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何があっても心が折れない勇者は今日もやってきた。
『マリちゃん。何作ってんの?』
調理中に後ろから覗いている。
「今日は珍しい食材が手に入ったんだよ」
手を止めないで返事をする。食べ物に興味をひかれている時は無視すると非常にウザくなるということは既に学んだ。
『なんかこう………不思議な…ってか…その…』
なぜだか言い淀む。珍しいこともあるもんだ。食べ物の話題にはぐいぐい来るのが普通なのに。
「日本語で言うとハギスかな」
とりあえず、先に情報を流してみた。調理法をよく知らないから正確にいうと違うかもしれないが、ハギスによく似た料理である。こっちの料理を食べた時にハギスだと思ったから、それでいいじゃん。
『そんな食べ物知らないし』
勇者が首を傾げた。
何べんもいうが25歳をとっくに過ぎた野郎がやってもかわいくない。
「英語で言うとhaggisかな」
『それじゃ、日本食じゃないし』
勇者が口を尖らせた。何べんも…以下、同文。
「日本食だと言った覚えはない」
きっぱり。日本語だからと言って日本食とは限らないじゃないか。例えば、ボルシチと言えばロシア料理だしな。ビーツが手に入ったらボルシチもどきを作ろう。適当な材料を適当に煮込んでおけば大丈夫だろう。家庭料理におけるスープなんてそんなもんだ。ボルシチにならなくても普通に野菜スープになる。
『ハギスって具体的に言うとどんな料理?』
「羊の内臓を…」
叔父の農場で羊を潰したらしい。余ったものが新鮮なうちに届けられた。これ珍しいから。叔父の農場は畜産はサブで、メインは畑作。なんか儲かって来たから、牧草地を開拓して山羊とか羊とかをかなり増やしたらしい。後、豚と牛を少しずつ。ついでに従業員も増やしたみたいだ。
『内臓?肉は?』
言葉を遮って勇者が質問してきた。
そんなもん知るか。
「出荷したんだろ。よく知らんけど」
内臓の他に肉の端っこが来ただけだ。親戚から只でもらったものを一々詮索しなくてもいいだろ。
『再現するなら日本食にしようよぉ』
勇者は泣き出しそうな顔をしている。
「いや、これはここの料理だし……新しいのを考えるなんて面倒」
『考えるじゃなくて再現』
「外食中食の料理スキルを舐めんなよ」
『得意料理は何だったっけ?』
「今はスープ、前世は中食」
『…だよね』
勇者は小さくため息をついた。じゃがいもを切るのがやっとなお前に言われる筋合いはない。シェフというのは男性が多い。だから、勇者お前が食べたいのなら、自分で再現しろ。
「他人が作った美味しい食事はサイコー」
妹とラブラブするため以外で料理を楽しいと思ったことはない。いや、弟が小さかった頃、おやつにウサギを狩って(買っての間違いではない)、丸焼きにした時もなかなか楽しかった。弟は昔っから肉好きだな。たまには、狩ってくるか…。
妹が卒業したら一緒に狩りに行って、最初から調理手順を覚えさすのもいいな。ウサギなら棒一本で何とかなるし、予備で投げナイフの数本でもあれば大丈夫だろ。ってか、妹も毎日学校に行く必要もないし、今度天気のいい日にデートしよ♪
『今日はそのハギスだけ?』
「いや、豆のスープが付く」
『パンは?』
「ライ麦パン」
『黒パン?』
「黒パン」
『羊……内臓…豆のスープ…黒パン……』
今日は栄養がありそうでいい感じと思っていると、小さく呟いた勇者は考えこむように黙った。数分の静かな時間の後で勇者は口を開いた。
『あっ!今日は用があったんだ!帰るね』
おう。帰れ。二度と来るなよ。




