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 商業ギルドの応接室で固い椅子に座っている。木製だから仕方ない。いや、柔らかいソファは苦手だったから、これでいいのかもしれない。前世から椅子には背筋を伸ばして座っていた。背もたれに寄りかかるのは苦手で、特に身体が沈み込むこむような柔らかすぎるソファは咄嗟の時に身動きが取れないから選択肢が他にないとき以外には利用しないようにしていた。会社の応接室もどちらかといったら固めのものが用意されていた。私が勝手に別の部屋から椅子を持ってきてしまうから買い替えたと聞いた。


 前世のことはどうでもいい。板バネを使うとか、綿をガンガンに詰めて布を張れば、それなりのクッション性のある椅子ができるだろう。だが、今座り心地が悪いのはそれが理由ではない。

 隣に座るギルドマスターとか、正面に座る相手だとか、そういう周囲の状況が問題だ。人見知りするから、初めての人と向かい合わせなんて……部屋から出たらすぐに顔を忘れちゃうから、面倒事になりやすいんだよね。『さっき会ったばっかりなのにもう忘れたのか』って、さっき会ったばっかりで覚えられるかっての。3歩どころか、振り返っただけで映像を消去する自信があるわ。勿論、振り返った段階で視界から外れるわけだから、記録してなければ、当然 映像は無くなる。当たり前だ。そんな自明のことがわからない奴らが多すぎて困る。


 ってか、今までの最速で満点を出したこの異国の商人。マジ背が高かった。私より軽く40cmは高い。首に負担がかかるから、近くに寄って欲しくない。首は頭という超重いものを支えるのに、脛椎と靭帯と筋肉しかないってバカじゃん。外側からガッツリと…じゃ、可動性に乏しくなるか…ええい、なぜ立った。なぜ脳を発達させた。ムリありまくりだろ。進化に文句を言っても仕方ないか。でも、サザ○さんほどではないが、私の首は太くない。そもそもスピードを殺さないように、身体中どこにもムダな筋肉もムダな脂肪も付かないように努力している。成長期を過ぎた段階でバランスの良い筋肉量を決めた。それが実現できた時から、維持し続けているのだ。見た目より実用性重視だが、特に問題のない体型のハズだ。

 ムリがあると言ったら肩関節の方か。動きを重視し過ぎて、外れることもあるじゃないか。股関節のすっぽりはまった感との解離がハチャメチャ。簡単に外せるから助かったこともある。外したのは自分のじゃなく、襲ってきた相手の。そもそも、肩甲骨の浮いてる感が…あれって筋肉で吊ってるだけじゃ…って上腕骨も肩甲骨に筋肉で押し付けられてるだけか。うん。人体ってスゴい。



『貴女がこの加減盤を作った方ですか?』


 現実逃避している場合ではなかったらしい。


「違います」

 異国出の商人の問いを首を横に振って否定した。それを作ったのは職人さんだ。

 原案?それは前世の知らない誰かだろ。少なくとも、どちらも私ではない。


『権利者は貴女ですか?』


 コイツ質問を変えて来やがった。否定することを想定していたとしか思えない。


「の一人になっているようです」


 リール商会の取り分の方が多いし、これの取り分は私ではなく叔母が主体で決めたから、よく知らん。ある日、ギルドに呼ばれて決定事項として耳にしただけだ。書類突きつけられてサインさせられる時に初めてギルドと叔母の間で話し合いがなされていたことを知ったんだ。


「私の将来のことを考えて、叔母が画策しただけだと思います」


 目の前にいるヤツは自分の決めた結論に持って行きたいような気がする。そういう誘導的な言い回しは嫌いだ。反射的に話を別の方向に持っていく。

 表向きは親の店と家の手伝いをしていて結婚しそびれている、見た目平凡な娘だ。親戚が心配して収入を確保していても不思議はない。

 ギルマスは私の収入が多いことを知ってるけど、守秘義務があるから表情にも出さないハズだ。狸だし。

 商業ギルドに関係ないリール商会の隠し賢者の収入はリール商会の中で賢者の口座があり、そこで管理されているらしい。時々、開発費に流用されるみたいだが、その分新しい収入になるから着実に増えているよ、いつでも引き出せるよと従姉の話。自分の店で稼いでいるし、特に要らん。誰か知らん奴の発明の劣化コピーであるそんな開発品に頼らなくても自力で生活できる。

 むしろ、余分な富は要らぬ関心を呼び寄せるから迷惑だったりする。……但し、妹が開業したいというなら、その時には全額であろうとも注ぎ込む。弟は仮免とはいえ冒険者として、いくらでも稼ぐことが可能だ。何か大きなことをする時には自力で稼ぐだろうから、面子を考慮して指名依頼くらいに留める気だ。



『そうですか』

 明らかに納得してないって顔をしながらも、ヤツはうなずいた。表情と声色が見事なまでに解離しているよ。


『それでは、この加減盤で乗算がなされない理由もご存知ないと』


 やり方知らないだけとはもちろん答えないで、あくまでも平静に肯定した。


「…できるんですか?」

 むしろ、聞きたいのはこっちだ。ってか、本当に知りたいのは計算機のプログラミングだったりするが。暗算とか算盤とか苦手だ。九九だって完全には覚えていないから、表にしてある。1~5の段と9の段は表が要らない。一応、毎回確認はするけどね。私が計算する時は、算盤に九九表、それに筆算用のメモ用紙が必須なんだ。

 電卓は難しいけど、計算尺なら作れるかもって思ったこともあるけど、そもそも計算尺の正確な形が思い出せない。むしろ、最初っからインプットされてない。覚えてないものをアウトプットできるわけもなく、それにあれって伸縮性に乏しい素材が必要なんだよね。西洋ではそれで苦労したけど、日本では竹があったから良かったって話なら知ってる。うん、竹が欲しい。あれ、色々使えて便利だ。



『ちょっと変則的なやり方をすれば可能かと』

 考え事をしていると、やり方を教えてくれた。タダで。普通は発案したのを説明する段階で金の交渉する。

 ってか、筆算での答えを入れるのと大差ないじゃん。まぁ、足算部分の間違いは減るよね、って感じ。もしかして、コレが長年謎だった、算盤で乗算をする方法なの?

 ってか、そうだよね。コイツ転生日本人の雰囲気がある。勇者と同じで、前のところに残してきたものを探している匂い。まぁ、勇者が残してきたのは、主に食べ物とか飲み物とか食材とか…マジにその匂いだろう。食い気しかない。


「ありがとうございました。これで叔母も喜ぶと思います」

 結局、九九表を使ってるからそんなに代わり映えしないけどな。とりあえず、軽く頭を下げた。 頭を戻しながら、ちらっとギルマスに視線を向けた。あとの権利関係はギルドを交えた3者協議にしてくれ。私は知らん。


 そこそこ長い付き合いのギルマスは、私が席を離れたがっていることに気づいたらしい。まとめに入った。


『これの活用についてはリール商会の担当者との話し合いということで』

 ギルマスの建設的発言に男は首を振った。


『全権は彼女に。所詮は活用術ですし、今までの何らかの方法でやってきたんでしょうから』


 うん。九九表と計算用紙で。って、コイツ何で譲歩するの。なんか企んでる?

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