表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1989年  作者: 淡嶺雲
1/1

プロローグ

プロローグ


 10時33分発特急ふじ5号東京行きは定刻通り浜松駅を発車した。車内は思いのほか混雑してはおらず、いくつか空席もあった。彼女の隣の席も空席であった。1日わずか5往復ばかりの列車でこれだけ空席が目立つのは不思議とも思えたが、昨今の政治情勢を考えれば首肯せざるを得なかった。  

 納得すると同時に彼女は自分がこの車内で奇異な存在ではないかと心配になった。べつに15,6ほどの年頃の少女が東へ向かうのはおかしくはない。東西交流の一環で親善試合や青年団の交流が行われるたびに、たくさんの少年少女たちが乗車していたのだ。しかし、この時期に、しかも一人で東へ向かうとなるとどうだろうか。表向きは祖母の家を訪ねるともっともらしい理由をつけて申請を行っているため係官に尋ねられても大丈夫であろう。

 しかし疑いの目を向けられて調べられれば、と心配になった。後見人に出会えるまで、できる限り目立つ言動は慎もう。そのために慣れないこの長いスカートを履き、自慢のストレートヘアーをわざわざ後ろで束ねているのだ。東では風紀が厳しいらしいく、そのようにしなければ西の退廃的文化の影響を受けていると疑われる。

 そのとき、おお、という声が乗客からあがった。皆左側の窓を見ている。少女は何事かと思い窓の外を見て、そして目を見張った。

 彼女は、上司が珍しく気をきかせて左側の窓側席を取ってくれていたことに感謝した。そこにあったのはかつて写真やテレビでしか見たことのない雄姿であった。日本人の誇りであり、神代より語り継がれた聖なる山。山体を形作るカーブは何者にも遮られることなくまっすぐ麓まで下りてくる。頂きに白化粧をまとった富士の高嶺が、目の前にそびえていた。

 目を輝かせている少女をよそに、列車は減速していた。鉄橋を渡り終わると、その巨大な山を前にして、列車は停止した。

 車内アナウンスが、富士川の国境検問所に停車したことを告げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ