■第1話 コンノ ミノリ
それは、まるでドラマのワンシーンの様で。
誰もいない放課後の教室。
窓際に、ふたりきり。
やわらかく差し込む西日が机にしっとり反射している。
その姿は逆光でよく見えはしないはずなのに、スラリとしたシルエットと
自信に満ちた佇まいで、まるでそのふたりの場所だけ四方八方からライトが
当たっているかのように眩しく感じた。
ゴトウ ハヤトは、学年イチ可愛いサエキ ハルカから告白をされていた。
あまりに優美で、雅びやかなその光景。
ハヤトに片想いをして早1年半。
コンノ ミノリは己のこれでもかという程の運の無さに、半ば呆れて嘲った。
その日の放課後。
教室に忘れ物をしたのを思い出したミノリ。
校舎を後にし、だいぶ経ってから気付いたそれは、別に明日登校した際でも
全く構わなかったはずなのに、何故かわざわざ通学路を引き返し取りに戻った。
廊下の床に、窓枠の形が映る夕陽の跡。
吹奏楽部員がコジン練をしている金管楽器の音色が、途切れ途切れにそよぐ。
小走りで2年生の教室が並ぶ2階への階段を駆け上がったミノリ。
2-Aの誰もいないはずの教室の扉に手をかけ勢いよく引いた時に見えたもの。
それは、若手俳優とアイドルタレントのような趣きのふたりの姿だった。
更に、ド・ビンゴで耳に入った『付き合おうよ。』という鼻に掛かった
ソプラノの声。
(そんな・・・ 軽っい感じで言うもんなの・・・?)
内心、ミノリが思った刹那。
『いーけど。』 ハヤトが返した。
(・・・いーのかよっ)
微塵も熟慮する気配なく、アッサリ返された返事。
ハヤトの顔は、喜んでいる風でも照れている風でもなく、
むしろ面倒くさいから早く終わらせたいとでも思っている様に見えた。
その俳優とアイドルは互いに1行ずつの遣り取りを、なんの盛り上がりもなく
淡白な感じで済ますと、教室入口で真っ赤な顔をして目を見開く目撃者を一瞥
して教室後方の扉から揃って無言で出て行った。
そのふたりの後ろ姿を呆然と見ていた。
笑ってしまうくらい、お似合いなカップルのその背中を、ひとり。
ツイてない。
ツイてない。
どっちにしろ、ツイてない。
ミノリの1年半の淡い想いが、
見事に散って、吹き飛んで、消え失せた瞬間だった。
凹んで、呆れて、笑って、気が付くとひとり爆笑して家に帰り自室にこもる。
そして、商店街で買った鯛焼き10個を、笑いながら貪っていた。
笑いながら、泣きながら。
そのしょっぱい鯛焼きを。10個。夕飯前に。
『ぁ・・・ 忘れモン・・・ 教室に忘れた・・・。』
うら寂しげに、鯛焼き片手に床にペタンと座り込んでひとりごちた。