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 昼間っからただ外で立っているとか、単に待ち時間ではあるけど、その時間がもったいない。

 立っているのが仕事ってなんだよ。開店準備のために席を外しているツヴァイに心の中で悪態をついている。表面的には笑顔だ。

 栄えある開店イベントで、不機嫌な顔を晒すわけにはいかない。

 しかしだ。一時間も前から立っている意味はわからない。そして、ギルドで宣伝してきたからと言って、いつもの冒険者のオジサマたちが整理券を奪い合うのもわからない。お前ら暇か。どんなに頑張ったって、私がパンにソーセージを挟んで渡すだけだぞ。っていうか、それってオーナーの仕事か? 視察から、プレゼンターにいつの間に変化した? 業務内容変更なら、契約書に明記しろよ。

 あれ、この場合、契約者は誰になるのかな。もしかして、甲も乙も私か。契約としてなりたたないかも。またツヴァイに嵌められたのか。さりげなくこき使うからな。


 そして、ラッキーアイテムの権利ゲットって、コイツら何を言っているんだろうか。

 ツヴァイは何を企んだんだ。


 とりあえず、二十名が木札を手にいそいそと、しかもキレイに並んだ。隣の店に迷惑をかけないように考慮してあるらしい。たくましい冒険者が勢揃いした様子に通行人も注目している。


 開店三十分前に勇者が現われた。とりあえず、店の中の食事にチャレンジするらしい。

 うん、普通そうだろう。店内も持ち帰りも半額なら、まずは中で食事だよな。中はまともな食事で、持ち帰りはいわゆるファストフードだから、値引き額的には中が得だ。

 中の食事は嫌いなものしかないというなら話は別だが。

 ああ、予算を超えて高すぎるなら、少しでも安い持ち帰りだ。市民はもともとあまり昼食は食べないから、予算がゼロなら明らかに高い。

 他の理由としては…持ち帰り料理の方に強い関心がある場合もあるか。冒険者なら仕事の合間に手軽に食べられるものを試したいだろう。できれば、おいしいものを食べたいのは当然だ。私だってそうなんだから。おいしいレバーペーストとおいしいライ麦パンにおいしいスープ。プラス弟妹で幸せだな。妹がそこそこ大きくなって膝に乗せて食事とかできなくなったのが残念だ。さすがに重すぎる。小さい時には私の膝が指定席だったのに。


 そろそろ意識が遠のくかと思ったが、ツヴァイの姿を見て目が覚めた。

 移動式のかまどに、パンが乗った木皿などを私の前に運ぶ。そろそろ開店時刻か。木札を持った冒険者の後ろに、争奪戦に敗れたオジサマたち、さらに一般の人とおぼしき長い行列ができている。いつの間に。…やっぱり、意識は飛んでたか。立ったまま寝る技術は現世でも取得していたらしい。昔々、朝礼とかいうやつで、下らない話をスルーするために磨いたもので、主に下腿などの姿勢を保つ筋肉を働かせたまま、思考の方を休ませる。

 頭脳労働者だから、休ませるなら第一には脳。採るならグルコース。

 次に身体だ。寝ようと思えば、寝袋で事務机の下で熟睡できる。実験ベンチの前の床は遠慮したい。ガラス器具も試薬も危険だ。特に自分の実験じゃなくて他人のは。何をどう扱ってるかわかんないからな。

 実験で泊まる時も仮眠室で寝る規則だった。寝ぼけて色々やっちまうヤツも居たしね。ってかパラメータを少しずついじって何十もの試行のうち成功したのが、半覚醒の一回だけとかふざけたのもいたな。結局、データをつめて再現できるようになるまでそれから三ヶ月。開発チームの一人の意外なミスでやっと同じ結果が得られた。そっから、効率性を上げるのが早かったのは、さすがうちの精鋭たち。最初に寝落ちしたヤツが、しばらく残業を禁じられて悔しがったのも、うちの連中らしさか。異常なほどの仕事好きの山だったし。

 成果は大切だけど、倒れられても困る。失態の責任として半年間残業不可にしたが、本当は休養を取らすためだ。どうせなら、完全に休ませたかったが、それだと余計にダメになりそうとか、どんだけだ。仕事が無いと気も休まらんとかおかしいだろう。



 ん? そろそろ時間か。

 ソーセージを掴んで、パンに挟んでにっこり笑って、お金と交換。これを繰り返すこと二十回。

 本日のノルマ終了。

 あとは新人販売員がやってくれる。

 今日は客が多いから、クッキーの試食も手伝う。割れているのを皿に盛られたまま差し出すだけ。たまに焦げているのは、お愛嬌。火力の調整は難しい。薪のカマドで焼こうとか、ツヴァイもチャレンジャー。私はどんぐりクッキーで諦めた。暇つぶしで収率を気にしないか、失敗作も処分できる状態じゃないとムリ。特別製のカマドでも良品は六割。コレの為に職人が一人いるらしい。だから、枚数限定、売り切れ御免。今回は前もって数日かけて揃えてあるからいいけど、明日っからはどれだけ準備できるか不明の代物だ。

 試食したオジサマ達がこぞって買い求めるが、私に言っても無駄だ。あくまでも試食配布係。販売は隣の店員の係だ。越権行為はしない。客商売は苦手だ。ツヴァイに頼まれてなければ、裏方希望。調理で役に立てるとは思えないし、ここを支える従業員で回せないと困る。だから、今日だけの試食配布。明日っからは自力で買って試せ。それとドーナツには試食は無いから所望すんな。私はオーナーだが、この店の権限はツヴァイにある。損益分岐点を見た記憶から言ってもドーナツを試食に回すと危険だ。初日だからそんくらい負けろと前世なら思ったかもしれないが、現世ではセールや試食は珍しい。つまり既に宣伝は目一杯だ。

 ん?そもそも前世なら行列には近づかないよな。値引き以前の問題だった。人混み嫌い。独自独歩を行くので、行列とか流行りとか関係ない。行列に並んだといえば、チビとのデートくらいしか記憶にない。空いてる店が好きなせいか、気がついたら閉店していたことも一度や二度ではなかった気がする。普通に計算したら赤字になるんじゃないかってくらいがら空きだった。家賃無しの土地持ちで、むしろ安定した家賃収入があって、趣味の域を越えない程度に地道ならイケるか。あ、それってうちの会社か。遺産として受け継いだ土地に自社ビル、社員寮、特許権収入に営業利益でぼちぼちと。


 叫び声が聞こえた。

 ってか、あの声は勇者。

 とりあえず、試食用のジンジャークッキーもなくなったことだし、皿をテーブルの上に置いてそちらに向かう。


『何でソーセージが黒いの? 何でパンが黒いの? トマトケチャップはどこぉ?』


 片手にそれを持った勇者が、涙ながらに騒いでいた。


『このソーセージは血も入ってますから黒いですが、私の国では珍しくないですよ』


 ツヴァイがいつも通りの静かな口調で返していた。

 私が近づいたのを見ると、販売員からトングを借りて湯の中からソーセージを一本取り出した。軽く振って、スライス済みのライ麦パンに挟んで手渡してくれた。

 軽く礼を言ってかぶりつく。


「何の問題もない」


 ツヴァイを見て頷いた。ツヴァイも軽く頭を下げ返してきた。


「勇者。普通に血のソーセージとこの辺の普通のパンだけどなんか問題あるか?」


 呆れたような視線で、堂々と言い放つ。相手が勇者である点と商品に瑕疵がない点を強調した。


『違うよ、マリちゃん』


 勇者の返事で知り合いであることが示唆された。


『ホットドッグは白くてふわふわのコッペパンにこう切れ目を入れて、肌色?のソーセージを挟んで、トマトケチャップとマスタードをたっぷりかけて、あ、レタスとか千切りキャベツとかもあっても……』


 勇者が長台詞を吐くときはマジに食べ物のことだけだなと妙に感心した。


「この辺で普通に採れるライ麦だと真っ白くてふわふわのパンは難しいかな。欲しけりゃ自分で作ればいいんじゃないか」

『パンなんて作ったことないし』

「この辺りでそのようなパンを作ったことのあるヤツはいないと思うぞ。そして何より、それを出すと誰か言ったか?」


 畳み掛けるように勇者の言葉を遮る。

 勇者は反論しようとしたのか、口を開きかけて、そのまま押し黙った。そのまま、考え込むような仕草で固まった。


『…誰も言ってないかも』


 やがてボソッと呟いた。


『…あれ? ホットドッグって自分で言ってだけな気がしてきた』


 いや、それ、気のせいじゃないし、さらに自動翻訳が…


「そして、熱い犬とはなんだ?」

『じゃなくて、ホットドッグ』

「熱い犬と聞こえる。これは犬のソーセージではない。犬でこれ作るなら今日の分だけで何匹いるか考えろ。無理だ。言いがかりをつけるなら出るところに出てもいいんだぞ」


 勇者は慌てたように首をブンブンと横に振った。


『マリちゃんと争おうなんて思ってないからっ。ただ、僕の思ってたやつと違うだけで』


「こちらでは再現できないし、これは再現するために作ったんじゃないし、違うものとして諦めろ」


 最終通告だ。

 思い込みで商売の邪魔をするな。

 まぁ、話題作りにはなるがな。


『トマトケチャップ~っ』

 

 発言から考えるにソーセージとパンの部分は諦めたらしい。しかしだ。何べん言ったらわかるんだろうか。トマトが見つからない限り、トマトケチャップはあり得ないことを。

 ってか、私はもちろん、勇者もツヴァイもケチャップの作り方を知らないんじゃないだろうか。勇者は料理はからっきしだったんだよな。ツヴァイがトマトケチャップに興味があるとか聞いた覚えはない。そもそも、そんな話題が出ることはなかっただろう、多分。記憶にないけど。

 チビはトマトが嫌いだったけど、ケチャップはどうだったんだろうか。どちらにしろ、ツヴァイが手作りするとは思えない。どこにでも売ってるもんだったし。


『今度の遠征中、トマト探す。そして、フライドポテトにトマトケチャップ付けて食べるんだぁ!』


 遠くで、勇者の叫び声が聞こえた。いつの間にか、移動したらしい。



 ところで…


「アイツ金払ったか?」


 影の薄い販売員に聞いた。


『……いえ、まだ』


 販売員が泣きそうな顔で、頭を下げた。

 どうせ、受け取った瞬間に泣き始めたんだろう。あの、喜怒哀楽について行くのはかなり体力と精神力が必要だ。


「あとできっちり回収しておく。今後はちゃんと引き替えにするように」

『すみませんでした』


 ツヴァイと目で会話しながら言うと販売員はさらに頭を下げた。

 作業に慣れるまではまだ時間がかかりそうだ。不安要素は早めに潰すに限る。今日の試練がいい意味で役に立つなら、大した失態ではない。



 問題があるとすれば、手にソーセージサンドを持っていることを忘れたまま、走り去った勇者だ。ただの人間が追いつけるハズもない。



 遠くから『青い空なんて大っ嫌いだぁ』と聞こえたのは気のせいか…


「曇りだよな」


 それに応えたのは、ツヴァイだけだった。

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