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『マリちゃん、マリちゃん』
勇者、討伐はまたサボリか。
『磯の香りでさ、ワカメと豆腐のお味噌汁を思い出しちゃった』
キラキラした目をしてるけど、また味噌が無いことがすっ飛んだな。
「ワカメは難しいかもしれんな」
『なんでーっ!陸と違って海はつながってるからどこでもあるよ!きっと!』
出たな!駄々っ子モード。
「ワカメが泳ぐかっ!そもそも海洋生物がどこにでも出没するわけではない」
とりあえず、難しいことを言ってごまかそう。少しは静かになるだろう。
「海流に乗れば移動しやすいけど種別によってはほとんど移動しないぞ。ましてその生物にとっての生きやすい環境と言うのがある」
『…マリちゃん。もっとわかりやすく…』
「熱帯魚が北極海にいるか?エンゼルフィッシュが北極熊とたわむれるか?」
『ないと思う』
さすがに即答した。
「海がつながっててもどこでも同じものが採れるわけじゃないのはわかった?」
『な、なんとなく…』
「それにワカメは遊走子の間は多少動くけど、根を張ったら動かないぞ」
『遊走子って?』
「…生物の教科書に載ってたと思うんだけど…」
『文系だから!』
「…あそ。ところでワカメの英名知ってる?」
『…wakame…なんてね』
「正解。元々生息してなかったのにバラスト水からの外来種として嫌がられてたんだよね」
『マジでワカメ?で、バラ…』
「バラスト。貨物船は荷物積んでなんぼだから、空っぽだと浮き上がって転覆しやすくなったりすんだよ。で、荷物の代わりにその辺の海水を入れてって、次に荷物を入れる所でその水を適当に捨てるの」
『ふんふん』
「その水からワカメが増えて元からある他の海藻を駆逐したりしていた、というのが前世の状況」
『へえー。増えるワカ…』
ベシっ!
「それと違う!」
リース商会のカスレ支店の小会議室は現在、私の休憩所ってか、新商品開発部ってか、勇者とのだべり室になっている。
従姉兄たちはそこに私のために色々小物を用意しておいてくれた。リンデンティー、カップ、程よい長さの棒など。
勇者の教育をするにはもってこいの場所だ。
「浜や漁港も回ったけど、海藻にあんまり興味がないみたいで収穫されてなかったよ」
勇者はがっくりとうなだれた。
「そこでだ。勇者お前自力で海藻を集めて来い。後から使えるようにどこで何が採れたかチェックも忘れずにね」
ノートとペンを手渡した。
「ワカメとか海苔とか昆布とかヒジキとか……いっぱい見つければそれだけ食が豊かになるよ」
天使の笑みを浮かべてみた。
勇者は一瞬呆然としたあとで、力いっぱい宣言した。
『頑張るよ。マリちゃんのために日本食を再現してみせる』
「よし、行って来い。ついでに魔物退治もやって来い。お前の仕事だろ」
『行って来ます!』
勇者が出て行ってしばらくしたら、隣の部屋との境のドアが開いた。
「従兄さん。勇者が海洋資源の開発にタダで協力してくれるって♪」
『助かるよ。マリアンヌ』
リース商会の現在一番の売りは食である。
『カスレに支店作った分の元は取らなきゃね』
勇者の持つ食事への飽くなき探求心がリース商会の明日を支えている。
でもまあ、〈カレーではない何か〉だけでもいいから…………勇者二度と帰って来なくていいぞ。
ってか、早く王都に帰って妹に会いたい。あ、弟へのお土産になりそうなものができたか確認しなきゃ。




