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最近は父のところの店番は、ファッション観察をしたい妹に取られて、やることがなくなってきている。だからといって、母が勤める食堂を手伝うわけにもいかない。そもそも、あそこのホントのオーナーは私だし、手伝いができるとしても皿洗いとか火の番とかしかない。皿はほとんど木製だから、床に落としても陶磁器に比べ割れにくいが、汚れを落とすのは大変だったりする。そんな面倒くさいのは、他の人に任す。その仕事として雇ってる人もいるしね。雇用の確保は重要。勝手に他人の仕事を奪ってはいけない。
あ? 給仕? ムリ。誰から注文受けたか忘れちゃうもん。振り返っただけで、頭からすっぽ抜ける自信がある。
二号店の話も出てきてるし、むしろ料理のうまい人を雇って、母に教育してもらうべきだな。では、その手配を指示して……あれ? やることほとんどないじゃん。ツヴァイに言えば、名目オーナーに的確に指示してくれる。方針を決めるのと責任取るのが主なお仕事です。
なんか面白いことでも見つかれば、それをやるんだけど、既存のものを動かすのは実務担当者に任せるのが正解。人の顔が覚えにくい私じゃ、面接できないし。
父の本業のお手伝いも人を使うから、事実上ツヴァイに任せている。集まってきた情報を基に考察するのが私の担当。頭脳労働者だし。
結論、暇だ。
暇である。
TNTでも作っちゃおうかと思うくらい暇だ。管理面倒だし、盗まれて悪用されても困る。やっぱり、洗濯物を絞るのを作るか。留め具は基本的に紐で、ボタンが無いから壊れるものも少ない。2つの丸棒の間を通すだけでそれなりに水気は切れるだろう。ぐるぐるの機構を現在の技術で安定して作るためには…
とりあえず、第1稿の設計図でも引いておこう。
洗濯するのは踏み洗いかもみ洗いでいいと思うんだけど、弟の泥汚れが落ちにくいな。仕事だから仕方ないし、洗濯板も作ってもらうか。
こっちも図面。
専門家がいるんだから、私が直接作る必要はない。ある程度の設計思想を語れば、職人さんが創意工夫してくれる。ガチガチに固めてもいいことない。私はあくまで影に徹する。
だいたいにおいて、木材の細かい特性とか知らん。例えば、この種類の木は固いって知ってても、一本一本の見極めとかできないし、さらには部位による適性とか、ぶっちゃけおぼろ気にわかっても製品化にはほど遠い。
職人さん(プロ)に任せるのが楽で確実。
そういや、前世でも専門分野で担当が別れてたっけ。発酵好きの微生物屋とか転生してたら、勇者の野望を叶えられるんだろう。あいつ何ていったっけな。培養大好きですぐに泊まり込みしたがってたヤツ。労基に睨まれるから、止めろって何回言いに行ったことか。行ったの専務だけど。
いや、だって、私の仕事は別だし。副社長はやっぱり仕事中毒で、向こうの意見に流されるからダメ。事務方を取りまとめる専務が適任だった。ちなみに『そんなに仕事したきゃ、課長以上に上がれ』が決め台詞。確かに社長に祭り上げられたのも、それが原因。研究職は特別の体系にもできるんだけど、ってか、してたんだけど、あんまりひどいと労基からチクチク嫌み言われるからな。好きで仕事してるのが大半なんだけど、たまに仕事嫌いが紛れては周囲の空気に負けそうになり、自分で残業の山にした挙げ句に訴えたりするからめんどくさい。上司が仕事中毒で帰らないからって仕事もないのに、ばか正直に付き合う必要などない。むしろ、残業代が増えて迷惑である。口を酸っぱくして仕事が終わったらさっさと帰れと言ってるにも関わらず、自分勝手なルールを楯に帰らないヤツが数年に一人くらいいた。不必要な残業で会社に迷惑かけたとして、再教育すること数回。仕事中毒になるヤツと辞めるのどちらかになる。中間は居ないんか。居なかったな。ほどほどに仕事してほどほどに私生活を大切にするヤツ。なんでだろう、うちの会社に問題でもあったかな。残るのは、ほぼ仕事中毒。
ちなみに『俺より先に帰るとは生意気』などと口走った上司がいたら、即、調きょ…教育。
今日は勇者が近隣の魔物調査に行ってて静かだ。
『そういえば…』
いつものように勝手にミントティーを煎れたツヴァイが思い出したかのように口を開いた。
『この間、地下道を通っていたら…』
「父とすれ違うのはよくあることだ」
ツヴァイの言葉を遮る。結論だけでいい。
秘密の通路なんだが、いつの間にか父が普通に使用している。こっち側の口は父の所有地にあるし、黙認中。
『いえ、すれ違うと思ったら、途中で曲がって行かれて…』
ちょっと待て、一本道だぞ。今後の発展はあると思っていたが。
そう思いながら、静かに立ち上がる。一応、確認しなければならない。
「どこに開いてた?」
把握はしておかなきゃならない。これ以上、通行人を増やすわけにはいかない。ツヴァイが未確認のまま報告するなんてあり得ないから一応聞く。
『裏の家です。空き家になったと思ったら、買われたようで』
いつの間に。狙ってたのに先を越されたか。次候補はツヴァイの住んでるとこの裏だな。出入口が反対の方が分かりにくい。
まぁ、隣ですら、ちょっと変装したらフリーパスだったが。
父は赤毛が目立つから、私より逆に変装しやすい。カツラを被るだけで、別人だ。何て言うか、中肉中背? 筋肉質だけど。まぁ、ここではそこそこ筋肉がついてないとできない仕事ばかりだから、一見すると普通だ。よく見ると筋肉の付き方に戦闘を生業としている者の特徴がある。
勇者なんかは大して筋肉が付いてないのに馬鹿力とか、体格に合わないスピードとか、チートらしさがにじみ出ている。頭にもチートがあれば良かったのに残念ぶりも勇者だ。
ツヴァイはどちらかと言えば、父に似た体格をしている。時として護衛を雇っていたとはいえ、一人で世界を回っていただけのことはある。コイツの場合、身長が目立って変装の意味はないがな。2mを軽く超えてる。ツヴァイの生まれた辺りなら普通だそうだ。この辺の平均は180ちょいだと思う。
ツヴァイと並ぶと護衛を連れているように見える。いや、良いけど。狙われる危険が減るから。好き好んで、バトる気はない。正当防衛はする。むしろ積極的にする。
庭の小屋の地面に直接貼った床板の一部を持ち上げる。先に降りたツヴァイのカンテラを頼りに梯子を降りながら、床板を戻す。暗い地下道をツヴァイのカンテラの灯り一つで歩く。人がやっとすれ違う程度の狭い通路だが、数ヶ月かけて掘った力作だ。入口の梯子は、いざとなれば外してしまえばいい。問題は二酸化炭素などの比重の大きな気体と雨水が溜まることだが、ここは異世界。従姉に頼んで、途中に開けた空気穴で強制換気できるように魔法の道具でなんとかなっている。空気穴には雨避けがあるし、入口は建物の中だし、何より雨がそんなに多くないからそんなに浸水もない。トンネルの表面は粘土で防水してあるしね。深さも地面からトンネルの天井までが2m、最高天井高が2mだから手動ポンプで排出できなくもない。でも桶で汲み出すことの方が多い。いや、床に掘られた穴からさらに地下に染み込むから、それもめったにない。
ポンプは消火用に家に置いてあるから、運ぶのがめんどくさい。重いんだよね。近所はほとんど石造りの家だからあんまり延焼とかないんだけど、扉とか内装とか家具とかに木製品があるから自衛はしないと。
窓も木製。よろい戸って言うのかな、バタンと閉めると真っ暗になる。ガラスは高いから入ってない。昼間はよろい戸開けっ放しか、布をかけてある。カーテンってより一枚布。冬はよろい戸閉めて、布かけてでもすきま風が吹き込んでくるよ。古着とかから切り出したものをパッチワークして綿を重ねてキルティングしてるんだけどね。デザインより実用重視。窓枠よりはかなり大きなのが自慢。冷気の侵入が違うんだよ。どんと広く覆うと減る。まぁ、材料に関しては、リール商会からの提供もあるからね。
それはともかく、地下道の入口から3mくらいの側面に立派な通路が開いてた。暗い布がぶら下がっていて、カモフラージュされている。カンテラの灯りのみで通ることを考慮して簡易にごまかしてあるらしい。床はやや傾斜がついていて、水とかはこっちに流れ込むようになっている。
親父考えたな。
で、裏の家の地下室に直結。と言っても、地下室の床にだけど。その辺りになると地下道の天井高は低く、私ですら屈まないといけない。ツヴァイはどちらにしろ真っ直ぐ立てるところなどない。そうか、だからよく玄関から来るんだな。通りにくいのか。悔しければ自分で掘り下げろ。私はメインストリートは走れるんだ。天井にRがついてるが端でも充分だ。天井をカーブさせたのはもしもの水滴を壁に流すため。だって、頭に落ちてきたら嫌じゃん。変に濡れてると怪しまれるし。出口に拭き取り用に布を置いておくと怪しいし。一応出入り口は隠してあるわけで、貴重な布をそんなところに放置してたら、疑って下さいって感じじゃね。
刺し子とかパッチワークとかキルティングとか一応知ってたから古布も最後まで活用してるんだよ。妹にはセンス疑われてるけどさ。素敵な柄とか無理。格子とか麻の葉とか直線でカッチリ描けるのが好き。曲線でも青海波とか円のも描けるけど、自由曲線で描くのは壊滅的だ。
じゃなくて、見事な脇道をどうするかだ。
父の隠れ家に繋がってるなら気にする必要はないか。むしろ、活用したろうか。ツヴァイの住んでる家の裏を手に入れるまでの通用口には使えるな。父だって、私の持ち家を勝手に通ってたんだから、いいだろ。
ツヴァイが担当している表の商品はツヴァイのとこに納品だけど、ヤバいモノはこっちから出すのもアリか。
色々考えられるけど、それは追々でいいや。とりあえず、この通路はこのまま活用でいいってことで本日は終了。
しかしだ。
勇者より父の方が質が悪いな。正式に跡を継ぐまで、これからも色々ありそうだ。
とりあえず、自分用の新しい抜け穴の為に近所の家を手に入れる算段でもしとくか。ツヴァイに任そう。……ん?全部任すから暇になるのか。でも、メンドくさいし。
 




