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『ポップコーンが食べたい!』
はい、はい。と返事はするが、当然、聞いてない。
興味がないことは右から左に流す、これが勇者の対処法として有効だと思う。端的にいうとウザい。
『叔母さんから劇のチケットもらったから、観ながらポップコーンだよね』
叔母という単語に耳を傾けるととんでもないことを言っていた。
『観劇中は食べないもんですよ』
ツヴァイが呆れたように言った。勇者は多分、映画と勘違いしているのだろう。演じている役者さんに失礼だろう。って言うか、今の演目は…
「亀型の宇宙船に乗せられてウラシマ効果を経験させられる話」
が元だったような。
『つまり、普通に浦島太郎だったわけですね』
そうか。あれの主人公はウラシマ太郎。浦島太郎だからウラシマ効果だったのか。知らんかった。人の名前は覚えらんない。
『えっ?浦島太郎なの』
ツヴァイの補足に勇者の顔がひきつった。
異世界に来て、初めて観る芝居が日本の昔話なんてがっかりだろう。しかも、異世界バージョンだ。
確か、異世界に召喚された勇者が悪を倒し、姫君と結ばれ、でも元の世界に戻ることになったら、時間経過が違ってて知り合いは居なくなっており…。愛と冒険の物語だ。なぜだ。なぜ、そんな話に。そういえば、元の世界に戻った召還勇者はいないハズ。帰さないってことか。あり得る。我が伯父ながら、そういう啓蒙はしそうだ。 還す方法が無いまま、異世界から召還した勇者に、帰ってもろくなことないから、ここで暮らしなって国民全員に言わせる長期計画。この話が根付けば、いつの日かそれが本当のことのようになると。
そのチケットを当代勇者に渡すとか、さりげに国の意志が働いていそう。叔母は《勇者物語》だからと善意かもしれない。だが、伯父が誘導した可能性がある。あの人、情報屋だし。良質な情報の対価として、誘導を頼まれたらやるな。情報屋にとって情報はタダじゃない。必ず対価が必要だ。金銭に限らないから、働くもあり。
まぁ、あれだ。国としては、魔物も減ってそろそろ勇者は不要になってきているが、暴れられても困る。この国で穏やかに暮らして欲しいわけだ。で、時々、その力を貸して欲しいと…。随分図々しいな。自分がわがままなのは問題無いが、他人が自分勝手なのは不愉快だ。まぁ、関係ないからいいか。
『…浦島太郎か。でも、チケットもらったし。マリちゃん行こうよ』
「はぁ?」
なんで私が勇者(お前)と芝居を観に行かなきゃいけないんだ。
『叔母さんから二人分もらったんだよ。だから、マリちゃんと行かなきゃ』
その根拠はなんだ。
「ツヴァイ行け」
『いいですよ。食べ物は無しでなら』
面倒なことは、いつも通りツヴァイだ。
『あぁ~っ!ポップコーン、ポップコーンだよ』
勇者うるさい。
この部屋に3人しか居ないんだから、普通の音量で聞こえるわ。しかも、話題がポップコーン。返す言葉もないくらい呆れるわ。まぁ、通常営業だけどな。
『思い出したらポップコーンが食べたくて。キャラメル味もいいけど、やっぱり基本の塩!』
相変わらず、夢を語る。その夢は、食べ物しかないけどな。ってか…
「ツヴァイ。とうもろこしってあるか?」
明らかに私より長くこの世界に生きていて、明らかに私より広く世間を見ている相棒に話を振った。
『知る限りにおいては無いですね』
即答だった。考え込む素振りすら見せない。
『市場に出回っていれば、目にすることもあるかもしれませんが、味覚的に近いものすら発見したことはありません。仕事柄、初めて訪れるところでは市場巡りをしますが、粉を使った食材も見たことはありません。家畜の餌や他の素材としても記憶に無いです』
うん。王都生まれ王都育ちで、王都を離れたのはカスレに行った時と東の渓谷に行った時だけ、なんて狭い範囲でしか生きて来なかった私より、説得力あるね。商人だし、あちこちの国を私を探し回っていたらしいし、何より、一応成人しているとはいえ、まだ20代の小娘に対し、40過ぎた立派な大人。ちなみに、成人って明確な基準があるわけではなく、もう子供じゃないなぁってなった時から大人。一応の目安は16だが。
庶民に参政権があるわけでもなく、飲酒は何歳からでもオッケーさ。
看板娘って言えば聞こえはいいが、決して責任者ではない。毎日、店にいるわけでもなく、むしろ家事がメインかも。それだって立派な仕事ではあるが、妹が卒業したから、そろそろ本格的に働くべきなんだろう。王都では、それが当たり前。王都は生活に金がかかる。もっと中央に近い場所だと狭い賃貸が普通だし、家賃は安くない。あくまで庶民は。貴族とかは持ち家じゃないのかな。知らん。基本的に関わりがないハズだ。王都に住んでいて一度も貴族に会わない人もいるらしい。そりゃそうだ。生活圏が違う。庶民が生活している地区は馬車か馬で通り抜けるだけだ。貴族の馬車をしげしげと眺めるバカはいない。がっしりした脚の力強い馬は、サラブレッドより小柄だけど、それでも1m以上も高くなれば、視線は合わない。ねじれの位置? 平行でもなく、決して交わることのない関係。のハズなのに、なぜ王女と知り合わなきゃいけないんだか…。話が逸れた。
ツヴァイは居るか居ないかわからない私を何年もかけて見つけたんだから、根気あるよな。意味わかんないけど。同じ世界に転生したと思う方がおかしい。世界が二つだけというなら話は別だが。
『まぢっ!? コーンスープ飲めないの? 焼きとうもろこしもダメ?』
勇者の顔色が悪くなっている。ってか、魔物に対峙するのは大丈夫で、食べたいものが無いのはダメなんかい。どこまでも残念なヤツ。
あれ?そういえば
「コーンスープとポップコーンは違う品種じゃ…」
おぼろ気な記憶がある。細かいところは、ツヴァイに任せた。視線で訴えた。
『ポップコーンは爆裂種ですね。皮が硬くて、水分が少ない品種』
「それをスープにしたら、皮がゴロゴロしてものすごく食感が悪そう」
『勇者様のイメージしているのは品種改良された甘いやつだと思うので、さらにツラいでしょうね』
ツヴァイは表情を変えずに追い打ちをかけた。
逆に勇者のイメージするとうもろこしでポップコーンを作ろうとしたら、単に炒めものになるんじゃないだろうか。間違っても爆裂しそうもない。水分多いしな。
『ポップコーンも食べたいけど、無性に焼きとうもろこしが食べたくなったぁ! 醤油の焦げた香りが恋しい~っ』
勇者が騒いでいる。それもただ騒ぐんじゃなくて……あれは踊っているのか? なんだかわけのわからない動きだ。肘を曲げて、上半身を前後に大きく動かしている。
「醤油知ってる?」
『醤油の定義でしたらおぼろ気に。存在は知りません』
「だよねぇ」
勇者の謎の踊りを見ながら、二人でお茶を飲む。私はリンデンで、ツヴァイはミントだ。何とはなしに前世を思い出す。疲れるとよくこうして休憩を取ったっけ。
「作れる?」
『あれって素人ができるもんなんですか?』
「さぁ、知らん」
『ですよね』
ちょっとうるさいけど、今日も平和だ。




