■第38話 秘密の場所
『・・・やっぱり、ココだ。』
すぐ後ろで響いた、やわらかな耳ざわり良い声色。
やたらと小さくて、恥ずかしがりやで、なかなか聞かせてはもらえなかった
その声。
ハヤトがゆっくり振り返る。
その顔は驚き、もう泣きそうに歪めて・・・
『・・ォンノ・・・。』
涙がノドに痞えて、思うように声が出ないハヤト。
そんなハヤトの隣に、ミノリが静かに腰掛けた。
そして、ハヤトを向いて少し笑う。
『座ってたら、なんにも見えないでしょ? ココ、立たないと。』
目の前は若緑の枝だらけで、閉鎖された緑の要塞のようだった。
ミノリが小さく溜息をついて言う。
『わたししか分かんないじゃない、この場所・・・
他の人、探せないよ・・・。』
ハヤトはなにも言わず、俯いたまま。
『・・・決まったんだね、ご両親の・・・。』
ミノリが遠慮がちに小さく呟くと、微かに『・・・ん。』 と返事をした。
その後は、暫く黙ってふたりでただ座っていた。
ハヤトの膝の上にある茶色い紙袋に目を向けるミノリ。
チラっと中を覗いたそれに、ミノリが頬を緩ませる。
『ほんとに好きなんだね・・・。』
可笑しそうにケラケラ笑う。
ハヤトは少し恥ずかしそうに、まだ手を付けていないそれが入った紙袋の
口を折り畳んだ。
『なんか・・・ あんま、食欲なくて・・・
でも、鯛焼きなら食べれるかなと、思ったんだけど・・・。』
泣いてしまいそうな微笑んでいるような顔で俯くミノリ。
すると、ミノリがその紙袋をハヤトの手から奪って言った。
『はんぶん、ちょうだい。』
一瞬、ミノリに小首を傾げ見つめるハヤト。
ミノリがやさしく続ける。
『わたしに。 はんぶん、ちょうだい。
わたしが、はんぶん貰うから。
わたしが、一緒に。
はんぶん、泣くから・・・。』
ミノリの目から、大粒の涙が溢れた。
『・・・だから・・・
ゴトウ君は、残りのはんぶんだけ・・・
・・・泣けばいいから・・・。』
そう言うと、ミノリは紙袋から出した鯛焼きをふたつに分けた。
そして、それをハヤトの手に渡す。
ハヤトの目にみるみるうちに透明な雫が溢れだす。
肩を震わせて泣きじゃくるハヤトの膝には、次々と雫が落ちてジーンズの色を
濃くする。
ふたりして、泣きながら鯛焼きを食べた。
はんぶんの鯛焼きを。
しょっぱい鯛焼きを、ふたりで。
『ほーんと、ぜんぜんクールなんかじゃないよね~
すぐ凹むし、よく泣くし・・・
鯛焼きとかまるで興味ないって顔しちゃって・・・。』
目元を涙で濡らしたミノリが、やわらかく微笑む。
すると、目も鼻も真っ赤にしたハヤトが、ミノリを見つめた。
『コンノのことが・・・俺。 好きなんだ・・・。』
目を細め、顔を綻ばすミノリ。
そっと、ハヤトに手を伸ばす。
『あんこ。 ついてる・・・。』
ハヤトの口横に付いた鯛焼きのあんこを指先でつまむと、笑って言った。
『ぜーんぜん、カッコ良くもないよね~・・・。』
そう笑うミノリの顔が眩しすぎて、ハヤトはまた溢れそうになる涙を
堪えられそうになかった。