86
ちょっと不機嫌である。
せっかく馬鹿兄に勝ったのに、カスレ騎士団からはまだマリアンヌ様と呼ばれていた。
カスレの赤牛(兄のことらしい)を倒し、騎士団団長から腕を認められた存在に様をつけずには呼べないらしい。
要らん!むしろお断りだ。
しかも兄妹対決は兄が妹の怒りを発散させる為にやんわり相手をして長引くと予想し、何が起きたのか見逃した騎士が多数いたらしい。鷹のような早業で赤牛を仕留めたと……どこの鷹が牛なんてデカいの狙うんだよ。
とにかく、勝負を見逃したことにカスレ騎士団の団長が立腹して2時間の特別訓練があったと聞いた。騎士団の団員に生傷が増えてたのそのせいか。
あ、忘れかけてたけど、カスレの赤牛ってのは特徴的な赤毛とデカい身体と、暴走したら止められないとこと、面倒くさいと梃子でも動かないことで付いた徒名だってさ。あのヤローまた仕事サボってやがるな。
前は仕事中でも私の尾行したり………ああ、ヤツに言わせると護衛だっけ。
ってか、赤牛か、牛。もっとマトモな名前を思いつけなかったのか?赤鬼でいいじゃんって鬼が通じるの日本か……ええと、じゃぁ……彗せ……牛でいいや。考えるの面倒くさい。
ちなみに、騎士団団長は金熊。やっぱり誰が見ても熊だったか。もうクマさんと呼んでいいよね。どうせ名前覚えてないしクマさんで行こ。
昨日は、主にカスレ騎士団の訓練のせいで、遅くなったのでその後の行事が全て飛んで、従姉と一緒に宿に泊まった。
今日の予定は、領主に挨拶、いや勇者がなんだけど、なぜか呼ばれてて、従姉兄たちも一緒に来てくれるっていうからいいんだけど………とにかく、面倒くさい。私の方からは用事が無いんだから、そっちから来いや。町娘が断れるわきゃないんだから権力の乱用だ!と言う本音はさておき、まずは久しぶりに従兄に会うんだ。
『マリアンヌ。久しぶり。来た早々何をやらかしたの?』
リース商会カスレ支店の支店長室に案内されて従兄の最初の一言がこれだ。
「特に何も。いつものように変態に引導を渡したくらい?」
『カスレの暴れ牛に?』
そんな名前もあるんだな。
「相変わらずやたら丈夫で掠り傷しか負わせらんない」
『…騎士団内部の話で箝口令がひかれてるから町中には伝わって来てないけど、やり過ぎだよ』
「変態に出逢ったら即潰せって習ったよ」
『ルネにね』
だから潰したんじゃん。遠慮なく。間違ってないぞ。惜しむらくは、二度と立ち上がれないほどには潰せなかっただけだ。




