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『マリちゃんってさ』
今日も勇者はやって来ていた。昨日来なかったのは二日酔いか。叔母の家もスゴいが、冒険者の飲み会はまた派手だ。
勇者はいつものように勝手に自分専用カップを出して白湯を入れて、ふうふうと冷ましながら飲み始めた。
『冒険者の心折ったことがあるって本当?』
ん?
「いや、記憶にないけど」
そもそも、面倒くさい。冒険者なんて普段関わりないし、わざわざかかわり合う必要も感じない。
『昨日、ギルドの鍛錬場の整備に駆り出されたんだよ』
「なんで?」
『飲み会の打ち上げ?起きたらそういうことになってた』
私は適当な時間に帰ったが、コイツは床で酔い潰れていたはず。そういえば、一昨日の運動で鍛錬場がぼこぼこになっていたかもしれんな。朝になるまで残らなくてよかった。早朝の運動に間に合わなくなるとヤバいから、さっさと戻って正解だった。
『でね。整備しながら色々話を聞いたの。お兄さんに連れられて初めてマリちゃんが冒険者ギルドに来た時の話とか…』
昔話から入るんだと長くなりそうだね。…結論だけ寄越せや。
しかしだ。勇者に要点だけまとめる能力は無い。そういえば高校の時の校長がそんな感じで、『今日は3つの話をします』で朝礼が始まって、漸く終わったと思ったら『では2つ目の話』と聞こえた瞬間軽く殺意を覚えたな。あの頃は若かった。あの校長は話が長いほど権威があると勘違いしていたにちがいない。生徒からバカにされていたことにも気づかないで。前世のことは点々と記憶があるんだが、強い感情を伴うものはわりとはっきりしている。と言っても、他人事っぽい感じは拭えない。所詮は他人事(前世事)だしな。
軽いと強いという相対する言葉に違和感を感じるが、前世のことなんてどうでもいいことに思いを巡らす必要はない。
当然のことながら勇者の話はだらだらと続いた。
繕い物をしながら、聞き流していたら、勇者が静かになった。
「いや、無いな。犯罪者の心は折るけど、善良な冒険者には手を出さない」
話はほとんど聞いてなかったが、首を振って否定した。そもそも直接冒険者とかかわり合うのは、母の勤め先の食堂で隣のテーブルに着くか、ギルドでの鍛錬くらいだろう。食堂に客として行くときは家族と一緒だ。経営者として顔を出すことはない。
ギルドでは多分きっとほぼ同じメンバーとやってる。一々覚えてないけども、顔にうっすら記憶がある程度にはなっている。街で会ったら気づかないかもしれないけど、無視したくらいで心を折る程度なら冒険者として大したことない。
大体において、冒険者ギルドに行くときと普段と服装が違う。服装がガラリと変わると見分けがつかないハズだ。少なくとも、私はムリだ。私に見分けて欲しいのならば、毎回同じ服を着ていてくれ。服の特徴ならば覚えられる………こともあると思う。ちょっと自信ない。
『だから、冒険者ギルドの鍛錬場でめっためたにやっつけられて……』
「あそこではおじさん達としかやってない」
『だからっ!話聞いてた?』
「聞いてない」
真っ赤になって叫ぶ勇者に平然と返した。聞いて欲しければ、それなりの話し方というのがあるだろう。だらだらと話す方が悪い。
「お前の話は長すぎて聞くに堪えない。要点だけ述べよ」
弟がどこかに引っ掛けて破いたチュニックの穴は塞げた。生地が薄くなっているところは裏から端布を充てて補強した方がいいだろうか。
縫い物ってか繕い物かな。でも、生地って高いし、直せる間は直してそれもダメになったら……雑巾にでもするかな。
『聞いてよぉ』
「やだ」
従姉から手に入れた端布で巾着袋も縫っていく。一応、売り物。父の店の商品になる。私よりうまい縫い手は何人もいる。それでもなぜだか、指名買いする客がいるらしくて父から一定数の納入が求められている。
ぶっちゃけ、たとえ呪いのアイテムとして活用されてようと売れてるならいいや。単に巾着として売ってるだけで、何を入れようが、何に使おうが購入者にお任せだ。
『マリちゃん、マリちゃん。聞いてる?』
「いや、聞いてないが何か?」
『貸し切りの鍛錬場に乱入してきたなんちゃって冒険者の下級貴族の話なんだけど』
「そんなもん、心をパッキリ折って二度と乱入できないようにしとけ」
『あ、うん。わかった』
ちょっと前に家にこもっていた時に組んだ紐を巾着の口に通した。
『女には負けるハズがないって豪語する筋肉バカは?』
「蹴飛ばして、踏みつけとけ」
『仮免者なんて所詮は冒険者に勝てやしないっていう叩き上げの……』
「そんなヤツは叩きのめせ」
『…うん、わかった。やっぱりマリちゃんは冒険者の心を折ったことがあるんだね』
適当に返事をしていたら、勇者は勝手に納得していた。どうもコイツの考えることはわからん。思い込み激しいしな。




