?」
トラックの運転席から出てきたのはイマンだ。この基地には私よりも長く居る。あらゆる経験を掻い潜ってきた熟練兵で、兵士達は『リーダー』と呼んでイマンを慕っている。
「変わらず元気です。そちらも変わらないようで」
「まぁ、そこそこやってるさ。それよりも、先生喜べ。今日の収穫はすごいぜ。健康な身体つきの男ばかりだ」
嬉しそうに私の肩をバシバシ叩くイマン。
少し痛いです……。しかし、男と聞いて私の胸は高鳴った。
男性の体格は女性と比べて遥かに強く堅い。1人の身体に5種類の新薬は試せる。女性だと2種類が限界だ。
「では、見せてもらいましょうか。あなたの仕事の成果を」
「ああ、存分に見てくれ」
運転席に戻るとイマンはハンドルの隣のボタンを押した。トラックの貨物部が徐々に動き出し、中に押し込められていた"荷物"が雪崩の様に広場へ流れ落ちてきた。"荷物"達は猿轡の隙間から小さく呻き声を上げた。
「ほうほう、なるほど。これは【仕分け】甲斐がありますね」
「だろ?結構大変だったんだぜ。武器を持ってない分、殺しはしなかったが。それでもこいつらは強いからな。何人か負傷の痛手は受けたよ。後で手当してやってくれ」
イマンはトラックから落とされた捕虜達に近づくと、ちゃんと縛って動けないようにしてあるか他の兵士と一緒にチェックし始めた。
私も後に続き、縛られた男の胸倉を掴み実験に使えそうか使えないか【仕分け】を始めた。
「ふむ。綺麗な身体ですね」
男の服を引き裂くと、抵抗した時に出来た痣が多数あるもののそれ以外に外傷はない。合格だ。
「これは使えます」
私がそう言うと数人の兵士達が男を乱暴に地面に押さえつけた。男は何をされるか分からない不安と恐怖で目を左右に動かした。兵士の1人が銃に似た機械を男の腕に押し付け引き金を引いた。
ガチャッ!!……
チップを体内に埋め込まれ、男は「うぐ…」と悲鳴を漏らす。そのまま仰向けにされると、今度は胸にチップを埋め込まれた。心臓に付けられたチップは身体が慣れるまでに時間がかかる。痙攣し、呼吸ができにくくなるのだ。
「あ……う…」
猿轡と縄を解かれても男はろくに動けず硬直していた。ふと男と目が合った。私を見ると男は目を見開き驚いている様だった。
「お、まえは―
バサッ……
男が話終える前に、兵士は男の顔に黒い布を被せた。首に鉄輪をはめられると、男は引きずられながら基地の建物内へと連れて行かれた。
「さて、次」
男を見届ける事もせず、私は作業を続けた。
次に掴んだ男は顔にもはや生気がない。首がだらりと後ろに垂れ、呼吸も小さく早い。
「おや?この人はどうしたんでしょう」
気になった私はさっきの様に男の服をメスで裂いた。ああ、思った通りだ。腹の辺りの皮膚が青黒い。
「臓器が破裂してる。これは手遅れですね」
トラックにぎゅうぎゅうに押し込められ、しかも身動きが取れない状態で長時間の道のりだ。狭い貨物の中で圧迫された臓器はきっと風船の様に弾けたのだ。
「外見は充分ですが、中身がぐしゃぐしゃだとね…」
「どうする?先生」
ライフルに弾を込めながらイマンは私の判断を待つ。私はイマンに向かって頷き、男から離れた。
パンッ!!……
とても静かな破裂音と共に男の身体がビクンと跳ね、そのまま動かなくなった。捕虜の何人かが死んだ男の名前を叫んだ。なんて名前だったか……まぁ、いい。そんな事よりさっさと終わらせなければ。
その後も私の前には捕虜達が連れて来られ、私は選別を行った。大半の者は殺さず実験体として生かしておき、ごく小数の重傷な者はイマンや他の兵士達によりその場で射殺された。
「やっと終わりましたね」
数時間かけてやっと【仕分け】が済んだ。
懐から小さな水筒を取り出し温かい茶を飲む。
汗をかいた身体にはこれが一番美味しい。ぐびくびと音を立て飲んでいると、イマンが苦い顔で近付いてきた。
「また熱い茶か?見るだけで蒸し暑くなるぜ」
「何を言いますか。身体には冷たいものより熱いものの方が良いのですよ。あなたも飲んでみなさい」
「いや、結構。俺にはコイツが一番だ」
「…コーラ?嫌いですね。炭酸は身体に悪い」
「俺には美味いんだ。ほっとけ」
プシュ…と缶を開けるとイマンはそれを一気飲みしている。全く…見てるだけで喉が焼けそうです。
飲み干すとイマンは「ん」と空き缶を私に差し出す。
「なんですか?」
「やるよ」
「ゴミでしょ?」
「ゴミさ」
「……………」
自室へ戻る途中、イマンの空き缶を捨てに食堂へ立ち寄った。時間は丁度16:00。夕食の仕込みの最中で調理室は沢山の人で私が入る隙間もない。しかし、空き缶専用のゴミ箱は室内の一番奥なのだ。
「困りましたねぇ…後でまた来ましょう」
どうせ1時間後には夕食を食べに来るのだ。
それまで部屋に空缶を置いておくのは、あまり好ましくはないのだが。まぁ、仕方が無い。
「――あっ、先生!」
食堂を出て行こうとしたら後ろから呼び止められた。振り返ると私の目線はすぅっと下に落ちた。
「ルミ、頑張ってますね。今日のお手伝いは何ですか?」
膝をかがめて小さなルミの身体を軽くハグした。
ルミも私の首に腕をまわしてきた。ふんわりとハーブの香りが漂ってきた。
「今日は鶏肉のハーブ香り焼きを作ってます」
「君が?」
「はい!」
自慢げに答えるルミに私は思わず失笑してしまう。
料理長が6歳の女の子にその日のメイン料理を任せる訳がない。匂いから察するに、ルミの『仕事』はハーブの葉の下準備だろう。それでも、本人がそう言うのだからそういう事にしておこう。
「一時間後を楽しみにしておきますよ」
私の言葉にルミはにっこり笑って頷いた。
走って厨房に戻るルミを私は慌てて止めた。
「ルミ!空缶を捨ててもらえます?」
バタン……
はぁ、疲れた。
自室を出たのは半日以上前だ。で、ようやく戻って来たと思ったらすぐに夕食だ。パスしたいが、ここの基地官は食事を摂らないとうるさい。
「自己管理は食事から始まる」
はいはい…分かってます。
これでも人よりは人体の仕組みを熟知しているつもりです。
「あと30分で食堂……その後は10時まで仕事……キツイです」
やりかけの書類が多量に転がる机を無視してフカフカのベッドに寝転んだ。快適だ。この瞬間が一番好きだ。コンクリートの天井を見上げつつ、私は大きく息を吸い込んだ。
「…ア、ノア」
「……………はっ!?」
私は慌てて身を起こした。素晴らしい目覚めだ。
ちっとも眠くない。その代わり、私の脇汗は尋常ではない。隣で腕を組み不機嫌そうな顔が私を睨んでいるからだ。
「基地官……お疲れ様です」
「ああ、よく眠っていたようだな。今日の晩飯は美味かったと言うのに。ルミが残念がっていたぞ」
「晩飯?ルミ?…」
基地官の言葉に私の汗は更に噴き出す。腕でカチカチと鳴る時計の針を確認した。午前0時。完璧に寝入っていたらしい。
「自己管理は食事から始まると言ったはずだが?」
はいはいはい、何度も聞きました。すみませんでした。以後気をつけます。…なーんて生意気な口調で言える訳がない。
「すみません」
謝る私に基地官は背を向け、机の資料の1枚を手に取り眺めた。あ、それは今日が提出期限でしたよね。まだ出来てません。すみません。
「あの、あとは清書だけです。監察が済んだ後で基地官に持って行こうと……」
「どのフロアだ?」
「はい?」
「どのフロアへ監察に行く」
実験室、実験体達の収監は基地の地下に深く深く造設されていた。1階、2階、3階までは実験体の収容施設。4、5階は設備が整った実験室が廊下に多数並んでいる。
「2階のA‐01号と3階のG‐1058号の状態を見に行こうかと」
「3階……先週新型ウイルスを投与した一体か。どんな具合だ?」
「監視兵によると昨夜から40°の高熱有り、頻脈続きで、血圧も下がっているようです」
「ふむ、そうか。じゃあそろそろ頃合だな。明日にでも生体解剖をしたらどうだ」
「そうしたいのですが…まだ観察を続ける方が良いかと」
遠慮気味に言ったのだが、振り返った基地官の顔は明らかに不服そうだった。
「お前はいつもそうだ。何故ためらう。迷わずやればいいんだ。失敗しても気にする事はない。体はいくらでも補充出来る。いいか、よく聞け。お前の仕事で何千人という病人を救えるんだ。お前が成果を出してない今日のこの日だけでも世界で何百人が死んだ?救える命をお前は何もせず見殺しにした。医者として恥ずべき行為だとは思わないか」
私はただただ頷いた。心を打たない基地官の言葉は耳を貫きそのまま耳から出ていく。
病人?命?救う?…馬鹿らしい。本気でそう願う人間が、生きた人間を虫の様に扱うだろうか。実験体という烙印を押された人間を傷つけ、切り裂き、用済みになれば始末する。そんな医者などいるものか。
「………………」
心の声が聞こえたのか。基地官は急に押し黙ると私を真正面から鋭視した。
「何か言いたい事でも?―裏切者」
熱いシャワーを浴びた。
汗まみれで不快だった身体はすぐに清潔に浄化されていく。
目の前の鏡を私はじっと見据えた。そこには金髪の男が殺意剥き出しの目で私を睨んでいた。口を開くと男も口を開く。
そして、こう言った。
「裏切者……それがお前だ」
突き出した拳は鏡に映る男を粉々にした。
それでも…男は消えてはくれなかった。
「頼む、消えてくれ。俺の前から、今すぐに」
そう言うと私は力を失った様に膝を落とししゃがみこんだ。流れる水の音が私の嗚咽を消した。
「お務めご苦労様です!何階へ行かれますか?」
「ああ、ありがとう。3階のボタンを押してもらえます?」
威勢の良い兵士と共にエレベーターへ乗り込み、夜の地下へと出発だ。腕時計の針は3時を差している。
「夜勤は疲れるでしょう。監視のお仕事も楽ではないでしょうに」
「いえ。今年に入って基地の管理システムが一新されたので前よりは楽になりました。収監設備も強化されて実験体達の脱走も減りましたし。それに…」
そう言って彼は私に近づいた。私も彼に耳を寄せた。
「夜は金がいいんですよ」
「なるほど」
ガタン……
エレベーターが止まり静かに扉が開く。
扉から漏れてきた光に私は持っていたタブレットで顔を覆った。
「到着しました」
「ありがとう。では」
LEDで昼の様に明るい廊下に出ると私は目的の檻へと歩き出した。数㌔はある長ーい廊下の両側に連なる檻の中で実験体達は眠っていた。
真っ白な無地の服を着せられ、首にはゴム製の首輪をはめられている。そこには記号が彫られており、それが実験体の名前だ。彼等が本当の名で呼ばれる事など死んでもない。
私はいつもの様に廊下の真中を早足で歩いた。
その音で目覚めた実験体は目の前を歩く私を檻の奥から静かに睨んでいた。そんな視線も気にする事なく歩いていたが、とある檻の前で足を止めた。
「おや、もう呼吸がまともに出来てますね。素晴らしい」
「…………」
私が今日最初に【仕分け】をした男がそこに収監されていた。チップを埋められた直後は呻き,のたうち回っていたのに今は全く平然としている。
タブレット端末の基地システムにアクセスし、この男の"名前"を打ち込んだ。すると男の顔,血液型,持病の有無などの情報が瞬時に飛んできた。
「S‐0452。A型。血液検査によると……ふむ、肝機能が基準値より低いようですね。これは研究のやりがいがあります」
訝しげな表情の男にニコリと微笑むと、私は再び歩き出そうと背を向けた。
「ノア」
男の声で私は立ち止まる。
「お前、いつまでこんな馬鹿な真似を続けるつもりだ」
「……」
「俺達は皆、お前を恨んでいる」
「…でしょうね」
「殺したいとも思っている」
「そうですか」
「だがその前に……一つ聞きたい」
溜息をつくと私は男の方へ振り向いた。男が聞きたい事など初めから知っている。檻の柵に手を掛けながら男は言った。
「あの日、あの時、何があった?」
男の目はただ知りたいと訴えていた。
恨みもなく殺意もない。純粋にそう言ったのだ。
「あの日、偵察から戻って来ないお前と部隊を俺は森の中へ探しに行った。そしたら…
「そこに私の姿はなく、あるのは殺された仲間達の死体だけだった……と言う事ですか」
「…教えてくれ。どうしてだ?何故お前が敵にいる。あの日俺がいない間、お前達に何があったんだ」
ガシャン!と激しく鉄柵を揺らす男に私はフッと笑みを漏らした。
「簡単な話です。私が――裏切者だからですよ」
唖然とする男に向かってそう言い放ち、私は歩き出した。後ろから柵を激しく叩く音が聞こえてきたが振り返りなどしなかった。
また夢を見た――
いつもと同じ光景……仲間の遺骸、黒い雨。
そして私は黒い空に向かい吼える。黒い雨を浴びながら。
「…………?」
あれ、おかしいな。いつもならここで目が覚め夢は終わるのに。今日はまだ悪夢から抜け出せない。私は仲間の死体を踏みながら立ち上がった。
「何だ、まだ夢の中か」
訳が分からず辺りを見回した。
「……。」
私は息が詰まった。
目の前に築かれた死体の山からムクリと誰かが出てきたからだ。今までこんな夢の続きを見た事はない。
「…………」
"それ"はゆっくり立ち上がった。
そして私は再び驚く。子供だ。小さな子供が死体の山の上に立ち、黒い空を見上げているのだ。黒い雨が子供の身体を黒に染めていく。
「どうして、こんな所に…」
子供はこちらを見ない。私に気付いていないようだ。動揺と少しの恐怖で震えた――
「………ぁぁあ」
「――っ!?」
子供が小さく悲鳴をあげたのだ。
老人の様なしわがれた声に不気味さを感じる。
(なんだ、この子は)
「……あ」
少し後ずさった。子供がくるりとこちらを向いたのだ。ドロリとした黒い液体にまみれた顔はひどく悲しそうだ。
「お兄ちゃん、誰?」
さっきとは全く違う、とても可愛らしい声だ。
「わ、私はノアと言います」
「ノア…」
「君は、誰ですか?」
私がそう聞くと子供は虚をつかれた様に目を丸くした。汚れた服の裾で顔を拭きながら子供は首を傾げた。
「僕、僕は」
ヴゥー!!…ヴゥー!!…ヴゥー!!
鼓膜を破く様な激しいサイレンの音で目が覚めた。
身体が重い。気持ちの悪い目覚めに気分まで落ちてしまった。
顔と歯を素早く洗い、黒衣を羽織る。廊下に出るとビリーと鉢合わせをし、グロイ話でもしながら一緒に【仕分け】へと向かう。
ここまではいつもと変わらなかった。
広場へと到着するまでは……
「おや、もうトラックが着いていますね」
普段ならまだ到着していないはずのトラックが今日は既に姿を見せていた。荷台から捕虜達も下ろされ、兵士達にロープで縛られている。
「何かあったんでしょうか、ノアさん」
「行ってみましょう」
2人で走り寄っていくと捕虜のロープを確認していたイマンが私達の元へ歩いてきた。いつもの様に陽気ではない。困り果てたような、そんな苦い顔をしていた。
「イマン、何があったんです?…今日はかなり戦闘が激しかったようですが」
百戦錬磨のイマンが実験体の捕獲作業で傷を負うなど見た事がない。それが今日はどうしたのだろう。手首には包帯を巻き、顔にも銃弾が掠めた傷がつけられている。
「珍しいですね。あなたが怪我を負わされるなんて」
私が言うとイマンは手首を痛々しくさすった。
「油断だな。ボケっとしてるつもりは無かったんだが、気付いたらここを掴まれて、次の瞬間ボキッ!!っとやられたよ」
……恐ろしい。その人は一体どんな握力をしているんでしょう。捕獲班にいなくて本当に良かった。
「殺ったんですか?」
一応聞いてみる。
「いや、生きてる」
イマンは意外そうに答えた。
「俺もびっくりだよ。いきなり掴まれたから慌てて腹を撃ったんだが、それでも奴は死ななかった。俺の手首を折ると、次は首をへし折られそうになったんだ。側にいた仲間が3発撃って、ようやくそいつは倒れた。でもよ――まだ息があるんだぜ」
イマンがクイッと顎指す方を見ると、縛られた捕虜達の中で一際重症の男がいた。容赦なく後ろ手に縛られ、座る力もない男は仲間の身体に寄りかかり、なんとか息をしている。男を支える捕虜は心配そうに男の様子を見ていた。
「おい、まだ生きてるか」
「………ぐぁっ!」
イマンに胸倉を掴まれ男は苦痛で叫ぶ。
男の猿轡を乱暴に外すとイマンは尋問の様な会話を続ける。
「今日は一体仲良く何をしていたんだ?」
「あ……あぁ……ゴフッ」
血を吐き出した男にもイマンは容赦しない。
掴んでいた男を空中で放し地面へ落とした。倒れた男は荒い呼吸の間でゴホゴホと血を吐いた。
「他に仲間はどれだけいる」
「……がっ!?」
答えない男の腹にイマンは蹴りを入れる。
鋼鉄の入ったブーツで蹴られ、男は歯を食いしばって耐えた。身体を丸める男をイマンは蹴り続ける。
ドカッ!…ドカッ!…ドカッ!…ドカッ!…
重くて荒い音が広場に響き渡る。
「もう止めてくれ!そいつは子供を守ろうとしただけなんだ!」
…子供?
私の耳は1人の捕虜に向けられた。私だけではない。イマンも、その場にいた兵士達全員だ。
「子供?だと」
「…あ、いや…」
叫んだ捕虜はしまった、と言うように俯いた。
イマンは獰猛な目つきで辺りを見廻し始め、兵士達もそれに習った。
「…………」
「…………」
私はイマンに蹴られ死にかけの男をずっと見ていた。身体が異様に震えている。何かに焦っているようだ。
「見つけたぞ!」
トラックの荷台から兵士が叫んだと同時に、男の目が大きく開いた。傷を忘れたかのようにムクリと身を起こしたので驚いた。
「強い生命力ですねー。是非解剖してみたい」
ポロリと口にした私の言葉は誰にも聞かれなかったらしい。ああ、良かった。と、そんな事はどうでもいい。捕獲された中に子供がいたなんて初めてだ。対処に困るが…まあ、とりあえず見てみよう。
「トラックから下ろせ」
イマン、あなた殺す気満々ですね。
まだ銃に弾をこめるのは早すぎますよ……
ドサッ……「うっ……」
放り投げられた小さな"捕虜"は呻きながら立ち上がるもすぐにイマンに首根を掴まれた。それでも、その子は泣きも喚きもせず、固く目を瞑りじっと耐えている。怖い光景を見なくていいように、そうしているみたいだった。
まだ小さな幼児だ。歳は、4,5って所かな?とにかく小さい。私と同じ金髪だ。なんだか親近感がわいた。血と泥で汚れ、長い髪は乱れまくりだが、とても可愛いらしい顔立ちをしている。将来はとんでもない美人になりそうですね。
イマンも少女の容姿に気付いたようだ。顔を近付けマジマジと観察している。まるで変態です。
「可愛い顔した嬢ちゃんじゃないか。名前はなんて言うの…
「その子を離せ!!」
男の怒声にイマンは鬱陶しそうに首を傾げた。
「その子を、離せ」
「……ちっ。いいさ、ほら、受け取れ」
私があっ、と叫ぶ前にイマンはその子を男に向って投げつけた。少女は「あぁ!」と悲鳴をあげ、空を舞った。
ドサリ……
「ナイスキャッチ」
パチパチと拍手するイマン。
少女の身体は地面に触れる事無く、男にしっかりと護られていた。
「…う……おとうさん?」
父親の身体の上で目を開けた少女は痛々しい父の姿に言葉を失っていた。
「大丈夫か?」
男は苦痛の中、娘に精一杯の微笑みを見せた。少女は泣きそうになりながらも歯を食いしばって頷いた。
「――さて、どうします?親子仲良く死にますか?」
目の前で感動的な光景を見せられても私の仕事とは何の関係もない。腕を組んで立つ私を男は黙って睨んできた。他の捕虜達も一緒だ。全員の恨みのこもった視線を私は涼しげに受け止めた。
「どうせ全員今死ぬか、少し後で死ぬかの違いです。選ばせてあげますよ。あ、でもあなたはもう使い物になりません。その子も…実験の苦痛には耐えられないでしょう。外へ放り投げてもいいのですが、身寄りもない小さな子が大都会で生きていける訳がない。………イマン」
親子に背を向けた私は処刑準備万端のイマンに後を託した。流石に子供を殺すのは躊躇するらしい。イマンの嫌そうな顔なんて初めて見た。
「ノア」
「…はぁ、最近は歩こうとすると呼び止められる。何ですか?辞世の句でも詠むん……何をしてるんですか、あなた」
振り返った私は怪訝に眉を顰めた。
頭を地面に着ける男。それを隣でキョトンと見ている少女。…面白い絵図ですね。
「その身体で命乞いですか。無理ですね、あなたはもう…
「この子の為にやっている。頼む、俺の事は殺してくれて構わない。生きて地獄を見ろというならそうする。だけど、この子だけは手を出さないでくれ。
頼む」
「……………」
やれやれ。面倒な話になってきました。
額に指を置き考えていると、イマンが肩を小さく叩いてきた。「子供は助けてやれ」…そう言う意味らしい。あなた、さっき散々あの親子を虐めていたでしょ。コロコロと態度を変えちゃって、全くもう。
「……はぁ、やれやれ」
仕方ありませんね。
「分かりました。あなたの子供は私が責任を持って保護します」
「―――ありがとう」
男が頭を上げると少女は男の首に抱きついた。
何かを察したのか……
「美人」
男はそう呟いた。
ドイツ語で美しいという意味だ。確かに、愛らしいこの少女にはぴったりの名だ。
「シェーン…独りで……大丈夫だな」
少女はブンブンと首を横に振る。
「いやだ。おとうさんと一緒にいる」
娘の切なる願いに男は応えてやれない。
男の目から涙がこぼれ始めた。
「すまない」
……おやおや、うちの兵士達の何人かも目が潤んじゃってますね。もらい泣きですか。まぁ、美しくも哀れな光景です。――イマン、鼻水垂らしてまで泣くんじゃありません。男でしょ。
「……カハッ!」
少女を愛げに抱いていた男はこみ上げてきた多量の血を吐くと、完全に力を失い、倒れた。
「おとうさん、おとうさん」
駆け寄る少女に男は渾身の力で顔を上げ最期のキスを娘に贈った。
そして……
「ノア、頼む」
私は頷き、静かに少女に近付いた。
私の気配に気付くと少女は振り返った。父親の手を握ったまま目を震わせ怯えている。
「私はノアと言います」
少女の目線に合わせ腰をかがめると少女の顔は少しだけ柔らくなった気がした。
「………ノア」
「そうです。あなたの名前は、何ですか?」
私の質問に少女は目を丸くした。
それから汚れた袖口で顔を拭くと少女はこう言った。
「僕、僕は」
……………僕?
「僕は…僕……は……
「………うおっ?!」
フワリと後ろへ倒れる少女の身体を私は急いですくい上げた。
寝ている。安らかに、スヤスヤと少女は寝ていた。
撃たれたみたいに倒れるからびっくりしましたよ、もう。
「この子、いつもこんな寝落ちの仕方をするんですか?……あれ?」
男は静かに目を閉じていた。まるで眠るように。安心しきった顔で……
「死んでる。この子にとっちゃグッドタイミングだ」
男の首筋に手を当てるとイマンは安心した様に言った。私の胸もほっと安堵した。目の前で親の死を見るのは後でトラウマになりますからね。特に小さい子には。
「さてと。残った奴等はどうする。実験室送りか?」
「いや、今のところは必要ありません。全員【砂漠】へ送って下さい」
「…了解」
【砂漠】とは国の境界線に沿って作られた収容所で"仕分け"で余った捕虜達は全員ここで強制労働につく。死ぬまで鉄を掘り出すのだ。彼等の掘り出した貴重な資源は工場に運ばれ、様々な商品や部品に加工され、隣国に出荷される。他の国では鉄が採れない為、うちの国は大儲けだ。
「先生、死体を処理してもよろしいでしょうか」
少女を抱えてぼーっとしていると兵士が聞いてきた。男の死体をいつものように広場の隅で焼却するらしい。
「あ、お願いします」
「はっ、では…
「あっ!ちょっと待って下さい」
親の形見が何も無いというのは可哀想だ。
何か妥当なものはないか男の服を探ってみるも、何も見つからなかった。
「何もないですね。写真の1枚でもあればいいと思ったんだけど」
「……あっ、先生。これはどうでしょう」
一緒に探してくれていた兵士が指差す物。
「―あぁ、指輪ですか」
血まみれだったから気付かなかった。
よく見れば、男の薬指で指輪が光っていた。冷たい指からゆっくりと抜き取る。男の血で小さく光るダイヤモンドは赤く染まっていた。
「綺麗ですねぇ」
「ええ、形見には丁度いい。これを貰っておきましょう。では、後は宜しく頼みます」
指輪をポケットに入れ、落ちそうな少女の身体を抱き直した。眠りを邪魔され、少女は鬱陶しげに顔を擦った。少しぐずり出した。
「あ!はいはい、ベッドに行こう」
少し早歩きに切り替え、入口へ向った。
「おとうさん…バイバイ…」
「……え?」
耳元で聞こえた少女の声に私は足を止めた。少女は何も変わらずスヤスヤ寝ている。
「寝言か…」
ドアが閉まる時、視線が広場の隅の業火へ動く。
あの男が大きな炎へと投げ入れられる瞬間、視界に鋼鉄の扉が落ちてきて見えなくなった。
バタン……「ふぅ、なんて重い」
少女を寝かせ、ようやく額の汗を拭いた。ベトベトだ。あんまりにも気持ち良さげに少女が寝ているので、その間にシャワーをさっと浴びた。急いで浴室から出て少女を確認。――よし、変わりなし。
「さて、これからどうしましょう」
濡れた髪をタオルで拭きながら今後について考える。いずれは孤児院に入れるが…問題はそれまでの間だ。この国では子供を施設に預けるのは6歳からと決まっている。それまではどんなに貧しくとも、その子が疎くても、必ず親が育てなければならない。
「おおよそ……あなたは4歳程でしょうか」
無邪気な寝顔を見せる少女に問いかけみる。
ん?……少女?
『僕は……』
名前を聞いた時、少女は確かにそう言った。
「………ちょっと失礼」
一つの考えが頭に浮かび、私は少女の服を脱がしてみた。あ、変態じゃありませんよ。小さい子に興味はありません。
そして私の予想は当たった。
「ふーむ。……どう見ても立派な男の子ですねぇ」
ソレを確認した私は服を素早く着せたのだが、モゾモゾと動かしてしまったので少年の目が覚めてしまった。
「あ、ごめんなさい。起きちゃいましたね」
「…ん。……おとうさんは?」
しまった、覚えていたか。
「おとうさんは後で迎えに来ますよ。それまで私と一緒にいましょう」
とりあえずその場しのぎだ。
すると少年は目を擦りながらコクンと頷いた。
「さてと、改めて。私はノアです。君のお名前は?」
髪の長い少年は大あくびをしながら起き上がる。
「ぼくは、シェーン」
「シェーン、初めまして。君は、男の子ですね。どうして女の子みたいに髪が長いんですか?」
シェーンは自分の艶やかな髪を手に取り眺めた。
そして首を傾げる。
「分かんないけど、おとうさんが言ってた。『女の子みたいにしてなさい。そしたらあんぜんだから』って」
「……なるほど」
確かに。
子供とはいえ、女の方が殺される確率は男に比べかなり低い。それを考え、あの男は自分の子を女の子に偽り守っていたのだ。
「では、お名前も聞いた事ですし、お風呂に入りましょう」
「おふろ?いやだー!!!」
逃げようとベッドから跳ね起きたシェーンを私は軽々と捕まえ浴室へと持ち運んだ。バタバタと暴れまくるシェーンに「めっ!!」と一喝しながら浴槽に湯を溜め、じっとしないシェーンの服を無理やり剥ぎ取り、小さく痩せた身体を湯に沈めた。
「………………」
しばらくするとシェーンは動きを止めた。
気持ち良さげに目を細め、そのまま顔まで湯に沈まりそうだ。一旦浴槽から引き上げ、身体を隅々まで洗ってやる。小さな垢がボロボロと落ちるので洗いがいがある。
「気持ちいいでしょう、お風呂って」
「……いい。きらいだけど、きもちいい」
返ってきた言葉に私はにんまりと微笑んだ。
「――さぁ!さっぱりしましたね!イケメンになりましたよ」
ハサミを手に満足そうな私とは逆にシェーンの顔は苦々しい。あれ?気にくわないのか?
「髪、ないとはずかしい…」
「はずかしい、んですか?」
シェーンは鏡を見つつコックリ頷く。
短く無造作に切られた髪をつんつん触り「どうにかしろ」と私の顔を見上げる。
「……じゃあ、また伸びてくるのを待ちましょう」
「伸びるって、あした?」
出たよ。子どもがよく言う発言第1位…「あした?」。
……んな訳ないでしょ。そんなにコロコロと事態は公転しません。
「……さ、ご飯を食べに行きましょう」
シェーンをひょいと肩車して部屋のドアを開ける。
「あ、そうだ」
歩きながら私はある事を思いつく。
シェーンが私の顔をのぞきこむ。
「なに?ノア」
「あなたの名前。ずっと考えてました」
「?ぼくはシェーン」
「今まではね。これからは違います」
「……?なに?」
「孤独者、孤独者です」
お読み下さりありがとうございました(。_。*)




