4.初めての街と宿決め
「……ここがグルドの街か」
じいさんの家を出て、2日目の昼ごろ俺はグルドの街にたどり着いた。グルドの街は高い城壁に囲まれており、俺ははその城壁にある門を通るための列に並んでいる。列に並んでいるのは商人のような格好をした人物と武器や防具を身につけた冒険者らしき格好の人がほとんどだ。
そんなふうに、列に並びながら考えているとどうやら順番が来たようだ。俺は、兵士がいる所まで歩く。門のところに立っていた兵士は気のよさそうなおっさんといった感じだ。年齢は30代半ばといったところだろうか。茶色の短髪で無精ひげを生やしているが、顔は結構整っている。イケメンとまではいかないが、結構女性にモテそうな風貌だ。そして兵士をやっているためか鎧の上からでもわかるがかなり体格がいい。
「おう、坊主。見ない顔だな。身分証持ってるか?」
「いや、持ってない。一応、この街で冒険者になろうと思っているから、そこで身分証を貰う予定だ」
「そうか、じゃあ一応こっちで検問を受けてもらっていいか?それと通行料に銅貨3枚かかるが?」
「通行料は、身分証を持ってくれば帰ってくるんだよな?」
「ん?あぁ、きちんと返すぞ。ただ他の門だと連絡が行くのに時間がかかるからな、返すのに時間がかかるかもしれんから気をつけてくれ」
「了解した」
「じゃあ、取り合えず検問受けてもらうからこっちに来てくれ」
そういって門の近くにある詰所らしき場所に向かっていく兵士。俺はその後ろを静かについていく。後ろの方からはひそひそと小声が聞こえてくる。よくは聞こえないが、どうやら先ほどの兵士との話に聞き耳を立てていたらしい冒険者らしい人物たちが、俺について話しているようだった。
まあ、どうせあんなガキがとかそんなところだろうと無視することにする。
そのまま、兵士について詰所の中に入っていくと、そのまま一室に通される。そこには机と椅子があり、机の上には水晶らしきものがおいてあった。
先に入っていった兵士は椅子に座ると紙を取り出しこちらをみる。
「さてと、早速はじめるか。とりあえずこの水晶に手を置いてくれるか?」
「これはなんだ?」
「うん?……あぁ、もしかして初めてなのか。これは鑑定水晶っていってな、触れた人間に賞罰の称号が付いているとそれが表示される魔導具だ。なんでも数代前の勇者が作ったらしいが、原理は知らんな」
勇者すげぇ、と素直に感心した。魔法のない世界から来たのに魔法のある世界の住人が理解できない魔導具創るとかどんだけ頑張ったんだ。
「まあ、とりあえず賞罰があるかどうかだけだから、特に気にせず触れてくれ。別に体に異常が来るなんてことはねぇからよ」
「あぁ、わかった」
兵士に進められるままに、水晶に手を乗せる。特に、変化もなく兵士のおっさんも特に気にした様子もない。
「よし、問題なしだな。じゃあ、通行料は銅貨3枚だ。……あぁ、それとこの通行証も持っててくれ、ギルドカードが出来たらこの通行証を持ってきてくれれば、通行料を返却するからな。」
「あぁ、了解した」
兵士のおっさんに収納袋から取り出した銅貨3枚を渡す。その際、兵士のおっさんは、少しビックリしたようにしていたが、銅貨を受け取り、通行証を手渡してきた。
「さて、これで手続きは終了だ」
「あぁ、色々と手間を掛けさせてすまない」
「なに、気にするな。これも仕事だ仕事。……というか坊主はしゃべり方といい佇まいといい、ただのガキって感じじゃないな」
「ん?自分じゃ良く分からんがな。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はシドだ」
「あ、あぁ、おれはバルドだ。一応兵士だからな、何か困ったことがあったら来るといい。相談には乗ってやるよ」
互いに自己紹介を済ませた後、冒険者ギルドの場所や宿の場所を聞いた俺は、詰所を出た。バルド曰く、ギルドに行く前に宿を見つけておいた方がいいらしい。さっさと見つけておかないと、泊まれなくなる可能性もあるというわけで、とりあえずバルドに紹介された宿に向かうことにする。
「確かここら辺だと聞いたんだが……あぁ、あれかな」
街に入って数分。バルドに言われたとおりに道を歩いていると、話に聞いていた看板が見える。看板には、"妖精のささやき亭"と書いてあった。バルドに話を聞いた時にも思ったが、なかなか良い名前だとか考えながら扉を開く。
扉を開けてまず視界に入ったのはマッチョな大男だった。
「………」
次の瞬間、俺は無言で扉を閉めた。そして、また扉を開き中を覗く。
「………」
しかし、やはり宿の中にいるのは着たマッチョな大男だった。
俺は、そっと扉を閉め踵を返す。どうやら店を間違えたらしい。看板には確かに"妖精のささやき亭"と書いてあったが、きっと別の店なのだろう。おそらくこの町には、同じ名前の店が複数あるに違いない(断定)。
別の宿屋を探そう。俺は歩き出そうとして――
「待って待って!!」
突然の呼び声に足を止める。振り向くと、先ほどの店の前には一人の少女がいた。見た所、年は10歳くらいだろうか。きりっととした目つきと赤茶色の髪をポニーテールにしている姿は、活発そうなイメージだ。
「うちにご宿泊のお客様だよね?」
「い、いや、バルドという人に聞いてきたんだが、どうやら店を間違えたらしくてな、他の店に行くところだったんだ」
「バルドさんに紹介されたんなら、ここで間違いないよ。この間、バルドさんに紹介してもらえるように頼んだもん」
バルドめ計ったな!!つまりは、俺のようなグルドにくるのが初めての旅人がいたら紹介をするようになっていたのだ。宿を紹介するときにバルドが笑いを堪えていると思ったらこういう理由だったか。
「大丈夫だよ!!うちの宿屋はお父さんがチョットあれだけど、料理や部屋の方は自信があるから。だから、安心して泊まってって」
「わ、わかった…」
あぁ、結局彼女の勢いに押されてOKしてしまった。まあ、彼女の言葉を信じて一泊くらいならしてみるか…。だめだったら、別の宿に行けばいいし。
嬉しそうに宿屋の扉をくぐっていく彼女に続いて扉をくぐる。するとそこにはやはりというか、マッチョがいた。しかも、良くみてみると着ている白いシャツはサイズがあってないのか今にも破けそうなぐらいピッチピチになっている。というか、この二人本当に親子か?髪の色しか似てるところがないのだが。
「もうっ、お父さん!!お父さんがそんな格好をしてるから、折角来たお客さんが逃げちゃうとこだったじゃない!!」
「何を言うかルカ。この筋肉の良さが分からん時点で、この宿屋の敷居を跨ぐ資格がなかっただけのことだ」
「そんなの私もわかんないよ!!」
どうやら、娘の方は正常らしい。そしてここで判明する少女の名前。
「な、なんだと!?それはいかんぞ、ルカ。ここは、1時間ほど筋肉について話し合おうではないか!!」
「嫌だよ!?」
なんか家族コントが始まった。マッチョの方も、威嚇しているとしか思えない風貌とは違い、かなり気安い性格らしい。しかし、筋肉バカであるのは間違いないようだ。
そんな風に、考えているとマッチョがこちらを凝視していた。正直関わりたくないが、宿に泊まる以上関わらざるをえないだろう。
「な、なんだ?」
「貴様ならわかるだろ!?この筋肉のすばらしさが!!」
「……全然分からんが」
「っばっっっっかやろおぉぉぉぉぉ.....」
宿屋内に大絶叫が響き渡る。鼓膜が破れるかと思うほどの音量に、目が眩む。眩む視界の中、ルカと呼ばれた少女が耳をふさいでしゃがみ込んでいるのが見えた。
予想が付いていたなら、こちらにも教えてほしかった。
ガンッ!!!
「ぉぉおぶらっ!?」
すると突然奥のほうから何かが飛来し、マッチョの頭部に直撃し吹っ飛んでいく。
倒れているマッチョを見ると、オタマが近くに落ちていた。オタマで大男が吹っ飛ぶという光景は始めてみた。
そんな光景に絶句していると、オタマが飛んできた方から一人の女性が歩いてきた。その顔は、ルカに良く似ているが目元が優しげな感じだ。見た目からして母親だろう。
「あらあらあら、あなたったらこんなところで寝てると風邪を引くわよ。全く仕方のない人ね。
ルカちゃんお客様のお世話お願いね。お母さんはお父さんを寝かしてくるから」
「う、うん。任せといてよ、お母さん!!」
有無を言わさぬ迫力に、娘も顔をぶんぶんとふり頷く。
娘と話し終わった母親は、こちらを見ると笑顔で会釈しあの大男の足をつかんで引きずって奥の部屋に入っていく。正直じいさんよりも怖かった。
「お客さん、こっち来て!!」
二人が引っ込んでいった扉を見ていると、ルカのほうから声がかかる。そちらを向くと、ルカが机にある台帳を広げて待っていた。
「それでお客さん、何泊する?ちなみに料金は、朝食と夕食の2食付きで一泊銅貨3枚だよ」
「じゃあ、とりあえず一泊だな。それと俺の名前はシドっていうんだ。だから、シドって呼んでくれ」
「じゃあ、シドくんね。私のことはルカって呼んでね。…それでシドくん。一泊なんて言わずもっと泊まろうよ」
「まあ、金が稼げたら考えるよ」
「……そういえばシドくんって何やってる人?商人見習い?」
「ん?あぁ、冒険者になろうと思ってな。このあと、ギルドで登録するつもりだ」
「え?大丈夫なの?シドくん見た感じ弱そうだけど……」
そういいつつ、ルカは心配そうな目でこちらを見る。そういえばさっきも門のところで同じことを言われた気がする。しかし、出会って間もない俺を心配してくれるとは、ルカはかなり優しいんだな。
「おいおいルカ。まさか筋肉がないと冒険者になれないなんて言わないよな?」
「そうじゃないけど…。でも、街で見る冒険者の人たちって基本的にお父さんみたいな体格の人多いし、それにシドくんが死んじゃうとお客さんがいなくなっちゃうし」
前言撤回。どうやらルカが心配なのは俺じゃなく金だったらしい。いい性格をした娘さんだ。そう思い、ジトッとルカに目線を送るとルカも自分が言ったことが失言だと気付いたのか、慌てて取り繕い始める。
「い、いや、あれだよ!?もちろん、シドくんが心配なのであってお金の心配してるわけじゃないからね!?ね!?」
なんというか、慌てすぎて墓穴を掘っているようにも見えるが、ここはスルーしてあげるのが大人の対応だろう。ということでスルーすることにする。
「いや冗談だ。これでも一応鍛えているし、そうそう死んだりはしないさ。まあ、とりあえず今日は一泊で頼むわ」
そう言って収納袋から銅貨を3枚取り出し机の上に置く。
「え、あ、う、うん。じゃあ、部屋は2階ね。1階は、朝と昼は食堂だけど夜は酒場になるから気をつけて」
「了解した。……あぁ、そういえばここって風呂とかないのか?」
「お風呂?お風呂はないよ。この街は大衆浴場があるから、皆そこに行くの。他の街だとお湯と布で体拭くだけだけど、この街は浴場があるから旅人とかには物凄い人気なんだよ?」
「へぇ、そうなのか。それじゃあ俺も後で行ってみるかね。…と、それじゃあそろそろ冒険者ギルドに行くとするかね」
「あれ、荷物置いてかないの?」
「見ての通り、置いていく荷物が無くてな。最初はギルドに直接行こうと思ってたが、宿を先にした方がいいって言われてな」
まあ、それもいま目の前にいる少女の策略であったわけだが…。そんな俺の心の声を読み取ったのか、ルカは「アハハ…」と苦笑いを浮かべな
がら顔を背ける。
「……まあ、別に良いけどな。それじゃあ、行ってくるわ」
「うん。いってらっしゃいシドくん」
ルカと挨拶を交わした俺は、冒険者ギルドにいくため、宿を後にした。
本当はギルド登録まで行く予定でしたが、思いのほか宿屋で延びたので次話にします。