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『マリアンヌ。その踏みつけるの、スカートだと危ないから…』
ひとしきり暴れて落ち着いたらしい赤牛が囁いた。
「スカートの下にキュロット履いてるよ」
『それでも、コイツらに見せちゃダメ』
うーん。ぶっちゃけ何も見えないと思う。だって、足元のヤツ意識無いよね。
他の意識あるヤツらに見せてるだけだし、足跡付けてるだけだし………。
「ルネ兄が早く出てくるから、これ出す暇がなかった」
残念そうな顔で短剣を手にした。抜き身で軽く振り回した。
『マリアンヌさん、それどこから出しました?』
「秘密です」
剣士さんの疑問はウインクではぐらかした。
『予備の棒も持ってましたよね』
「あ、これ?」
棒を取り出すと短剣を落としかける。足元に。
周囲から悲鳴が上がった。野太い声が多くてイマイチだわ。
「これね。畳んで持ち運んで、伸ばして使うの」
棒を伸ばしてトンと足元に衝くとやっぱり悲鳴が上がった。
『マリアンヌさん。短剣を落としそうでしたが…』
「落としても緩衝材で刃こぼれしないから大丈夫」
『緩衝材じゃなくて盗賊です』
『マリアンヌに剣を向けたヤツの人権なんて考えなくていい』
『とりあえず人間だからっ』
「うん、そうだね。緩衝材っていう冗談はおいて…たまには短剣を取り落としたりすることはあるよね」
『………あるけど…』
剣士さんがなぜか力なく同意してくれた。
「私握力足りないから疲れると余計にあるかも」
天使の笑みと兄が絶賛する笑顔を作り出す。
一瞬にして広場全体が静まり返った。見なくても兄は見惚れてるに決まっている。
『マリアンヌさんってラスボスで素敵』
剣士さんは引きつった笑顔だけど、魔術師さんは普通に笑顔になってた。
踏みつける以外何もしてないのに何故ラスボス判定?
「ねぇ、兄様。この人たちってカスレ騎士団が拘束するの?」
小首を傾げて聞いた。
『……兄様……』
赤牛は恍惚とした表情でつぶやいた。喜びを噛みしめてるんだろう。
会話が続かなくなるので手にした棒で頭を小突いた。
「聞いてるんだけど!」
『マリアンヌーっ』
目の焦点が合った瞬間に飛びついてきそうになったから、下についた棒を起点に右に避けた。
足元から、ぐへっとうめき声が聞こえたのは気のせいさ。
兄の後頭部に手が当たったのも気のせい。
「話を聞け」
『あ、うん。…刑罰が決まるまでカスレ騎士団預かりだよ』
頭に刺激を与えたせいか、正常に戻った。
「刑期を終えて出てくるまで、手出しできないのかぁ……」
小声でつぶやいた。
『あ、赤牛!』
捕らえた盗賊団から上がった声に兄が鋭い視線を返した。
『ル、ルネ様!今までの罪を全部告白するんで、しばらくシャバに出さないでーっ』
『ルネ様!お願いします!』
『副団長様、妹殿から守って下さいっ』
あのー。私まだ何もしてませんよ。
兄にお仕置きしただけじゃん。…違った。叩いてみたら正常に戻るか試してみただけ。
赤牛だかなんだかしんないけど、私に危害を加えることはないし、絶対安全圏で22年の付き合いだもん。………訂正、17年の付き合いとブランク5年。この度、ブランクをさらに延長することを決めた。コイツに付き合うとロクなことになんない。
ってか、いっそのことカスレに骨を埋めるほどに頑張れ。
王都に二度と戻って来るな!




