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アーティチョークの季節がやってきた。去年はカスレに出ていて食べられなかったから、今年は奮発して多目に食べる予定だ。妹に聞いたら、去年は母が準備して食べたらしい。良かった。アーティチョークは妹にとって大人の味らしいからほんのちょっとしか食べなかったみたいだ。でも、妹には季節の食材を堪能して欲しいもんね。基本的にどの食材もスープにすることが多いけど。っていうか、薪を使ったかまどで火加減とか面倒だし、煮込み料理サイコー。
『マリちゃん。おはよー』
勇者は明るい声を出してやって来た。私が手にしていたアーティチョークを目にして固まる。
『そのお化けアザミは異世界仕様?』
「…お化けアザミ?」
『僕だって、その花は知ってる。向こうの世界のアザミはそんなに大きくない』
「いや、アーティチョークは前からこんなサイズ」
握りこぶしほどのアーティチョークを10個ほど鍋に放り込んだ。
『嘘だ!アザミはこのくらいだ』
勇者は指先でそのサイズを表現した。日本のアザミならそのサイズで合ってる。けど、アーティチョークはこれで問題ない。ってか、咲いてないのによくわかるな。むしろ咲いたら食べない。叔父のところで栽培してもらって、毎年食べ頃をゲット…って一瞬考えたが、却下。市場に行く用事が無くなると情報収集が進まなくなるし、何より市場の人は父の店のお得意様だ。持ちつ持たれつの関係性を保たなければ。
そういえば最近、叔父のところが畜産に力を入れ始めたらしい。あれは弟の好みが反映しているんだろうか。ウサギでいいならいつでも狩ってくるし、クマは私にはムリだが買うことは可能だ。ブタ(猪含む)とか牛は…育てるのは伝染病をもう少し克服してからの方がいいと思う。
「いや、昔っからこのサイズ」
肉の話は置いといて、茹で上がるまで30分。手間隙のわりに食べる場所が少ないのが難点だ。大量に買ってきたとしても、ウチの鍋に入るのが10個がせいぜい。早く茹でておかないとスープ作りが間に合わなくなる。
かまどをもう1つ作るか。鍋は一応予備があるわけだし、かまどを増やせば…。そろそろ、今のかまども寿命だから、隣に作り始めるのもありだな。
あ、妹と並んで調理するとか楽しいかもしんない。庶民生活には過ぎた設備だとは思うけど、妹に料理教えるのは重要だしな。
「それよりお前の家はどうなったんだ。ちゃんと契約したんだろ」
すっかり乗っ取られていた状態から脱したハズなんだから、自分ちに居ろや。
『うん。ありがとー。前もって連絡しておけば、ご飯が出るようになったよ』
連絡しなきゃ作られないのか。いや、自分ちだろ。手伝いを雇ってるんだから、毎日、自分ちで食べろ。
得意満面で笑う勇者に心の中でソッコー突っ込みを入れた。
「だったら、自分ちで食え」
『やだ。マリちゃんの手料理を食べたいし、家族団らんしたいし』
照れながら言うのはともかくとして、その家族ってのはウチの家族のことか?
「お前の家族じゃない」
『だって、帰れないし、こっちで家族作るしかないじゃん』
前にも聞いたけど、召喚はできるけど、送還できないとか、この国のトップはバカじゃんって、そういえばバカだった。大したことできないくせに異世界から何の関係もないヤツを拉致してくるとか、愚の骨頂。しかも、連れて来たのが、この脳筋食欲魔人とか迷惑この上ない。ってか、なぜ転移でチートが付くんだ。判りやすく、論理的に説明求む。いや、バカに説明受けるくらいなら、未調査で放置しとく方がマシだ。ちなみに、前に勇者に聞いたら『勇者召喚ってそういうもんだよ』だった。思考しないから脳ミソが筋肉になるんだって実感させられたわ。
「家族作るなら、他当たれ」
『やだ。マリちゃんがいいんだよ。マリちゃんに決めたんだ』
「勝手に決めるな!」
最初の頃なら、この時点で泣いて帰ったところなんだが、勇者慣れてきてるよね。最近、追い返すのが難しくなっている。異世界での拠り所という意識が定着しちゃったのか。最初の頃の不安定さが薄れて、マジ寛いでることが増えた。
寛ぐなら自分ちでやれよって、他人の家で寛ぐからどんどん自分ちの居場所が無くなるんじゃないか。
『ただいま~っ』
かわいらしい声が聞こえた。
「ブランシュ、お帰りなさい」
声を耳にするだけで笑顔になる。
『先生が、私はそろそろ卒業だって』
妹が困ったような顔をして報告してきた。学校であったことは毎日帰宅後に聞いている。妹は友達を作るのが好きらしく、どんどん友達の数が増えていく。将来のために人脈が…という独り言は聞こえなかったことにしている。
うーん。仕方ないか。ここの学校は通う年数は決められていない。習熟度が全てだ。もっとも、ほとんどの子供がほぼ同じ期間通う。読み書きと四則演算くらいしかやらない王立の初等教育に連立方程式まで仕込んだ妹がいつまでも通うにはムリがあるよな。家で家事と商売に必要な知識を仕込むしかないな。となると、まずはやっぱり、かまどを作ろう。明日には職人の手配を済ますことにした。
調理の間、妹が相手をしてあげていた勇者は普通に食卓に着いて、アーティチョークを食べて帰った。『あんなに大きかったのに、なんでこんなに食べるとこが少ないのぉ』と言う魂の叫びは無視した。アーティチョークとはそういうもんだ。




