■第10話 雨の日の
その日は、午後から雨が降った。
ハルカが鼻に掛かる甘えた声で、ハヤトにすり寄る。
机に突っ伏しているのだから ”話し掛けるな ”という無言のサインなのに
そんな空気は読むはずもなく、ハヤトの肩口をグリグリ押して揺らすハルカ。
『ハヤトぉ~、傘あるぅ・・・?
アタシ、持って来てないから一緒に帰ろうよぉ。』
(ハヤト、って・・・
いつの間に呼び捨てするほど仲良くなったの? 俺ら・・・)
目線だけ向けると、異常に長いまつ毛でニコリと嘘っぽくハルカは微笑んだ。
靴箱前に立つハヤト。
自分のそれから外履きを取り出し、気怠げに背中を丸めて履き替えていると、
同じクラスの女子が隣に立ち、外履きに手を掛けた。
一瞬目が合うと、その女子は目線だけで会釈をした。
それに、ハヤトも目線だけで返す。
(なんて名前のやつだっけ・・・)
『ハヤトぉぉおおおお!!!』 ハルカの声に、その方向へ顔を向けると
走り寄って来て腕にしっかり絡みついて来た。
ハヤトの二の腕に、明らかに胸を当てにきている。
(あーぁ・・・・・・ まじ、サイアク。)
絡みつくハルカと共に昇降口の段差を下り、傘を広げて歩き出したハヤト。
至近距離で匂い立つハルカのドぎついコロンが、むせ返るような湿った雨の
においと相まっていつも以上に強烈だ。
ハヤトは少し体を傾げそのコロンから逃げると、片方の肩だけ傘からはみ出て
雨に濡れた。
『ねぇ。 駅前で、お茶して帰ろうよぉ~』
ハルカの声が耳に不快でならない。
せめて黙っててくれたらいいのに、と心の底から思っていた。
ふと、先ほど靴箱前で一緒になった同じクラスの女子のことを思い出した。
(なんて名前のやつだっけ・・・
ショートカットの・・・ えーぇと・・・。)
雨粒に叩き付けられる校庭の砂土は、濁った黄土色の水溜りを幾つも作り
誰かの忘れ物のスポーツタオルがサッカーのゴールポストに掛かって
しな垂れている。
何気なく、雨の雫が絶え間なく降り続く校庭脇の道で立ち止まったハヤト。
そっと、振り返る。
すると、昇降口でいまだ留まっている、ショートカット。
『どうしたのぉ~?』 ハルカに急かされ、また前を向いて歩き出したハヤト。
なんとなく気になっていた。
そして、
もう一度振り返った。
そこには、傘を差しているというのに、なんだかまるでズブ濡れのような
面持ちのクラスメイトが昇降口下でいまだ佇んでいた。
どこか自信なさげに、しかし真っ直ぐ、ハヤトを見つめていた。