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『僕さぁ。思うんだけど、イベントが無いんだよ』

 勇者が突然、変なことを言い出した。


「…イベント?」

『盛り上がるためのイベント』

「何が?」

『僕らの仲』

「私の中ではいつもこの上もなく盛り下がってるが」

 食器を洗う手を止めて、振り返って冷たく返した。平凡な人生を歩んできたのに、勇者に執着されて迷惑なだけだ。


『何かこうドキドキワクワクな』

 いつものことながら、勇者のスルースキルは意外と高い。聞きたくないことは認知されないらしい。


『マリちゃんが魔王に拐われて僕が救うとかあれば、より進展すると思うんだよね』

「魔王はお前が倒しただろ」

 ため息とともにツッコミを入れた。お前に発見されてしまったのは魔王討伐凱旋パレードじゃないか。


『それはそうなんだけど』

「そもそも、誰かに拐われる気はないし」

『あ……うん』

 きっぱりと宣言すると、勇者は口ごもった。


 自由を奪われるのは断じて許さん。むしろ、何だか知らないが危害を加えようとしたヤツラは逆にヒドイ目にあってたんだよね。まぁ、そのうち何例かは父とか兄のせいであるのはわかっている。


「それにお前は無双だろ。ドキドキな展開にはならん。そんなんでつり橋効果を狙おうなんて甘過ぎる」

『無双って』


 勇者が頬を赤らめた。誉めてないよ。相手の力量がわからないようじゃ身を守れないだけだ。


「つり橋効果ってのはドキドキ感を恋愛感情と勘違いするだけだ。ドキドキしなきゃそんな効果はない」

『信頼されてるってことだね』

 勇者は感動したように強く頷いたが、勘違いだろう。

 確かに、力って意味では信頼している。人間としてという意味ではない。だから照れるな。まぁ、自発的に悪いことをするほど頭もないのもわかっている。


「で、お前は魔王が復活して皆が困る状況を欲しているということだな」

『えっ。そんなこと考えてないよ』

「今さっき言ったじゃないか。魔王が誘拐したらいいのにって」

『それはその…マリちゃんを誘拐するには魔王くらいじゃないとム…』

「勇者のクセに魔王復活を願うとは不届きなヤツ」


 勇者が小声で言い訳するのを遮った。


『誤解だ!』

「まんま言ったじゃん」

『イベントの例だよ』

「本心の暴露だろ」

『違う!もう魔王討伐の旅はイヤなんだっ!』


 勇者が叫んだ。妙に力がこもっていた。俗に言う魂の叫びというやつかもしれない。


「無双なんだから、すっ飛ばせばいいだけじゃないか」

 それに対して冷静に突っ込みを入れた。


 また同じ行程を繰り返すことしか思い付いていなかったらしい勇者は、一足飛びで魔王城に殴り込みをかける力があることにようやく気づいたらしい。目が真ん丸になっている。


『えっ?じゃあ次回はまずい食事をしないで終わるの?』


 やっぱり食べ物か。食べることしか頭に無いのか。知ってた。知ってたけど、疲れる。


『そば粉持っていって途中の宿でうつのもいいよね』


 既に当初の話題を忘れて食べることに意識が向いているようだ。コイツの頭の中は食欲で埋め尽くされているんだろう。最初に恋愛系らしい話があったことはもう覚えていないだろうな。いや、むしろずっと忘れてて貰おう。



『そうだ!みんながおそばを刻んでスプーンで掬ってるんだけど、なんでだと思う?』

「汁物以外手づかみが基本だし、箸が使えないし、フォークがあっても2本爪だから掬えないからだ」

 観察眼が足りない。基本的にフォークというものは肉の塊を固定してナイフで取り分けるためにあるものだ。考えればわかるだろうが、3本爪とか4本爪にするにはかなりの手間がかかるだろう。ここではプレスで抜いて加工してるんじゃないんだぞ。一つ一つ手作りだ。型に流し込んで成形してもバリ取りをちまちまやるのは変わらない。いくらすると思ってるんだよ。少なくとも庶民には手が出ないよ。父の店では扱ってはいるけど、高過ぎてほとんど売れてない。加工技術の研鑽の為に一定量仕入れ続けてるけど、不良在庫になりつつある。

 いっそのこと食堂で使ってみるか。ショートパスタとかはスープに入れてるから、スプーンでいい。となると《カレーそば》を昼に提供とか。『飲み会の締めは《カレーそば》』って銘打って夜に出すのもありか。でも誰がそばを打つんだ。夜遅くだと母も居ないから、適当な乾麺を作らせて適当なスープにぶっ込むんでいいかな。酔っぱらいには細かい味わからんだろ。箸も何膳か揃えるか。勇者が使ってるのを見て真似するヤツもいるかもしれん。端材でいいし、木材加工ならそんなに高くならない。量産して旅の供に箸と…………買うよりその場で作るよな。量産計画は白紙撤回で。まずは箸を使えるようになる人数を確認してから考えよう。多本爪フォークの方が流行って単価下げられる可能性もある。スプーンで細かくして食べるのが主流になる可能性だって残されている。それでも構わない。

 とりあえず、そば打ち職人として勇者を週1とかで押さえさせるか。表向きのオーナーと相談だな。乾麺を採用するか勇者にするか。あ…乾麺にするにも一度勇者に指導を受けなきゃいけないのか、面倒くさいな。その辺は一括で任せよう。表向きとはいえオーナーならば自分で判断できないと困る。できるだけ安価で、理想的にはタダで。そば文化を広めるためとか言えば、勇者ならボランティアでやってくれるだろう。




『マリちゃん。お腹すいた。お昼はぁ?』


 唐突に勇者が言った。コイツはいつも話題の切り替えのタイミングがよくわからない。きっと腹の空き具合で決まるんだろう。


「何度言ったら覚えるんだ。1日二食が基本だ」

 朝晩二食。これが庶民の通常だ。たまに昼間に軽くつまむことはある。休日や休憩の考え方が違うので、仕事を始めると夕方まで普通に仕事だ。冒険者と騎士が違うが、何かあると食事どころではなくなるので、食べられる時に食べるんだろう。


『日本人なら三食だよ』

「じゃぁ、何か?二食の力士は日本人じゃないとでも?」

『…日本人じゃない人もいるけど…』


 勇者は言葉に詰まった。浅い考えでの発言ばかりだから、ちょっと突っつけば穴が露呈する。


「わかった。とりあえず、私の前世の日本とお前の日本は違うでいいよな」


 これで勇者との縁が切れるならば、丸めこむのに躊躇はない。


「異世界がいっぱいあるなら、日本という名の国がある世界もいっぱいあるさ」


 お(ゆうしゃ)と私には縁も所縁も無い。無いから構うな。放置してくれ。


『ち、違う!マリちゃんと僕は同じ世界から来た仲良しさんだ!』


「同じ世界でも、仲良しでもないし。王都生まれの王都育ちの生粋の王都っこだよ」


『あ、明日までに反論を引っ提げて来るっ』

 勇者は叫ぶように言うと出ていった。

 多分、明日になったら忘れているだろうな。ってか、走ってる最中に忘れちゃうんじゃないだろうか。そう思いつつも、心の中で毒づいた。


「二度と来るな」

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