■第39話 花火大会
『花火大会、行こうよ・・・。』
ハヤトが照れくさそうに呟く。
8月の第一週目の土曜、ミノリたちの街では花火大会が開催されていた。
夜7時、神社の鳥居前で待ち合わせ。
Tシャツにジーンズ姿のハヤトが、先にその場所に着いた。
丘の上にあるそこは、神社の境内まで上らなくてもそこそこ街並みが見渡せる。
まっすぐ伸びる長い坂道を、目を細めて見下ろしていた。
すると、坂の下に浴衣姿のショートカット。
たまに立ち止まって足元を気にしている。
慣れない桐下駄が痛くて、鼻緒を少し引っ張って足の指との間を広げようとして
いるようだ。
思わず、ハヤトが駆けだした。
まだ長い坂道の半ばあたりにいるミノリを、笑いながら迎えに行く。
そのハヤトの姿に、照れくさそうにミノリが頬を緩めた。
白地にパステルカラーの紫陽花が散りばめられた、涼しげな浴衣。
耳の上には、淡い藤色の花飾り。
浴衣に合わせた紫陽花柄のカゴ巾着を、片手に持っている。
『ま、まさかー。 浴衣で来るとは、思わなかったー。』
棒読みで ”理想デート ”のセリフを言い、ニヤけ顔を抑えられないハヤトに
ミノリが赤くなって一瞬睨み、口ごもる。
(むちゃくちゃ可愛いじゃん・・・。)
ハヤトは緩む頬を堪えられそうになかった。
そっと、手を伸ばす。
するとミノリがそれを掴んだ。
つないだ手と手。
互いの温度が直に伝わる。
嬉しくて、
照れくさくて、
どこか、歯がゆくて。
ふたり、手をつないで神社の石段をのんびり上がる。
階段脇に紅紫のサルスベリがやさしく佇み、夏の香りがふたりを包む。
神社の境内に着くと、そこは思った通りほかに人は誰もいなかった。
相変わらず、せわしなく鳴り響く虫の音。
生ぬるい風が、やさしく木々を揺らす。
ふたり、神社裏手の細い道を通って大きな岩まで進んだ。
真夏の夜7時はまだ明るくて、花火が打ち上がるまではもう少し時間が
ありそうだった。
岩の上に並んで腰掛けると、ミノリが膝の上に置いたカゴ巾着の紐を
ほどき始めた。
隣に座り、それを見ているハヤト。
すると、その中から弁当箱が現れた。
念の為、保冷剤を乗せて中のものが傷まないようにしているようだ。
弁当箱のフタを少しだけ開けて目を細め、ミノリは薄目でその中のものの
状態を覗いている。
『ん?』 ハヤトも覗こうとするが、それは何故か阻まれた。
小首を傾げるハヤトに、ミノリが照れくさそうに言った。
『ダイジョーブそう! よかった・・・。』
そう言ってフタを開けると、そこには出汁巻き玉子。
目を見張るハヤトに、
『だいぶ巾着揺らしちゃったから、傾げちゃったか心配した・・・。』 と、
持参した割り箸を渡すミノリ。
呆然と出汁巻き玉子に目を落とすハヤトに、『ほらほら!』 と割り箸を
押し付ける。
すると、ゆっくり箸を割り、ハヤトが少し緊張して震える手でそれを摘んで
口に入れた。
『・・・・・・・。』
なんの反応もせず俯く顔を、ミノリが心配そうに覗き込む。
『・・・あれ? あんまり美味しくなかった・・・?』
その声に、ガバっと顔を上げると目を潤ませて首を大きく大きく
横に振るハヤト。
(・・・ヤバい・・・ 泣きそう・・・。)
ノドが痞えて、思うように声が出せない。
その代わり、頬を染めて今にも泣き出しそうな表情で、一気にそれを頬張った。
ふわふわで微かに甘い。玉子と出汁が口の中に広がって次の瞬間とけて消えた。
『・・・旨かった・・・
すげー、旨かった。
もう、ほんと。 すげえ、今まで食ったモンの中で、一番。
すげー、すげー・・・ 旨かった・・・。』
真剣に言うその顔に、ミノリがケラケラ笑った。
『それは、大袈裟でしょ~』 と。 でも、とても嬉しそうに笑った。