72
心の中で悪態をつきながら、馬車に揺られていた。カスレ遠いし。王様はともかく、家族が一致団結して送り出してくれたのが痛かった。
初めての旅が勇者の討伐同行って涙しか出んわ。
『マリアンヌ』
従姉がこっちを向いた。緩やかにウェーブした金髪がさらっと揺れた。
この幌馬車に乗ってるのは、従姉と勇者である。勇者と2人っきりなんて有り得んと思ってたら、普通に従姉の馬車だった。一応、町娘とはいえ未婚だからな。男性と半個室で長旅ってわけにはいかん。
従姉は旦那を王都に置いてきた。叔母の跡継ぎに婿入りしてきた彼は商売の修行中。元冒険者だから、そこそこ腕は立つがちょっと脳筋ぽいところが…。
美人で評判の従姉に護衛の仕事で一目惚れしたのはいいけど、結婚するまで性格的に問題あることに気づかなかったのかな。
笑顔は武器と言い切る商売人。そして絶対にS属性。『うちの弟の泣き顔が超可愛いの』って身体を鍛える名目で叩き伏せて従兄を泣かしてたじゃん。あれマジ泣きしてたよ。従兄が結婚してない理由の女性不信の原因を知ってるのは私だけだ。いや、従兄は『いい人が見つからない』とか言い訳してる時点で女性不信すら誰も知らないかもしれない。
「何、姉さん」
私が姉さんと呼ぶのは1人だけ。ってか姉さん呼びを強要されてる。
『マリアンヌが勇者様と知り合ってくれたおかげでウチとしては非常に助かってるの。だから、そろそろウチに入って』
飛びっきりの笑顔来ました。これでどんな相手もイチコロ。でも、子供の頃から見慣れた私には効かない。
しかも、勇者と知り合ったんじゃなくて、まとわり付かれて困ってんだけど。
「その件はずいぶん前にお断りしたはずです」
こき使う気だろ。リール商会にまともに関わったら、骨の髄まで搾り取られるわ。
商会って言うけど、商品もブームも作るからね。最近の新商品は〈カレーではない何か〉、豆腐、蒸留酒だ。蒸留酒作ってるのは叔父のとこ。残りは自社製品だ。
『相変わらずつれないのね。でもそこが魅力的よね』
後半は勇者に向かって話してた。勇者は頷いた。
『マリちゃん、照れ屋だし』
違うわ!
照れてんじゃなくて、マジ迷惑なんだよ。
『危ないから止めてじゃなくて、死にたいのかになっちゃうとことか…口下手だよね』
止める気がないだけです。危険を知った上で実行するなら止めないよ。
『ウチに入る気はないって言いながら、〈カレー〉とか委託してくるでしょ。可愛いったら』
自由な時間が欲しいの。切実に!
『豆腐を運ぶのに教えてくれた、凍らしてから乾燥させるのアレもなかなかスゴいわよね。アイデアとか技術とか隠し持ってるのよ』
『マリちゃん頭いいよね』
単に高野豆腐だし。
まだ馬車旅は始まったばっか。でも、もうヤダ。どこかでスカッと暴れたい。ってか二度と旅行なんてするか!




