2.セントウと情報収集
大変遅くなり申し訳ありません
「……いてぇ」
体の痛みで目を覚ますと、既に夕方らしく茜空が視界に広がっている。体を起こそうとするも、ひどい関節痛と筋肉痛により起き上がるどころか身動き一つとることが出来ない。
仕方なく、技能【自己支配】を発動させる。じいさんとの戦いで薄々と感じていたが、この技能は異常なほど使い勝手がよく、また応用が利くらしい。
【自己支配】を発動させた俺は、先ほどまで動けなかったのが嘘であるかのように軽く立ち上がる。とは言っても、筋肉痛などが治ったわけではないので普通に痛い。
「さてと、じいさんはどこだ?」
起き上がり周りを見ると、じいさんはいない。まさか置き去りに、とか考えていると森のほうからじいさんが歩いてきていた。じいさんのほうに視線を向けると、じいさんのほうはこちらを見て驚いた顔をしている。
「……もう立ち上がれるようになっとるとは、おぬし化け物かの」
「失礼だぞ、じいさん。今だって、体が滅茶苦茶痛いわ」
第一声から人の心配ではなく化け物扱いをしてくるじいさん。失礼なやつだ。
「普通なら、起き上がれんほどのダメージのはずじゃて。立っとるだけで異常だわい」
……確かに。いや、別に納得したわけではない。
「……まあ、よい。ほれ、これを食べるといい。体の痛みが幾分かは落ち着くはずだ」
こちらに訝しげな視線を向けていたじいさんは、なにか諦めたように首を振り、手に持っていた木の実らしきものを差し出してきた。受け取ると、見た目はモモのような感じだった。
「……モモ?」
「モモ?いやそれはセントウという果物じゃ。霊薬の元になる果物での、果物自体にも魔力痛などの症状を和らげる効果がある。大昔には、不老不死にする効果があるとかで権力者たちに高値で売れたらしい。まあ、そんな効果などないがの」
セントウって仙桃ってことか?いや、流石に不老不死の霊薬ではないらしいが。しかも、結局モモじゃない?とは思わなくもない。
「……魔力痛ってなんだ?」
「……いまおぬしがなっとるのがそれじゃ。魔力の過度な供給というのは色々と毒での。過度に魔力を供給されると、それに耐え切れずに体がダメージを負うのじゃ。それが魔力酔いだったり魔力熱だったり、魔力痛になるのじゃ」
「……魔力痛以外にもいろいろあるんだな」
じいさんの説明を受けながら、受け取ったセントウをかじる。すると、ほんの少しだが体が楽になった。一口で効果覿面とか劇薬だろ、と心の中で思ったのは内緒だ。
一つ食べ終わる頃には、体の痛みは完全になくなり【自己支配】なしでも動けるようになった。
「……大丈夫そうじゃの。それじゃあ、遅くなったがそろそろわしの家に向かうとするかの。今から帰ればギリギリ間に合うじゃろ」
「じいさんの家ってどこにあるんだ。ここら辺に街がありそうな気配はないが…」
ここから見渡しても見えるのは森と草原くらいだ。森のほうはかなり広そうだし、街どころか村がありそうにも見えない。しかし、草原のほうは障害物もないためかなり遠くまで見えるが街らしきものはない。
そう思ってじいさんに聞くと、じいさんはキョトンとした顔をしていた。
「……言ってなかったかの?わしは、この森に住んどるんじゃよ」
「……はあ?」
「いやの。現役時代に<剣聖>なんぞと呼ばれるようになってからは、貴族連中の勧誘がうるさくての。結局、街を出て人のいない場所に住み始めたんじゃ。そしたらこれが意外に快適でな、ここ数年は年に2、3回くらいしか街にいかんよ」
「……まじかよ」
「まあ、安心せい。この森におる魔物なぞ、わしやおぬしの敵になるやつなどそうはおらん。逆に食料じゃの」
このじいさん、すごいとは思っていたが予想以上だったようだ。というか、魔物って食えるんだな。そんな風に呆然としている俺をおいて、じいさんは森のほうへ歩き出した。
言いたいことは結構あるが、とりあえず置いて行かれても困るので考えるのをやめ、じいさんの後ろについていくことにする。
◆
じいさんについて森に入ってから、かなりの時間がたった。正確には分からないが、上を見上げれば空は既に茜空から夜空に変わり始めている
。幸いこの世界は月が二つあり、元の世界より明るいため、森の中も何とか歩くことが出来る。……二つ?
「……じいさん、この世界は月が二つあるのが普通なのか?」
「ん?おぬしの居った世界は違うのか?」
まじか。というか今更気付いたが、俺はこの世界のことを何も知らないんだった。ソウェイルもそこらへんは全く教えてくれなかったし、俺自身異世界へ行くという現実に舞い上がっており、そこらへんのことを気にしていなかった。
「なあじいさん。歩きながらでいいからこの世界のこと色々教えてくれねぇか?」
「どうしたんじゃ急に?」
「いや、良く考えたらそこらへんのことは全く聞いてなかったからな。今後、この世界で生きるのに常識なしじゃまずいだろ?」
「……ふむ。確かにそうじゃの。よかろう、どうせまだしばらくは到着せぬからの。何が聞きたいのじゃ?」
俺の言いたいことに納得してくれたのか、じいさんは歩き続けながらも何を聞きたいか問いかけてきた。しかし、こちらに聞かれても何もかも知りたいと言いたいのだが。まあ、向こうからしたら俺がどこまで知っているかも分からない訳だし仕方ないか。
「……じゃあ、とりあえずこの森ってなんていう森なんだ?」
「ふむ。ここはガリオン帝国の東に位置する寄らずの森じゃ。冒険者ギルドによる指定ランクはBランクだったかの」
「ガリオン帝国ってのはどんな国なんだ?」
「ガリオンは、この大陸にある四大国家の一つじゃ。四大国家はエスピオ神聖国、ガリオン帝国、ジュラール獣王国、エビメテ商業国の4つの国のことじゃな。ガリオンは、四大国家の中では一番軍事力に優れておる国だ」
「軍事力に優れているということは、他国と戦争でもしてるのか?」
「いやいや、単に国の周辺に魔物の生息区域があるという理由じゃよ。そもそもガリオンの成り立ちは初代皇帝が、魔物の生息区域を開放して建国したのが始まりじゃからの。そのため、周りが魔物の生息区域のままなんじゃ。
それに対応する力をつけた結果が軍事力最大の国という形に立ったのが正しい。ちなみにこの森もその生息区域の一つじゃがの」
「じゃあ他の国とは仲がいいのか?」
「ジュラールとは同盟を組んでおるよ。ジュラールは隣国だし、この2国は代々王族は冒険者をして経験を積むというしきたりがあっての。そういった似た部分もあってか昔から仲が良いんじゃ。
エスピオとは仲が悪いの。エスピオは、昔から人間至上主義での亜人を迫害しておったのじゃよ。まあ、数代前からその考え方を改める運動が行われておって最近では大分改善されたが依然そういった風潮は消えておらん国じゃ。
最後のエビメテは、可もなく不可もなくじゃの。エビメテはその名の通り商人が作った国での。あそこの国は金のにおいがすれば飛びつくが金が絡まんと動かんからの」
「四大国家以外の国は?」
「小国が何国かあるの。ただ、小国の場合戦争で統合されたりなどが結構あるからの知らぬ間に名前が変わっておるということもある。
まあ、その中で有名なのは、勇者が建国した大和国かの。あそこの国は勇者の故郷の技術やら風習が広められている国じゃ。歴代の勇者の方々はその国に行っては号泣するという逸話があるの」
勇者の国か。しかも大和国ということは、おそらく日本のような国なんだろう。しかも、さらっと何人も勇者がよばれている情報を知れた。
もしかしたら、その内勇者がよばれて同郷の人間に会えるということがあるかもしれないな。それに、大和国があるならこの世界にも日本刀がある可能性が高い。いつか行ってみたいものだ。
「国についてはこれぐらいだの。……ふむ、それ以外はまた日を改めるとしようかの」
「どうしてだ?」
「目的地に着いたからじゃよ」
じいさんがそう言い目線を前に向ける。それにつられて俺も前をみる。すると、そこは開けた場所になっておりその中央にログハウスのような一軒家があった。
「……ようこそ、我が家へ」