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 今日も勇者はやって来た。家族が出て行ったばかりの朝である。


『ねぇねぇ、マリちゃん』

 息が上がっている勇者は挨拶抜きに切り出した。


『里芋食べたい』

「ない」


 反射的に返した。いきなりなんだ?


『アーティチョークって里芋に似てない?昨夜寝ようと思ったらどうしても食べたくなっちゃって…』


 アーティチョークを食べながらそんなことを考えていたのか。


『早起きして来ちゃった』

「朝来るのは迷惑だって言ったろ!」


 てへっと笑う勇者にカップを投げつけた。


「里芋は秋だろ」


『じゃあ、秋になったらきぬかつぎを』


 きぬかつぎとは渋いな。そもそも、里芋とは渋い。アザミを知ってたり、意外と時代は古いのか?いや、赤い彗星が通じるんだから、そんなに元の時代が違うとは思えない。


「お前が里芋を見つけたら、考えてやる」

 考えるだけだが。

 ってか、蒸し料理めんどくさ。蒸し器無いし、鍋に水張って深めの木の皿に里芋乗っけて蒸すんか。ビミョー。底が平らな穴開き鍋があればいつもの鍋に乗せればいいが、そもそも平底鍋が珍しい。薪を使うから平らな方が効率がいいわけじゃない。平らにする意味がないから鉄板を叩いて成形した丸底の鍋が一般的だ。竹も身近に生えてないから中華風の蒸し器を作るのも難しい。…っつうか、この国に竹あるのか?あったら試しに竹フィラメントを作って………あ、ガラスが高いから電球は難しいか。いや、そもそも発電設備がなかった。磁石とコイルがあれば発電はできるが、コイルを作るほどの針金の加工技術は………ってか、発電所の設計したことないし、一瞬電気が流れても使えないだろ。えっと、簡単なのはタービン発電機か?

 でも、カスレに行った時に船は櫂で漕いでたか、帆船か、だからスクリューすらなさそうだし、蒸気機関も作れない世界で発電できるわけもないか。理論うんぬんより技術レベルに難がありまくりだ。今のところ、個々の職人の技量に左右される状況で、均質なものを大量生産とかムリだし、引き上げる必要性も感じない。そもそも製錬技術が…錬金術で金を作るとかほざいている段階だ。魔法で原子核を弄るつもりかよ。

 金とかはともかく、まずは鉄の相転移をうまく扱えるようにならないと金属製品は発展しないだろう。でも、電気なら鉄より銅か。金も電導いい、柔らかいから線にするのも楽だし、腐食にも強い。問題は稀少性からくる価格だけだ。

 えっと、コイルだと銅線にエナメルでの被覆が必要か?いや、子供の実験じゃないしエナメル線でちゃんとした発電が行くのか?

 まあ、そうか。発電を難しく考えなくてもボルタ電池なら簡単じゃんって、それじゃ普通に夏休みの自由研究か。寿命とか考えたらタングステンフィラメントの方が良さそうだ。

 作れない電球なんていらない。照明は廃油のランプで充分だ。そろそろ、ランプ用の油が無くなりそうだ。勇者に食用油を買ってきてもらうかな。動物性の油脂だと匂いがひどいから植物油がいいな。

 勇者ができる揚げ物って言ったらポテトチップスか。中世風なのに新大陸のジャガイモがあるのは不思議だが、過去の世界じゃなくて異世界だから仕方ない。だったら、竹がこの辺りに生えていてもいい気もする。あれは色々便利だから欲しいんだけど、まぁ、無い物ねだりはしない。ここで生きていくんだから、ここ流で行くしかない。勇者はまだ納得していない。勇者はまだ納得していない。ここで生まれ育ってきた私と召喚でいきなり連れて来られたヤツとはどうしても考え方が異なるんだろう。この辺り、他の転生者とか召喚者とかいたら少しは調べられるんだけどな。N数が少なすぎて研究する気にもならん。

 ってか、これ以上、前の世界の関係者がいたら、何かこの世界とのつながりについて正当な理由を考えなきゃいけないだろう。あ、そうか。全く関係ない世界からの転生とかも考えられるか。比較検討が益々難しく……暇なときに平行世界の概念をもう少し考えてみるか。



『マリちゃぁん』

「ん?」

 勇者に肩を揺さぶられた。


『思考の海から戻ってきて』

「やだ」

 反射的に返す。勇者の意見は却下するに限る。


『今日は沖まで出てるのかな。戻ってきて~』

「うるさい」

『秋になったらがんばって里芋を探してくるから、戻ってきてぇ』

「里芋がどうしたって?」

『マリちゃんと里芋を食べる話してたじゃん』

「そんな話はしてないだろ。適当なことを言うな」

『食材落ちてないかなぁ…。食べたいものいっぱいあるんだよ』

「黒パンと豆のスープでいいじゃないか」

『日本人としてそれはどうかと思うよ』

「日本人じゃないもん」


 ああ、23才なのに、"もん"って使っちゃった。勇者の口癖が移ったかな…責任転嫁。


 この国では特に定まった成人の基準はないけど、十二分に大人。職人じゃないから親方からのお墨付きを貰うわけじゃない。だけど、商業ギルドに登録している時点で、充分だ。ギルドの仕事の手伝いもしているし、将来の幹部候補だしな。今は父とやっているからいいけど、自分の店をやりながら、ギルドの仕事までやるのはキツいから人を雇うか。ギルドに専念すると市井の噂話が直接聞けなくなるからちょっとビミョー。ギルドも押さえておきたいし、父が現役でいる間に考えとかないと。


『マリちゃん』

「うるさい。今、考えごとしてるんだ。邪魔するなら帰れ!二度と来るな」


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