■第27話 最後と始め
大晦日。
年越しの準備に慌ただしいコンノ家の夕方のキッチン。
母親の隣に立つエプロン姿のミノリ。
重箱に詰められていく料理は、昆布巻きや黒豆、なます。
うま煮は母親の十八番のひとつで。
そんな中、ミノリは玉子焼き用のフライパンを熱し、やや多目のサラダ油を
敷いていた。
ミノリの一番得意なもの。 ”出汁巻き玉子 ”
毎年、出汁巻きだけはミノリが担当していたのだった。
その夜の夕食は、家族ですき焼きをつつき、除夜の鐘が鳴る頃までは家族各々が
テレビを見たり、お風呂に入ったり、ゆったりした時間を過ごしていた。
ミノリは夕飯を済ませると、慌てて自室へ上がりPCの電源を入れる。
【グローブ】:ごはん食べた?
せめて大晦日ぐらいはちゃんと母親と一緒にいるのか心配になり、訊くミノリ。
【mosso】:うん。食べたよ。
母親は仕事絡みで出掛けていた。
その朝の食卓テーブルには、1万円札が3枚、高級クリスタルグラスで
押さえられていた。
正月三が日あたりまで、これでやり過ごせという事のようだ。
ミノリが少し悩み、訊いていいものかどうか間をおき、訊ねる。
【グローブ】:お母さんは・・・?
暗い部屋で画面に向かうハヤトが、小さく笑った。
【mosso】:仕事じゃない?w
『ほんとは笑ってないくせに・・・。』 mossoの ”w ”を睨み、
小さく呟くミノリ。
静かな部屋にポツンとひとり、背中を丸めるmossoを想像する。
【グローブ】:ねぇ、出汁巻き玉子って好き?
【mosso】:出汁巻き玉子・・・? うん。なんで??
その返答にミノリが画面を見つめ微笑んだ。
【グローブ】:わたし、チョー得意なの! これだけは自信あるの!!
そして、ミノリが続けた。
【グローブ】:うちに食べに来ない?w
画面を凝視するハヤト。
目を見開き、少し震えるノドでゆっくり息をする。
ミノリは、大晦日にひとりでいる自分を心配している。
心配してくれている。
誰かも分からないmossoという人間を、ここまで気に掛けてくれている。
行きたい・・・
行きたいよ・・・
出汁巻き玉子、食いたいよ・・・
コンノに。
コンノに、会いたいよ・・・
うな垂れ、口許に拳をあてて目をすがめる。
涙が溢れそうな目。
咄嗟に上を向いて、その雫がこぼれないよう堪えたつもりが、それは目尻から
呆気なく伝い流れた。
【mosso】:行けたら、ほんとに行くのになw
ありがとう・・・
ミノリは、階下リビングでの家族の団欒には戻らずに、ずっとPCの前にいた。
電波向こうのmossoと、ずっとふたりで他愛ない会話を交わしていた。
ハヤトもそれに気付いていた。
しかし、どうしてもミノリと一緒にいたくて ”家族はいいの? ”という一言は
言えず・・・
時計の針が11時59分を指していた。
【グローブ】:今年いちねん、ありがとうw
次の瞬間、00分に変わった。
【グローブ】:新年も、よろしくね~w
年の最後と、年の始めに。
ミノリと一緒にいた。
数年ぶりに、ひとりぼっちではない大晦日と元旦だった。
震える指先で、ためらいながら文字を打つ。
この4文字を見たら、ミノリは驚くだろうか。
広い意味で解釈してくれるだろうか。
でも、伝えたくて伝えたくて、仕方がなかった。
【mosso】:好きだよ
画面にこの一行が表示されて、すぐ。
考える時間も、悩む時間もなく。さも当たり前のように。
ミノリが返す。
【グローブ】:わたしもー! 大好きだよ、mosso!!ww
後悔という名の重い雪が、ハヤトの胸に静かに静かに降り積もる。




