表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
225/235

215

 今日もいい天気だ。シーツでも洗濯するかと中庭を見ていたら、玄関の方から声が聞こえた。


『おはようございます。マリアンヌさんはご在宅ですか?』


 ツヴァイだ。前世で専務だった男は、『二番目に確認された転生者で、貴女が出会った二人目の日本関係者のツヴァイです』って散々繰り返して覚えさせた。私の記憶力をどう思ってるのか問いただしたいわ。もちろん、覚える気もなかったがな。

 次男だって言ってたからツヴァイなんだろう。もしかしたら、愛称かもしれないが、知ったことじゃない。専務の記憶を持った男をツヴァイと呼ぶだけだ。


「おはようツヴァイ」


 家に居るのを知ってて来たくせに生意気だ。


 ツヴァイは現れて一週間もしないうちに宿を引き払った。現在の住まいは隣、つまりは私の実験室のある私のセカンドハウスだ。公にはしてないが、私が家主でツヴァイがヤモリ…じゃなくて、ハウスキーパー兼下宿人だ。

 ツヴァイはやり手であった前世と同じく、あっという間に私の仕事のめんどくさいところを掌握した。私に楽をさせて手放せなくする。事務能力が高いのに嫌いという私の書類仕事は、亡くなるまで専務が代わりにやってくれていた。方針を決めて、それに向かって邁進させるだけでいいのは非常に助かった。それがヤツの手だとわかっていてもやめられないものであった。まぁ、本人が公言してたし、問題はないだろう。

 リール商会やギルドとの契約に関する窓口はツヴァイになった。ソロバ…加減盤の担当も代わった。前世の子供時代に習ったらしく、操作も早く暗算も問題なかった。熟練度も理解力もある方が担当するのは必然だろう。ギルドにとっては九九表の売上が下がるのは痛いだろうが、上級者講習の新設による利益を鑑みれば大きな問題にはならないと考えられる。九九を覚えられない、覚える必要を感じない者も結構いるだろうし。何より、ギルド所属の商人のレベルが上がれば、野良の商人がギルドに入る可能性も上がる。国全体の商業が盛んになれば、商人を志す若者も増えるだろう。冒険者とか他の仕事に従事する仮免登録者も馬鹿にできない。仮免登録で講習会に参加できることをもっと宣伝して…

 確かに最低限の計算と最低限の読み書きは望めば国が教育してくれる。でもそれは最低限に過ぎない。より高度なものを習得したければ、それなりのお金が必要だ。私には言語以外必要なかったし、弟妹には私が教えた。

 あ、料理は母に教わったが、どうも向いてはいないらしい。一般的な料理はそんなに種類がないのが幸いしてかろうじて何とかなっている状態だ。野菜や豆のスープができて、肉が捌ければ、大きな問題にならない。


 とにかく、ツヴァイのおかげで時間的に余裕ができた。冒険者ギルドでの鍛錬を増やそうかと思っている。身体を作るにはにわざわざ冒険者ギルドに行かなくてもいい。シーツの洗濯も鍛錬方法の一つだ。洗うのも大変だが、濡れたシーツを持ち上げるのも、水気を絞るのも…前世と違って筋トレの材料には事欠かない。って、洗濯しなきゃ。


 テーブルについて勝手に淹れたミントティーを飲み始めたツヴァイをそのままに、各部屋を巡ってシーツの交換だ。ツヴァイは客じゃない。部下だ。応対する必要はない。必要なら打ち合わせるが、平素は任せておけばよい。ムリなら仕事を取り返せばいいだけ。

 まるっきり役に立たなければ、王都から追い出せばいい。

 隣に住まわせておいているのは、建物の管理と利便性だけが理由だ。今朝も彼は外を回って来たが、境界に隠し扉、さらに専用の地下道もあるからこっそり会うことも可能だ。とりあえず今は商業ギルドの講習の引き継ぎって大義名分がある。もちろん、公言はしてない。私が加減盤の権利を持っていることですら。

 私たちの間には親子ほどの年齢差があるが、後妻とかなら十二分に考えられる。不要な噂が立たないようにしないといけない。それでなくても勇者との噂に迷惑してるのに、さらに厄介ごとを増やすのは得策ではない。

 仕事上のパートナーとしての立場を明確にするなら、信頼できるヤツを雑務として雇うのもありかもしれない。リール商会から派遣させるのも手か。あそこの奴らは裏切れないから安心だ。


 色々考えながら洗濯を終え、中庭に渡したロープにシーツをかけて家に戻ると、いつの間にか勇者が来ていた。


『マリちゃん。聞いてぇ。白石さんたらひどいんだよ』

 白石さん?誰だ? ツヴァイは佐藤とか鈴木だったよな。白石って記憶にないんだけど。いや、もしかしたら白石だったかもしれない。自信はない。

 そっと向けた視線がツヴァイと合うと微妙な笑顔になった。


『ツヴァイ・ヴァイスシュタインって自己紹介したら、なんだか白石と呼ばれるようになりました』

 眉と眉の間がギュッと縮まるのを感じた。

 勇者にドイツ語ができるかどうかは別として、自動翻訳チートが常時働いていると思っている。つまり……


「固有名詞は普通訳さないよな」

 自分の常識が一般的かどうかツヴァイに問いかけた。

『私の知る限り、一般的には訳さないかと』

 ツヴァイの常識も同じらしい。現世ではツヴァイと生まれ育った国が違うが、その辺りは二国間でも差はないのだな。

 となると……勇者の翻訳機能の問題だな。たまたま『白石』と対応する名字があったのが不幸の始まりか。『一石』なら訳さないだろう。あるとしてもメジャーではない。そう言えば相対性理論はこの世界でも有効なんだろうか。魔法が全てを超越するかもしれない。ああ、ヤダヤダ。


『白石さんは白石さんだろ』

 この力のこもった発言からいって、勇者にはそう聞こえているんだろ。どうにもなんない翻訳機能だ。他の人たちにどう聞こえているんだろう。勇者の翻訳機能は聞き手一人一人に作用するから、さっぱりわからん。


『とにかく!白石さんに餃子が食べたいって言ったら、まずは餃子の皮を買ってこいって』

 安定の食べ物の話か。ため息をつく気にもなれんわ。


『餃子の皮なんて作ったことないし、作り方も知らないし。原料の察しはつきますけど、それで作れるほど簡単じゃないでしょ』

『ってか、なんで長く生きているのに餃子を作ろうと思わなかったんだよ』

『食べなくても構わないし、食べる人に心当たりもなかったし』

『食べる!食べる!大好き!』

 手を挙げてアピールか。


『日本から召喚された勇者と絡む予定もなかったし』

『日本人は餃子が好きだよ』

『私はそんなに食べませんでしたよ。社長にいたっては食べるのが珍しいくらいで』

『マリちゃんはね。不思議ちゃんなとこあるから』

 おい、勇者。自分と好きなものが違うからといって不思議ちゃんで片付けるな。


『マリちゃんは餃子作れる?』

 勇者がこちらを向いた。

「冷凍餃子を取り寄せてくれれば作れるかもしれない」

『まさかのお取り寄せ!?』

「焼き餃子は好きじゃないので、水餃子か蒸し餃子で」

『ええっ!? 餃子と言ったら焼くもんでしょ!』

「いや、水餃子だろ」

『餃子屋に入ったら、『焼き?揚げ?水?』って一番は焼きだろ』

「それどこの宇都宮だ」

『餃子と言ったら栃木の宇都宮じゃん』

『それは宣伝に騙されてますよ。家庭での消費も入ってますし、1位と2位は僅差で抜きつ抜かれつ…』

『白石さんって詳しいの?』

『仕事上の付き合いですね。社長ともご一緒しましたよ』

 それは、会社の飲み会に参加した時の話では。誰かが餃子好きで連れて行かれたような気がする。なぜか飲みに行くのに3時間もかけなきゃいけなかったんだろう。ってか、地元愛とか意味わからん。ついでに《しもつかれ》を食べさせられそうになったことを思い出した。見た目はとにかく匂いがダメだった。酒粕苦手。

 見た目? いや、普通にオートミール食べてたからなぁ。似たようなもん。

 ってか、前世は今よりアルコールに弱かったかも。嗜む程度で、酩酊するまで飲んだことなかった。酔っ払いたくなかったし。思考力が落ちるから好きじゃない。今は…ザルだからなぁ。いくら飲んでも思考レベルが低下した感じがしない。


『焼き餃子にキンキンに冷えたビールだよ』

『それは邪道です。宇都宮でなら餃子は餃子だけで楽しむべきであるそうですし、何よりビールの冷やし過ぎは風味を損ないます』

『そこは宇都宮を忘れようよ。熱々の餃子にキンキンのビール!』

 相変わらず、勇者は適当だ。さっきまでの論点は無視か。何だかんだと言って焼き餃子とビールが欲しいだけだろ。


 だが、断る!


 ってか、コイツはまだ、中食外食のスキルをわかってないらしい。餃子を食べる回数も少なかったから、そもそも具の材料がわからない。最後に餃子を包んだのは小学生の時だ。と、思う。いや、あれっていつだろう…。どうでもいい記憶は消去するようにしてるからなぁ。はっきりとはしない。


 とにかく、勇者うるさいわ。そんなに餃子が食べたきゃ、帰れ!お前のチートっぷりならきっと何とかなる。だから日本に帰って二度と来るな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ