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『そういや、ポークビーンズっていつ作ってくれるの?』
作るって約束もしてない。
『期待してるのに』
キラキラした目で見られてるんだけど、勇者のこの思い込みはなんとかならないかな。いっそ殴ってみたらどうだろうか。
「気がついてないかもしれないが」
『ん?』
「まずはトマトを発見してから言ってくれ」
『ええっ!』
この節穴めっ。
「私は生まれてから今までトマトを見たことはない」
『マジっ!』
驚くな。2年もいるんだから知っとけ。
トマトに興味もないが、叔父が農業やってるし、日常の買い物は私がやるから色々見てる。
「そもそも前世の世界でも西洋にトマトが伝来したのは大航海時代にアメリカ大陸に到着以後。しかも、しばらくは観賞用だったんだ。こちらでも無くても不思議はない」
『観賞用なんてもったいない』
「ベラドンナに似てたから」
『ベラドンナって?』
「毒草だな。瞳孔を広げたり、かぶれたり、嘔吐したり…」
『トマトって毒なの?』
話聞けよ。そもそもトマト食ってただろ?気づけ。
「ベラドンナが毒で薬。トマトは食用。でも、この世界のトマトがどんなんだかは知らない」
『マリちゃん詳しいよね』
「アルカロイドについてはそこそこ勉強してたから」
『アルカリ?』
「アルカロイド。わかりやすく言うと、うーん。天然の毒?」
『勉強って仕事?』
「どちらというと趣味」
『毒が趣味なのっ?』
別に毒殺が趣味じゃないぞ。
「アトロピンは神経毒に対する薬だ」
『そのアンドロメダって何?』
ちゃうわ!なぜかなまった。
アンドロメダはギリシャ神話に登場する王女じゃないか。ってか、アとロしか合ってないわ!
「アトロピン。ベラドンナに含まれる成分の一つ」
『よくわかんないけど、そのベラとかベロとかいうのとトマトが間違えられたんだね』
わざとか?お前わざと間違えてんのか?さっきからヒドいけどわざとなのか?わざとなら殴ってもいいよね………マズいかな?
「間違えられたってか、似てるから毒じゃね?って思われて食べなかっただけ」
『うーん。よくわかんなかった』
お前がわかるのは食べられるか食べらんないかだけだな。
「つまりはトマトを見つけない限りトマト料理は作れないってことだ」
『えっ!トマトケチャップもないのっ?』
その話前にしたよね。鳥頭な勇者お前覚えてるか?覚えてないよね。はい。理解しました。
そもそもトマトケチャップが欲しいって言いながらトマトがないことに気がつかないのってどうなん?
『気づいたんだけど、もしかして、マリちゃんって知識が妙に片寄ってない?』
片寄ってますが何か?
お前も興味の方向が食に片寄ってるだろ。人間なんてそんなもんだ。特に問題はない。ってか、こんな時間なんだけど、もしかして今日も人んちで夕飯を食べていく気か?
さっさと帰れ!二度と来るな!




