■第26話 終業式
季節は過ぎる。
イチョウの葉が木枯らしに揺れる暖色の秋は、肌を刺すような冷たい真っ白な
冬に変わっていた。
2-Aの教室。窓の外にはやわらかな綿のような雪が舞う。
葉が一枚もない木々の枝の焦茶色と雪の白色のコントラストが、
どこか寂しげで。
窓側最後席のミノリ。
相変わらず、右隣を向けばハヤトがいた。
気怠そうに机に突っ伏すスタイルは変わらないものの、その顔は左側を向いて
寝ている為ミノリが右を向くと常にバッチリ、ハヤトの寝顔が目に飛び込んで
くる事になるわけで。
(キンチョーするから、せめてアッチ向いてくれないかなぁ・・・。)
チラチラ横目で右隣を確認しているミノリを、ハヤトがこっそり薄目を開けて
見ているのは気付かれていないようだった。
12月は師が走る。
期末試験が終わったと思ったら、驚くほど早く2学期の終業式の日が来た。
冬休みに入るという事は、当たり前だが学校には来ないという事だ。
学校に来ないという事は、互いに顔を合わせることがないという事で。
会えない。
しばらく、会えない。
なにか口実をさがす。
会うための、口実を。
例えば何かを貸す、とか。
借りる、とか。
なにか。
なにか、適当な理由がほしい。
なんでもいい。会うための理由が。 ほしい、のに・・・
結局互いになにも切り出せないまま、ミノリは机の上にカバンを置き立ち
上がるとミトンの手袋をはめてマフラーを首元にふんわり巻き少しだけ俯いた。
そして、マフラーを少しずり上げて口許を隠すと、恥ずかしそうにハヤトに
目を向ける。
『じゃあね、ゴトウ君・・・ よいお年を・・・。』
年の最後の最後に勇気を振り絞って、ミノリはハヤトに声を掛けた。
小走りで駆けて教室を出てゆく濃紺ピーコートの背中を、ハヤトはただ黙って
見ていた。
思わず、立ち上がりその背中を追い掛ける。
勢いよく立ち上がった為、イスが後方に引っくり返り教室内に大きな音を
響かせた。
靴箱前でムートンブーツに手をかけるミノリへ、声を掛けようとしたその時。
『ハヤトぉぉぉおおお!!!』
甘ったるい鼻に掛かったハルカの声が、廊下向こうから呼び掛けている。
聴こえなかったことには出来そうにない、その甲高い声。
一瞬、靴箱手前で立ち竦むハヤトに目を遣ったミノリが、その声に俯き、
顔を背けた。
そして、雪がしんしんと降る中、赤い傘を差して足早に駆けて行ってしまった。
その赤い傘を見ていた。
真っ白い景色に、溶けて、消えて、なくなってしまうんじゃないかと思うほど
その赤色は寂しげでちっぽけだった。