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打ち合わせのために叔母のところに足を運んだ。今回の旅行は多分、年単位でかかる。そのため、出発前にやっておくことが多すぎる。
幸いにして商業ギルドの仕事はツヴァイがやってくれる。打ち合わせは任せておけばいい。むしろ、今後 私がやる必要があるんだろうか。いや、夢は商業ギルドを影から牛耳ることだ。旅から戻ったらギルドの仕事だけは取り返そう。ただし、加減盤については除く。聞かれてもわかんないし。パチパチも遅いし。前世でソロバンを習っていたというツヴァイにお任せ!
実のところ不器用なんだと思う。どちらかというと思考する方が好きだ。肉体労働のヤツに手を動かしてもらって、頭脳労働していたい。
午後から開店前の打ち合わせと契約のためにツヴァイも来た。半分くらいの仕入れはリール商会から行う。残り半分はいくつかの懇意にしているところから。リスク分散と付き合いは大切だ。
ついでに出発前にやらなきゃいけないことをツヴァイに確認する。きちんとチェックリストが出てきたところが、らしい。でも、コレって私がチェックしてもツヴァイの許可がおりないことがある。まぁ、逆もある。立場や考え方が違うから仕方ない。細かいところを詰める為にこうして面と向かって打ち合わせるんだし。
食堂は前の表向きのオーナーから、ツヴァイと新らたに立ち上げた商会が買い取った形式にした。簡単に言うと手切金を支払ってさよならした感じか。実際には、次の業務についてもらっている。兄の手下の一人で王都を出る際に引き継いだ。要するに子飼いだ。兄を恐れてか裏切りそうもない。渡した金は次の資金に回しているから手元には、当初から契約した月々の手当しか残っていないハズだ。しかし、新しい商売のリスクはこちら持ち、売り上げにかかわらず、契約通りの手当が毎月入る。悪い話ではない。
契約書に目を通すだけでもかなりの時間を食った。事業計画を確認して、いくつかの指示を出す。
ああ、面倒。
それにしても、リール商会に私の執務室があることを初めて知った。前から、よく通されていた部屋だ。そこは私専用で、賢者の部屋と呼ばれていたらしい。今まで誰も教えてくれなかったぞ。ちょっと騙され気分。
明日は早速、食堂の二号店の開店だ。
一日だけの試食価格ということで半額でランチを提供し、夕食から本格的に開く。うちは家族で予約している。早めの壮行会だったりする。実際に出発するには、勇者の事情でもう一週間ほどかかる。大人しく待ってくれているとは思っていたが、《カレーではない何か》に必要な香辛料がリール商会の在庫では足りないせいだとは従姉に聞くまで知らなかった。それ無しに出発しないとわがまま言うとは何者か!…って勇者か。
同行する騎士団の方の《カレー》も勇者がまとめて頼んだらしい。騎士団の予算じゃ足りなくて、勇者予算の流用だ。どうせ一緒に作るし食べるし、勇者がまとめて運ぶ。足りなくなると士気に影響するって…あ、そうか。隣国では《カレー》は手に入らないか。ツヴァイに聞いたら、あっちの食生活は…素朴…だと。
別に素朴でもかまわない。おいしいレバーペーストと黒パンと野菜スープと少しの果物があれば一年くらいは乗り切れる。ん? いつもの食生活じゃないか。そりゃ乗り切れるわ。
しかしだ。『一番おいしいのは生のリンゴじゃないですか』って無責任な。リンゴの丸かじり好きだからいいけど、手に入らない時期はどうすればいいんだ。
勇者はこの世界のリンゴがあまり好きではないらしい。曰く、固くて酸っぱくて小さい。前世で言うと紅玉に近い。火を通したら酸味がおさえられて、程よく甘いので、妹は焼きリンゴにちょっぴり蜂蜜がけが好きだ。まだまだお子さまだが、そこがいい。ちなみに弟はざっと拭って丸かじり。豪快さがいい。
リンゴは歯ごたえと酸味が醍醐味だと思う。甘すぎるのは好きではないので、どのリンゴでもハズレのない現在の食生活には満足している。
勇者は果物を食べては、酸っぱいだの甘くないだの固いだの青臭いだの不平不満をこぼす。そのわりにしっかり食べるのもどうかと…。口に合わないなら食べるな。
そもそも、品種改良されまくった日本の果物と、原種よりはマシ程度なものを比較しようと思う方が間違い。
よく考えると自然大好きな人が喜ぶ世界だな。何を自然と定義するかによるが、人の手が加わっていないのをヨシとするなら、人工受粉による品種改良もアウトなハズだ。食生活の季節感もしっかりある。ほぼ自然交配だが、たまに新種が出る。叔父の農場ではメンデルの法則での品種改良をしているらしい。誰だ。そんな知識を入れたのは……って、自分以外の選択肢が思い付かない。いや、きっと私の知らない誰かが法則性に気づいたに違いない。間違ってもその件に関して私から話題にすることはない。嫌な予感を確定する必要性を感じない。
まぁ、それはともかく勇者は、彼にとって残念なことに自然大好きじゃなくて、便利とか楽々とか甘いとか柔らかいとかが大好きみたいだからなあ。
この世界に来てもう何年か経つのだから、いい加減慣れればいいのに。喚び出したヤツに恨みがあるかもしれないが、戻すことはできなさそうなので馴染むしかないじゃないか。
全体責任とかいうなよ。私は一介の小市民だ。上の方を制することはできないし、魔法とかわけもわからないものに頼る気もない。そもそも、上が魔王に替わっても、生活に大差がなければ問題ない。私の生活に支障が出るようなら、対策を練る。それだけだ。前回はちょっとやり過ぎた感がなくはないのだが、王族が干渉してくるなら、実力ではね除けるだけだ。勝ち目がないなら、さっさと国に見切りをつければいい。愛国心などない。当然、国王の名前も知らない。興味もない。
情報の流通をする時には、一応頭に入れるが、終了即消去。って言うか、記憶の奥底に沈めて思い出さなくするだけなんだけどね。運悪くもう数度使えば、きちんと記憶できるかもしれない。けど、人名を使う必要があることは滅多になくあだ名で何とかなるので、王侯貴族の名前で覚えているのはほんのわずかだ。
そういえば、勇者の名前って……まあいいや。勇者は勇者。ってか、一度も聞いたことがない気もする。
うん。困らないもんだね。全くもって困らない。当代勇者は一人だ。つまり、普通に勇者といえば一人しか指さない。
夕焼けのとか特定の勇者を示す言葉が付いていたり、勇者全体を指す場合を除いて、勇者とだけ呼べばコイツを指す。名前を覚える必要はない。国王とかも同様だ。昔々の話をすることは滅多にないし、自分が生まれる前のことなんてどうでもいい。未来のことなんてわからない。推測は難しいしな。
それはさて置き。
「なぜ、私が昼間の視察に行かなきゃなんないんだ?」
ツヴァイとの打ち合わせでわからないのはそこだ。
オーナーになったからと言って、いちいち顔を出すのは面倒だ。
『今回は、この食堂グループを買い取ったお披露目もあります。ご自身が一部冒険者からは絶大な支持を得ている自覚あります?』
「ない」
即答。
ってか、そもそも冒険者との交流はほんの一部だけだ。確かに奴らはベテランと言われる領域にいるらしいが、たまに鍛錬場で会うか、もっとまれに父の店の関係で客になってもらうくらいだ。絶大な支持とは無縁であろう。
しかも、その意味不明なことを小さい子に言い聞かせるように問われなきゃいけないんだ。
私だって状況判断くらいできる。間違ってない。たまにしか会わない人を支持するとかあり得ないだろうが。誰がどう見ても、実質のオーナーは異国民であるツヴァイで、王都民である私が名義を貸しているだけだろう。
百戦練磨の冒険者と言えど、人間性を判断するのはそう簡単ではない。言動のあちこちにちょこちょこ現れるものを総合的に判断するしかない。
それともあれか、拳で語り合うとかいう、謎の……あてになんないだろ。弟は戦うときはトリッキーな手を使うが、素直ないい子だぞ。
そりゃ、私の前だけ素直な可能性もあるが、それはそれでかわいいので問題ない。かわいいは正義。
…あくまで個人の感想ですって書いときゃいいのかな。
 




