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 妹がかわいい。


 今日は妹と一緒にリール商会に来ている。開通した峠道を使って隣国から買い付けてきた生地を見るためだ。輸入生地を直接触らせてくれるなんて、持つべきものは頼れる親戚だね。

 妹の喜ぶ顔を見られるのはいいんだけど、さすがに朝からずっとだと飽きてきた。私には生地の違いがわからない。もちろん、色だの柄だの触り心地だの厚みだのはわかる。わかるが、それが何?

 服なんて丈夫で動きやすく長持ちすればいいんじゃん。最近は妹が服に隠しポケットを作ってくれる。目立たなくてかつ機能的で便利だ。しまうものに合わせたサイズにしてくれるし、カスタマイズもオッケー。まぁ、入れるものはだいたいいつも同じだ。

 輸入生地は高い。輸送コストがね。かさばるものを馬車で何日もかけて運んで来るんだもん、当然だ。だから、それに見合ったものしか運ばない。高く売れそうなものが厳選される。それでも、リール商会が運んで来たものを最初に見せてもらえるからそれなりに量がある。


 思考がぐるぐると回っている。はっきり言って眠い。退屈過ぎて眠い。寝てていいかなぁ。ちょうど椅子に座ってることだし、構わないよね。



『お姉ちゃん!』


 意識が遠退いた瞬間に声がかかった。ヤバい。ちょっと機嫌悪いよね。でもね。言い訳させてもらうなら、興味ないんだよ。まだ、繊維の組成とか織地のパターンならとにかく、きれいだとかそういうセンスには乏しいんだよ。無いわけじゃない。絶対にダメなものがあるんだから。ただ、ある程度のところまで行くとどっちでもいいんじゃんってなって……それが妹には気にくわないらしい。だが、区別はついても優劣とか見当もつかない。そもそもセンスなんて時代によって変化するんだし、意味なくない? 言わないけど。前にそれで怒られたから。

 妹が追究する分には応援するけど、私にそのセンスを求めるのはやめて欲しい。多分、無理。そこは磨けない。科学的に解明できるなら、突き進めるけど、美的センスは無理。論理で判断できるもんじゃないんだもん。うっ。勇者の『だもん』にダメ出ししてるのに、自分で使っちゃったよ。どんだけ困っているんだか。


『お姉ちゃんって昔っからかわいいとかキレイって苦手だよね』


 腰に手をあてて妹がぼやく。怒りながら呆れているらしい。

 ってか、わかっているならほっといて欲しい。清潔は理解できても、美的なキレイはマジ無理。次元が違う。諦めて。

 菜っ葉服の機能美にうっとりするの。ってか、服より道具の機能美の方がうっとり度が高い。


『うーん。諦めてもいいよ』


 妹は空気を読むらしい。口に出す前に返事が来た。まぁ、このやり取りも何回目だか。だったらついて来なくてもいいじゃないかって、妹を一人でリール商会に行かせるには遠すぎる。王都の反対側だ。そりゃ、叔母や従姉が迎えの馬車を寄越すけどさ。心配なんだよ、姉としては。


『んとね』


 なんで上目遣い。両手を組んでおねだりのポーズ。超かわいい。

 用件を聞く前にオッケーを出しそうになった。ギリギリで理性が止めた。


『ちょっと隣の国に行って、色々な生地や服装をこの目で見てみたいの』

「や、危ないでしょ。峠越え」


 理性が働いていて良かった。危うく妹を危険に曝すとこだった。東の渓谷は勇者がかなりの魔物を討伐したとはいえ、まだ全滅はしてないし、峠道は盗賊も出やすい。リール商会の買い付けに付き合って、運ばれて来ないものも見たいんだろうが、それはいけない。断固拒否する。第一、せっかく妹の学校が終わったのに長い間離れるなんて認められるハズがない。もちろん、卒業したからこそ、長期の旅行を計画したんだろう。半年以上妹の顔を見ないでいるなんてツラすぎる。弟妹揃ってこそ……


『お姉ちゃんと一緒に』


 あ、それなら弟にはちょっと留守番してもらって………じゃない。道中が危ないことに変わりはない。か弱い私だけでは妹を守り切れるかどうか…守り切るけど、守り切って一緒に帰るけど…だって、死んだら、そこからどうやって妹を守るのさ。妹も自分も無事であってこそだ。うん。この辺りが勇者の家系補正か。血脈を絶やさないための枷。これって先祖の呪いじゃないの。《暁の賢者》辺りが企んでいそうな感じ。転生チートがない替わりに先祖の呪いとは、つくづく面倒くさい。

 もちろん、誰が何を企もうとも弟妹はかわいい。これは心の底からそう思う。たとえ魂に組み込まれた呪いであろうとも、揺るぎない思いだ。

 基本的に理性で制御できない感情は苦手だが、これに関しては譲る気はない。妹かわいい。


「峠道はまだ物騒だから」


 声に力はない。だって妹がうるうるした目で見てるんだもん。うっかりオッケーを出しそうになる。意思を強く持て、私! これは一種の誘導だ。騙されるな。そう思っている時点でかなりヤバいんだが、負けるな。自分に言い聞かせる。


「峠道がもう少し安全になってからじゃないとダメ」


 うわっ。誘導に引っ掛からないように気を張っているから、自分でもわかるぐらいキツい言い方になっている。きっと表情もそうなんだろう。怒っているわけじゃないの。口には出せない言葉を飲み込む。甘い顔をしたらつけこまれる。


『あ、違うの。お姉ちゃん。そっちじゃなくて海を渡る方の』


 隣国違いか。いや、隣の国の名前すらはっきり覚えてないけどさ。固有名詞は特に苦手。人名とか。

 って、海を渡る?

 いや、そっちの方がヤバいから。航海技術も造船技術も発達中で、十数回に一回は隣国に到達できずに難破。同じ位の頻度でこっちに帰ってこれない。さらには海賊の被害もあるし、クラーケンに代表される海の魔物もいるんだよ。クラーケンは減ってるらしいけどね。

 とにかく、峠越え以上に認められません! 強くは言えないけど…


「船は危ないからダメ」


 言った瞬間、しまったと思った。妹の罠に嵌まったっぽい。どや顔って言うのかな。これは。


『うんとね。勇者様は精霊の加護があって、勇者様の乗った船は絶対に沈まないんだって』


 精霊の加護。そういえば、そんな噂を聞いたような聞かないような。当代勇者はすごいチートなんだっけ。本人を見てると単なるダメ人間だから忘れてた。噂より自分の目で見たものの方が正確だ。もちろん、自分の色眼鏡を通したものだ。だから、表情とかいまいち参考にならない。人間は騙す生物だから…。そもそも、私は表情を読む能力が低いらしい。その割りには大きく騙されることも少ないけどね。何となく騙そうとしてるのがわかる。論旨にムリがあったり、ムリな誘導を試みているのが気にかかって、ブレーキがかかるからだ。

 ただ、これは弟妹には通じない。どんなにムリな誘導だとわかっていてもかわいさには太刀打ちできない。危険性が低い限り、騙されまくっている。いや、わかっているんだが、断れないだけだ。一生のお願いを何回聞いたことか……。これに関しては『一生に一回とは言ってないよ』と笑顔で抱きつかれた。弟よ、確かにお前は正しい。正しいが、感情的に納得できない。まぁ、同じことを妹にやられていたから溜飲を下げることにした。

 私は『一生のお願い』はしたことはない。兄に普通に『お願い』するだけで足りたからな。それもめったにしなかったために『お願いして』とまで言われた。溜めた分、えげつないお願いをしたような気もするが、記憶に無いので割愛する。


 無言で思考の海をさ迷っていると、妹が腕にしがみついてきた。見上げるその角度はあざとい。


「とりあえず、日程とか行程とか行き先とか同行者とか確認してからの判断でいい?」


 この期に及んで精一杯の足掻きをする。まだ、ナシにできるハズだ。まだ決して負けてはいない。負けてはいないんだ。出発するまでは旅に出ない可能性がある。旅程にムリがあるとか、同行者が弱すぎて安全面に問題があるとか、そもそも旅行自体が無くなる可能性だってある。


「そもそも、なんでそんな旅行の話に?」


 まずはそこが問題だ。妹の発案とは思えない。誰かが妹に誘いをかけたにちがいない。


『友達から聞いたの。勇者様にそっち方面に行く要請があるけど、旅費タダで同行しないかって』


 いい笑顔だ。

 じゃない。勇者への要請を知っていて、同行を許可できる妹の友達と言ったら、あの王女じゃないか。あいつら懲りてないな。

 隣国から魔物討伐の要請があって、勇者を派遣したくても私抜きでの長期は拒否だから、私を同行させたい。しかし、無理強いすると国の存亡にかかわってくる。なら、こちらから同行するように仕向けるというわけか。短絡的だが、効果的な方法を使ってきたな。

 

 くそっ。

 妹がかわいいから断りにくいじゃないか。勇者同行の旅なんて面倒に違いないのに。

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